究極防御兵器 津嶋朋靖短編集(ＳＦ編)

死にたがる男

死にたがる男

　死にたい。死にたい！　死にたい!! 

　今すぐ死にたい。直ちに死にたい！　瞬く間に死にたい!!
　とっとと死んでこんな世界とはおさらばしたい。俺はビルの非常階段を猛烈な勢いで駆け登った。 

 『ばかな事はやめなさい。生きていればきっといい事がある』 

 　屋上のフェンスを乗り越えようとしている俺を、警官が説得してきた。だが、無駄だ。　俺は屋上からダイブする。束の間の自由落下状態。そして、俺はアスファルトに…… 
　叩きつけられなかった。 
 　何か柔らかい物の上に落ちた俺は、そのまま何度もバウンドする。警官隊が、下に特大のエアマットを用意していたのだ。俺はエアマットから飛び下りた。 

 　グシャ！ 

 　下に待ち構えていた警官の顔面に着地してしまった。警官は後ろ向きに倒れ、後頭部を強打する。
　死んだかな？ 
 　追って来る警官隊を尻目に俺は町中を走った。走った！　走った!!
　車が激しく行き交う高速道路にダイブ。けたたましいクラックションを鳴らしながらダンプが突っ込んでくる。
　俺は目を閉じ、やがてくる衝撃に備えた。　衝撃はこなかった。目を開けると、ダンプは俺を避けて側壁に衝突している。 

 　なぜだ？　なぜ、うまくいかない。
　今のは絶対に避けられるタイミングではないのに。
　まてよ。俺のこの人生は順風漫歩だった。自殺をしなければならない要素などないから、俺には自殺という選択肢がないのでは？ 
 　なら、原因を作ればいい。 
 　俺は再び走った。 
 　理由を求めて。俺が死ぬべき理由を…… 

「君！　僕と結婚してくれ」 

 　通りすがりの女性に俺は求婚した。もちろん、こんな唐突な求婚を受ける女はいない。
　当然、俺は猛烈な肘鉄を食らってふられ、死ぬ理由ができるはず…… 

「うれしいわ」 

 　え……？　目をウルウルさせて言った女の台詞に、俺はしばし間呆気に取られた。 
 　いかん！　こんなことしてる場合じゃない。
「すまん。今のは冗談だ」 

 　俺が慌ててそう言った途端、女の表情が強張った。 

 「ひどい！　死んでやる!!」 

 　女は電車の線路に向かって走り出す。
　待ってくれ！　死にたいのは俺だ。止める間もなく女は上り電車に飛び込んだ。 

 『ひでえ男だ』 
 『女だまして自殺させるなんて』 

 　世間の避難が俺の耳に……ハッ！　これは死ぬ理由になる。
　俺は下り電車にダイブした。



　ゲーム・オーバーの文字に続いて表示されたコンテニューのカウントダウンがゼロになると、目の前に扉が現れる。
　扉が開くとそこは都内のゲーム・センター。
　やっと帰ってこれた。
　俺は仮想人生ゲームの筐体から出た。
　営業の途中でほんの暇つぶしのつもりで始めたのだが、まさかクリアするかゲームオーバーしないと筐体の外に出られない構造になっているとは知らなかったために、えらい時間を無駄にしてしまった。 

 　さあ、急いで会社に戻らなきゃ…… 

　バタン！　不意に左隣の筐体が開く。 

 「なんてことすんのよ！　ゲームオーバーしちゃったじゃない!!」 

 　怒りの表情を顕にした女が、筐体から出てきた。 

 「あの？　誰ですか？」 
 「あんたでしょ。ゲーム中にあたしに冗談でプロポーズしたのは。あたしが使っていたキャラクターは、ああいう事されると自殺する設定なのよ」 
 「あれ？　これ通信ゲームなの」 
 「知らないでやってたの！」 

 　つまり、さっき電車に飛び込んだ女は、この人が操作してたのか？。 
 　バタン！　右隣の筐体が開き、若い男が出てくる。 

 「てめえ！　なんでいきなり飛び出してくるんだ!?　せっかくコンテニューしたのに」 

 　こいつはダンプの運転手!? 

　バタン！　その隣の筐体からは、左の小指の無い、いかにもその筋の人が出てきた。 

 「われえ！　ようも、足げにしてくれたのお」

　さっきの警官!?　

「覚悟は、できとるんやろな？　われ！」

　男は懐から短刀を取り出す。

「わあ！　ごめんなさあい!!」 

 　ゲームセンターから逃げ出した俺を三人が追いかけてくる。 

 「待てえ！　ぶっ殺してやる!!」 

 　やだ！　死にたくない!!