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Prologue
第0話 ブライシュティフト王立士官学校
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イシュタリア連邦王国スペースコロニー「ヴァラスキャルヴ」・首都フォールスタンド
先の大戦「聖一二〇年戦争」後期に荒廃の一途を辿る惑星を捨て、宇宙へと進出した富裕層を中心とする宇宙開発事業により、ウルスラグナ星の第二衛星から第八衛星の軌道上に、イシュタリア連邦のスペースコロニー郡が大量に建設された。その中でも最大規模の人口を誇るコロニーであり、様々な官公庁や教育機関が集積している。
イシュタリア連邦軍管轄・ブライシュティフト王立士官学校
ここには未来の連邦軍の兵士を夢見る生徒たちが全国から集っている。ちなみに校名は「鉛筆」を意味し、「ペンは剣よりも強し」を抱える校風の筈だが、実際は士官育成学校として機能している。その中でもIGFのパイロットを養成する「戦術科」は非常に高い倍率を誇り、多種多様な専門のプログラムを用意している。実戦に耐えうる人材を育てるべく専門的かつ高度な知識を一から全て叩き込む。
統治歴121年 8月12日 四限目:戦術科教練
天気は快晴 湿度・温度ともにやや高め
グラウンドでIGFの実機を使用した演習が行われている真っ最中だ。グラウンド奥の倉庫に、人形機動兵器「Ifrit gear frame(イフリートギア・フレーム)」、通称「IGF」。その演習用に払い下げられた退役済み量産機のモデルが、練習生の数だけ用意されている。
機体は、全体的に茶色一色でその中に黄色や緑の線が迷彩柄のように縞々模様に塗られている。全身が角張った形状で、頭部はカメラアイと60mm機関砲の機銃口程度しか目立った装備がない。コクピットを覆う胸部の装甲はとても薄く、その両端にむき出しの排熱ダクトがあり、実戦に耐えうるクオリティーではとてもない。それ以外に目立った特徴はと聞かれれば、足の後部にある車輪と、腰回りのブースターくらいしかないだろう。
そんな中ー。
「おい、三番機、少し遅いぞ」
「五番機、お前はもう少し身を引け」
「六番機、お前はたかが銃撃の一発二発にビビりすぎだ!実戦ではそんな生半可な態度では臨めんぞ!!戦場を舐めんな!!」
二〇代くらいの青髪巨乳の女性教官アンジェリカによる各機体への細かな指示の下、炎天下でのIGFの一対一の軍事教練及び模擬演習が行われていた。彼女の指導は手厳しいと評判で、それについていける生徒はごくわずかと言われている。しかしアメとムチの使い分けが上手く、身も心も極限まで搾り取られた先にある極上の褒美を求めて日夜、汗水垂らして鍛錬に励んでいるといったところだ。
「六番、お前は腹筋、腕立て伏せ、スクワットそれぞれ二〇〇〇回だ!」
「ひ、ひぇ~」
六番機パイロットは機体を降ろされ、青ざめた表情で筋トレに向かっていった。
それを見た生徒は「ああ~来た!噂の筋トレ地獄!!死ぬまで搾り取られるらしいぜ~」
「いや~おっかねぇ!!考えただけであの世に行きそうだ!」と影で囃し立てている。
教練の成績が軒並み芳しくない中、そこに明らかに一線を画す機動力を誇る機体があった。いや、その高い機動力を支えているのはその機体を操る一人のパイロットの腕前と実力によるものと言った方が正しいだろう。
「一番機。毎度のことだが、ようやるな貴様は。私から言ってやることは無いかもしれぬ……悔しいが、私から言ってやることは無いかもしれぬ!!」一番機に搭乗するパイロットもとい金髪碧眼の士官候補生、レオト・マルティネウスは、真顔で会釈し「はい、ありがとうございます」とだけ答え、持ち場へと戻っていった。
「な~にあいつ、白けてやんの」
「自分だけ成績優秀なことを良いくせに、すましちゃってさ~」
教練をグラウンド端の屋根付きベンチで見学していたジャージ姿の補欠生徒はタオルで汗を拭きながら、思わず愚痴をこぼす。
「ただ、我らアレックス様の機体の腕前も、忘れちゃいけねえぜ!ほら」と言って、半袖ジャージを肩まで必要以上にまくった、筋肉隆々のいかにも体育会系な見た目の男子生徒エドワード・エドモンドはその機体の方を指差す。
指を差した方にある機体は、先程のレオ機には勝らぬとも、確実に追随するスピードと正確性を持ち合わせていた。相手機の射撃や剣戟を悠々と回避していく。
「おい、二番機。お前はいつも何かが足りていないな。実力があるのは確かなんだがなぁ」
アンジェリカから彼へと下された評価は芳しいものでは無かったが、アレックスの実力はレオに並んで同期の中では二位の成績である。
