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第八章

ブラック上司

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(海斗視点)

「ハックション!」
 寒気もないのに、突然くしゃみが出たのは、宿屋の駐車場で出発の準備をしている時の事。
 砂漠に入る前に、車のエアフィルターやタイヤを砂漠仕様の物に交換している途中、突然くしゃみが出たのだ。
「カイトさん、風邪ですか?」
 横からミールが心配そうな眼差しを向ける。
「いや、風邪ではないみたいなんだが……」
 砂漠に近い町だし、目には見えないが微粒子が漂っているのかな?
「お兄ちゃんを恨んでいる人が、悪口を言ってるのだよ」 
  声の方に目を向けると、トレーラーの屋根にミクがちょこんと座ってニヤニヤしていた。
「馬鹿言え。僕は人から恨まれるような覚えは……」

 いや、少しは……はいはい、ありまくりです。

 逆恨みとはいえ、帝国軍から、恨み買いまくっているのは確かだ……

 昨日は、ボラーゾフとかいうヤクザからも恨みを買ったし……

 地球にいる時なら『僕は人から恨まれる覚えはない』と自信を持って言えたのに……

 本当に、なかったのだろうか? 

「確かに、知らない間に恨みを買った可能性は、無いとは言い切れないな」
「お兄ちゃん。何か忘れてない?」
 ミクはトレーラーの屋根から、僕の目前にスタっと飛び降りた。
「まさか、ミク。昨夜、僕に説教された事を恨んでいるのか?」
「恨んでないよ」
「じゃあ、僕が何を忘れているって?」
「お兄ちゃんも、あたしもコピー人間だよ」
「それが……どうかしたか?」
「あたしはこの惑星で再生されるのは初めてだけど、お兄ちゃんは二度目だよ。前のコピーが、恨みを買うような事していたよ」
「どんな事?」
「ううんとね……前のお兄ちゃん、ロボットスーツ隊の隊長やってたじゃない。その時に、部下の一人がお兄ちゃんに、こっぴどく怒られたって話を聞いているよ」
「なんだって?」

 昨日、芽衣ちゃんから送られてきた洗脳者の名簿をウエラブル端末に表示した。

 Pちゃんの説明では、ブレインレターで洗脳された人は、元の人格も残っているので友達だった人を簡単には殺せないそうだ。
 実際、カルルは執拗に僕を懐柔しようとしていた。
 カルルは洗脳されてもなお、僕を殺したくなかったのかもしれない。
 洗脳者が誰かを殺したとしたら、洗脳者は洗脳される前から相手を殺したいほど恨んでいたか、元々殺人に対して抵抗がない人間ということになる。

 では、シャトルを落としたドローンは、リトル東京を脱走した四人だけが関わっていて、カルルは操縦していなかったのでは? だとすると、その四人は僕に恨みがあるのか?
 
 名簿の中に、ロボットスーツ隊の隊員がいたはずだが……あった!

『逃亡中』 矢部やべ とおる ロボットスーツパイロット 兼 カメラマン
  2030年データ収集 

『逃亡中』 古淵こぶち あきら ロボットスーツパイロット 兼 土木作業員
  2035年データ収集

 この二人は、僕の元部下らしい。

「ミク。そいつは、この中にいるか?」
 ミクが端末を覗き込む。
「ああ! この矢部って人だったと思う」
「矢部は何をやって、僕に怒られたんだ?」
「女性隊員に、セクハラをやったって聞いてるよ」
 こいつも逆恨みか。
 しかし、僕なんかに叱責されたって別に怖くもないだろうに……あ! でも、僕って結構イヤミを言うからな。
 今度から、口には気をつけよう。
         
「それとね、この人もお兄ちゃんを恨んでいるかも」
 ミクは名簿の一ヶ所を指差した。

『逃亡中』 成瀬なるせ 真須美ますみ ドローンオペレーター 兼 看護師
  2040年データ収集

 かなりの美女だな。
「なんで、この人から僕が恨まれるんだ?」
「お兄ちゃんに、フラれたって聞いてるよ」
「フッた!? 僕がこんな美女を?」
「どんな美女ですって?」

 ギク!
 
 ミールが端末を覗き込んできた。
 微笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
「いや……その……」
「分かっています。関わりがあるのは、前のカイトさんですよね」
「そ……そうだ! 今の僕は関わりない」
「それで、ミクちゃん。前のカイトさんは、どのような状況で、この女と付き合っていたのですか?」
「付き合ってないよ。お兄ちゃんはこの女にコクられたけど、婚約しているからって断ったんだよ」
「なあんだ、そうでしたの」
 いやいやいや、変だろう。
 こんな美女が僕にコクるなんて……
 その時点ですでに洗脳されていて、僕から極秘情報を聞き出す目的だったかもしれない。

