ヘパイストス

津嶋朋靖(つしまともやす)

文字の大きさ
3 / 9

料理作家

しおりを挟む
 テロのあった日から、プリンターは味気ない非常用食料しか出力できなくなった。それだって、いつサイバーテロで消されるか分かったものではない。

 生肉や野菜、穀物など料理の素材を出力することはできたが、フードプリンターの普及で誰も料理なんて作らなくなってしまった今、それを食べられる状態に料理する事ができる人はあまりいなかった。

 それでも調理器具をプリンターで出して料理に挑戦する人はかなりいたが、失敗する人が続出。怪我人が出ても不思議がない状況なのだが、いつも近くにいるロボットが事故を未然に防いでくれていた。

 包丁で手を切りそうになると、ロボットアームが寸前で腕を掴んだり、火事になりそうになると寸前で電気の供給を止めたり、お米を洗剤で洗ったりすると食べる前に廃棄処分にしてくれていた。

 しかし、三原則に則って人間を守っているのは分かるけど、それならロボットが料理を作ってくれればいいのに……

 そう思って試しにPちゃんに料理を頼むと『私に料理をする機能はありません』と断られるだけ……他のロボットも同じらしい。

 そしてデータを回復できない情報省にはクレームが山のように押し寄せた。

 もちろん、情報省も手をこまねいていたわけではない。

 無事な記憶媒体をかき集めて、その中にデータが残っていないか探す一方、現物の料理を作れる人を集めていたのだ。

 こんな時代でも料理を作れる人はいた。かつてあった料理人という職業はなくなってしまったが、これまでに無い新しい料理を作りだし、そのデータをネットで配信する料理作家という職業があったのだ。

 そんな料理作家達や、趣味で料理を作っている人達と連絡を取ってデータの失われた料理を作ってもらい、それの三次元データをスキャナーで読みとりデータを復旧させるという地道な作業を私達は続けていた。

 数日経って、カレーライスやパスタなどのデータは次第に回復していったが、数十人しかいない料理作家だけで何万種類もある料理すべてを再生するなど不可能に近い。

 そこで比較的簡単な料理はレシピをネット上に公開して、料理を待ちきれない人には自分で作ってもらうことに……

 そんなある日、私は一人の男性の家を訪ねた。

 料理作家、朝霞あさか れい。普通の料理作家は誰も作った事のないまったく新しい料理を作るものだが、彼の場合レシピの失われた古代料理の再現に心血を注いでいたのだ。

「それで、情報省のお嬢ちゃんは俺に何を作ってほしいのだい?」

 お嬢ちゃん! 私は今年で二十四…… いけない。ここで怒っては……

「朝霞さんには、お節料理を作ってほしいのです。正月まで後二週間しかありません。それまでに……」
「いいじゃないか。今の時代、正月にお節料理がなくたって」
「そんな事言わないでお願いします」
「君は、なぜ正月にお節料理を食べるか知っているか?」
「それは……確か年神様をお迎え……」
「そういう事じゃない。正月の間は調理をしなく済むように、最初から日持ちする料理を用意していたんだ」
「はあ……そういう考え方もありますけど……」
「それで、今の時代はどうだ? 調理なんかしなくても、プリンターでいつでも出来立ての料理が出せる。それなのに、ワザワザ日持ちするお節料理をプリンターで出す必要があるのか?」
「そ……そんな事言っても……お正月はお節料理を……」
「そんな固定観念に捕らわれていてどうする?」
「それは……」
「そもそもどうして俺に頼みに来た? 他の作家でもいいだろう?」
「それが、レシピが残っていないのです」
「レシピが?」
「お節料理のほとんどは、数十年前に作られた物の三次元データを取った後、レシピはいつの間にか失われてしまいました。料理作家の人達は新しい料理は作れても、昔の料理の再現とかは難しいというのです。そこで食通の鶴岡つるおか 懐石かいせきさんに相談したところ、朝霞さんは古代料理の再現を専門としていると……」

 どうしたのだろう? 突然朝霞の顔色が変わった。

「鶴岡さんの紹介で来たのか?」
「そうですけど」
「それを先に言え。で、何を作ればいい?」
「作っていただけるのですか?」
「鶴岡さんには借りがあるんだ。その紹介では断れない」
「ありがとうございます」
「ただ、あんたにも手伝ってもらうぞ」
「ええ。私で良ければ……でも、私、お料理をしたことは……」
「あんたの料理の腕など宛にしていない。食材の一部を調達するのに手を貸してもらう」
「食材はプリンターから……」
「数年前からデータが壊れていて、出力できなくなった食材があるのだよ」
「え?」
「今、それを手に入れるには、自然保護区に行って狩りをする必要がある。何年も前から狩猟の許可を申請しているが許可が下りない」
「あの……狩猟って……動物を殺すのですか?」
「当たり前だろう」
「そんなの可哀想です」
「あのなあ、可哀想なんて言っていたら人間は生きていけないんだぞ」
「それは……昔はそうだったかもしれないけど、今は……」
「今はプリンターがあるから、動物を殺す必要がないって言うのか? そのデータが無くなったから、また動物を殺して手に入れる必要があるのだろ?」
「それは……」
「そもそも情報省の管理が甘いからこんな事になったのだろう。食材のデータだってな、それを作るために動物を殺している。ただのデータじゃない。動物の命と引き替えに手に入れたデータだ。それは分かっているのか?」
「わ……分かっています」
「分かっているなら、食事の前に犠牲になった動物に感謝しているのか?」

 そんな事、考えた事も無かった。

「狩猟の許可を……取ればいいのですね」
「そうだ。許可が下りなければこの料理は作れない」
「分かりました。上司と相談してみます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...