ホイッスルが鳴り、「今日の教練は一旦終了、いや!また後日いや放課後にまた招集をかけるかもしれん!その時は必ず遅刻しないで来いよ?では解散!!」と号令がかかる。
「敬礼!」
教官の元に集合した生徒たちは右手を頭の上でかざし、グラウンドの端までよく聞こえる大声で敬礼する。
教練を終えたアレックスたちはグラウンドから校舎エリアへの坂目掛けて全力でダッシュする。
「おい、ついてこい!」先頭を走るエドワードが後ろを振り返りながら呼びかける。
「ったくエドワードと来たら」
女生徒が走りながらそう言い困った顔をする。
「いつも元気だね彼は、いつまでたっても年を取らなそうだ」
そう言うリアムはヘトヘトになって坂の途中でハアハア言いながら屈んでいる。
「どうした?置いていくぞ」
その横をアレックスが何食わぬ顔で通り過ぎていく。
「ちょっとアレックス君、待ってよ!」
リアムは必死に追いうこうとする。
「それにしても、レオ君凄いよね~ただでさえ難しいってされているIGFの操縦を難なくこなして」
レオトの女性人気は元より男子生徒からも尊敬の念を向けられている。
「あの射撃の腕前を見習ったらどうだ、あ?ダン?」
「あれ、いない?」
エドワードと男子生徒は顔を見合わせた。
「ま、いっか」
食堂は校舎エリアの西側に位置する巨大なホールのような施設に入っている。校舎は上空から見ると綺麗な六角形になっており、その東西南北を四つの通りが横切り、校舎も大きく4つに分けられている。
食堂に入ると既に大勢の生徒が中にいた。ちなみに食事はバイキング形式となっている。
「おい、聞いたか?」
エドワードが、食堂のサラダバーで通りすがりの女生徒たちに問いかける。
「ああ、聞いた聞いた、また模擬演習で一位だったって?凄いよねぇ~」
話しかけられた女生徒は意気揚々とはつらつと彼の質問に答える。問いかけに応じた女生徒は小太りな体型で、かと言ってビジュアルもそんなに美形ではない方だった。それ故に品行方正、成績優秀、容姿端麗と非の打ち所がないレオに目が無いのだろう。
「しかも、地方貴族の出で顔も成績もご優秀!きっと白馬の王子様のような人なのでしょうね~!」
その女生徒の友人とおぼしき痩せ型の少女も、釣られて黄色い声をあげる。
アレックス達戦術科とは異なるクラスの生徒だろう。
しかし「そんな人、少なくともうちの学校にはいないよ」と通りかかった短髪の男子生徒に言い放たれる。
「おい、アレックス!お前いつまで小隊長の誘い断っているんだよ?」
「これで五回目だ」アレックスと呼ばれた男子生徒は淡々と答える。
「俺にはそんな役をやるまでの実力がない。分かっているだろ、成績の上ではレオが優秀だということを」
別にアレックスはレオのことを目の敵にも、嫉妬の対象として貶める気は毛頭ないが、彼にはどうも自分の実力を卑下する癖があるようだ。
「ゲッ、二番じゃん...」
「てかあいつに言っているんじゃないし、勘違いキモ…」
「あいついつも地味でなんか暗いよねー」
アレックスは女生徒の陰口なんか何処吹く風の如く、トレーに必要最低限の食材を盛り付ける。
食堂のテレビがノイズ混じりでお昼のニュースを流し始める。
「今日のお昼の連邦のニュースをお届けします。本日で『ウィクトーリア協定』発布による、『聖一二〇年戦争』の停戦から一周年が立ちます。連邦軍の攻勢によって、今日(こんにち)まで、我が国の平和と安寧は守り抜かれてきました。ご覧ください!これが現在の憎き共和国領の惨状です!どうでしょうか?筆舌に尽くし難い荒廃ぶりでしょう!かつての最前線であった惑星『ウルス・ラグナ』は、敗残した共和国軍の戦艦の残骸が降り注ぎ、現地住民の頭を悩ませています」
女性リポーターは顔を紅潮させ、明らかな作り笑顔でさらにまくし立てる。
「そして、その現連邦軍が誇る最大の兵器が、この戦略兵器IGFと機動要塞です!機動要塞は過去20年一度も破られた事無く健在です!これこそ、現連邦軍の保有する兵力の最高峰です!イシュタリア連邦王国と赤竜旗に栄光あれ!!」
「いつも思うがとても公共放送とは思えね―ヒドさだな…」と壁掛けテレビを眺めてニュースを聞いていたエドワード・エドモンドが口を開く。「あぁ……」それに片手にトレーを持ったリアム・ハルトマンがずれた眼鏡を指でかけ直しながらうなずき、同意のフリをする。
「だいたい、いつまでこんな報道してんだかさぁ~。連邦の損害状況を見れば普通こんな報道はできないだろって」とエドワード。
「しっ、あまり言うんじゃない。聞かれてるかもしれない」とリアムに止められる。