 いや……それより問題なのが、名簿にもう一人いる。
 最初は名前が似ているだけかと思っていたが、写真を見るとやはり似ている。
 カマキリを思わせるこの顔……

『逃亡中』 矢納やな 寛治かんじ  ドローンオペレーター 
 20XX年データ収集

 まだ日本で会社に勤めていた時に、僕をさんざんイビッたブラック上司と同じ名前……

 たまたま、同じ名前の人と思いたかったが……こうして改めて見ると、やはり同一人物と考えて間違えないだろうな。

 矢納課長!? なぜ、こんなところに?
 データを取られたのが、僕の三年後ぐらい。
 いったい、この人に何があったんだ?
 いや、データを取るのはいいとしても、何も《イサナ》に乗り込まなくても……

「ご主人様。タイヤの交換終わりました」
 いつものメイド服を作業服に着替えていたPちゃんが古タイヤを転がしてきた。
 このタイヤは宿の主人に引き取ってもらい、何かに再利用してもらう事になっている。
 この後、子供の遊具に使われるか、植木鉢になるかは分からんが……
「ご主人様、どうかされたのですか?」
「え? 何が……」
「顔色が、真っ青です」
「……」
 言われてみて気が付いた。
 僕は酷く動揺している。
 二度と会いたくない男の名前を見たせいか?
 実際、この惑星に来てからも、あの男の悪夢にうなされた事は何度もあった。
 僕はまだ、あの時のトラウマを克服できていないんだ。
「ご主人様。ご気分が悪いのですか?」
「大丈夫だよ」
「とても、大丈夫には見えません。私には、ご主人様の健康を管理する義務が……」
「ほっといてくれ!」
「……」

 あ!

 一瞬だが、Pちゃんに目に恐怖が浮かんだ。
 すぐに無表情になったのは、おそらく感情を切断カットしたからだろう。
 周囲を見ると、ミールもミクもキラも驚いた表情で僕を見ている。
 みっともないところを、見られてしまった。
「すまない。怒鳴ったりして……」
「大丈夫です。私は、ロボットですから」
 でも……感情があるのだろ……
「お兄ちゃん。本当にどうしたの? 女の子を怒鳴るなんて、お兄ちゃんらしくないよ」
 ミクが傍らに寄って来た。
「本当になんでもないんだ。気にしないでくれ」
「でも……」
 ミールが、ミクの肩にそっと手を置いた。
「ミクちゃん。ここはそっとしておいてあげましょ」
「でも……ミールちゃんは心配じゃないの?」
「心配ですよ。でも、人には触れられたくない事もあるのです。そうですよね? カイトさん」
「ああ、そうだけど。ミール……なぜ、分かった?」
「魔法使いですから」
 なんか……答えをはぐらかされたような……
 とにかく、このことは、はっきりさせないと……
「Pちゃん。今から、母船と連絡取れるかい?」
「可能です。どなたとの交信を希望いたしますか?」
「僕だ」
「は?」
電脳空間サイバースペースの僕を呼び出してくれ」
 ほどなくして、ウェアラブル端末に僕の姿が現れた。
『やあ。何かあったのかい?』
 向こうの僕は、僕より多少大人びているような気がする。
 やはり、電脳空間サイバースペースで二百年も暮らしているのだから、姿はともかく精神はほとんど爺さんなんだろうな。
 
 ん? 姿も多少老けているような気がする。

「気のせいかな? なんか、あんた僕より老けていないか?」
 自分に向かって『あんた』というのも変な気がするが……
『ああ、その事か。電脳空間サイバースペースでは確かに若いままでいられるが、設定を変えれば老化する事もできるのさ』
「そうなの?」
『好んで老化する奴もいないが、知ってのとおり僕は童顔だ。そのまま会議に出たら舐められる。だから、会議の時は、三十代に設定しているんだ』

 僕って、そんなに見栄っ張りだったかな?

「という事は、会議中だったのか? 呼び出して悪かったかな」
『かまわないよ。ちょうど今、休憩時間に入ったところだからね。それに会議の内容は、君のもたらした情報だ』
「僕の? という事は洗脳の件?」
『それもある。それと《天竜》の消息だ。昨夜、乗組員と会ったそうだが……』
「ああ、それは……」

 昨夜の経緯を話した。

『そうか。入れ違いになったか。残念だな』
「ところで、昨日洗脳された人達の名簿を送ってもらったのだけど、あんたはあれに目を通しているのか?」
『いいや。忙しかったので……なぜだ?』
「目を通してくれ。そうすれば分かる」
『ん?』
 向こうの僕が、端末を操作する。
 ほどなくして名簿が表示されたのが、こっちからも見えた。
『……』
 しばらくして、向こうの僕の表情が硬直する。
『お……おい。これは矢納課長では? なぜ?』
「それを聞きたくて、呼び出したのだけど……」
『いや、僕も知らん。なぜこの人が?』
「同じの船に乗っていて、気が付かなかったのか?」
『いや、同じ船と言われても、千人分のデータがあるし、千人のデータが常に稼働しているわけでもない。実際に稼働しているのは、二百人ぐらいで、後のデータは休眠状態だ。この人のデータは休眠していたのかもしれない。仮に稼働していたとしても、イサナの電脳空間サイバースペースは地球三個分の広さがある。知人がいても、気が付かない可能性は十分にある』
「おい……」
『分かった。このことは調べておく。分かったら連絡するよ』
「頼むよ」
 そして、僕たちは出発した。
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