二人は食材をトレーいっぱいに盛り付けて、窓際テーブル席に座り食事をとる。
「ん、このアスパラ美味えな~」とエドワードは食堂の飯に舌鼓を打つ。しかしエドワードの隣の席に座るリアムは「うっ、このピーマン僕はちょっと嫌いかもしれない……」と目尻にシワを寄せる。しかし近くの席に座っていた女生徒に「ダメよ食べなきゃ!!身長伸びないぞ!!」と茶々を入れられる。
「う~む」リアムは渋い表情をする。
それを見ていた医務科の女生徒、お団子の位置に赤髪ツインテが特徴のカミラ・エインズワースは楽しそうに笑い転げる。
「いいな、楽しそうで」アレックスが肯定とも皮肉ともとれない曖昧なリアクションをとる。
「おうよ!一度しか無い人生楽しんでナンボよ!!」とエドワードの連れ、黒髪にオールバックの不良ダン・イーゼルスタンドが開口一番に口にする。
「ダン!あんたまた教練サボって一日中どこほっつき歩いていたのよ?」
「そ、それはだな~えーと……」
カミラは頬を膨らませながら顔を寄せ、言い寄ってくる。
「わりぃわりぃ、でもチクらないでくれよ?」それから少し間を置いて「え、えーとだな、IGF倉庫裏で煙草吸っていました。へへっ!」
「やっぱ教官に報告だわ、これは!」カミラは腰に手を付けて、言い張る。
「お気の毒さま~」エドワードが手を振る。
「ち、ちょっと待て!俺の士官候補生人生ここで終わり~??短すぎない??」
「ははははっ、冗談だよ!」
カミラは楽しそうに笑う。
「おーずるいぞ。カミラだけ楽しそうで!ブーブー!!」
「実にいい青春模様だ」
リアムは眼鏡を指で直しながら言う。
全員が食事を食べ終わり、トレーを回収する棚まで持っていく。
「おいアレックス、この後って座学だっけ?」エドワードが対面で食事を摂っているアレックスに聞く。
「そうだが何か?」
アレックスはぶっきらぼうな口調で答える。なにも不機嫌なわけでは無く、元からこういう性格なのだ。それを周りも知っているがために彼の周りには自然と友達ができない。
「いや、聞いただけだ。あんがとな」
「ああ」
それだけ言ってアレックスは去っていった。
五限目は座学だ。スロープ状になっている古式ゆかしい大講義室で数百人の生徒を前に教鞭を執るのは、麗しい銀髪に、銀縁の眼鏡をかけた冷淡かつ美麗な女教師(じょきょうし)だ。
「重要な地下資源となっている『錬洋石』は、IGFのような戦略兵器だけに留まらず、あらゆる兵器や機械の浮遊及び飛行を可能とした万能の鉱石だ」
女教師は咳払いをしてから、やや声色を変えて「しかし昨今の情勢では、かつて錬洋石が豊富に取れたウルス・ラグナ星でなく、他の惑星や星系からしか採掘を依存せざるを得ない状況になっている」と続ける。
「基本的にIGFには三つの錬洋石しか装填できない。一つの錬洋石に限り、飛行時間はおおよそ二~三時間だ」
「錬洋石に関する、更に重要な手掛かりは、コロニー最奥部に最初期から存在する開発放棄地区、通称『トト神の墓場』に存在している。しかし、その地に足を踏み入れることを許されるのはごく一部の者のみ、名実ともに事実上の禁足地帯となっている」
「しつもーん、じゃあその『キンソクチタイ』とやらに入るにはどーしたらいーんですかー?」
エドワードが机に寄っかかりうつ伏せ気味になりながら、眠そうな声で手を頭のあたりまで挙げて質問する。「同じくー」彼の近くの女生徒も釣られるように彼に同意を示した。
「ふむ、良い質問だ。現時点で分かっている情報はと言えば、錬洋石を搭載したIGFを使い、墓場の中心部にある巨大な黒い棺の鍵を開けることだ。しかし棺が存在する墓場へ至る道は非常に遠く、既存IGFの錬洋石ストックでは、ほぼ到達不可能となっている。そして、墓の門前は墓守と呼ばれる騎士が死守している。こんなところだ」
「あ、あざまーす!」エドワードは手で頭をボリボリ掻きながらはにかむ。
しかし、安寧も束の間、突如大音量の警報が鳴り響く。
「な、なんだ?」
「さすがに演習だよな!?」
構内はすぐさまパニック状態に陥る。
しばらくして飛行音のような音と共に、断続的に爆発音が聞こえてくる。
爆発音は次第に大きくなっていく。
校内放送が入り「たった今、共和国軍による要塞への襲撃がありました。繰り返します、たった今、共和国軍による要塞への襲撃がありました」と知らされる。
「襲……撃…!?」
「嘘でしょ?あの要塞が?」
加えて放送が入る。「通信科、医務科、整備科の生徒はシェルターへ至急退避して下さい。戦術科の生徒は至急IGFに搭乗し、出撃体制に入って下さい」
アレックスとエドワード、リアムらは講義室を出て、IGFが収納されている倉庫目指して全力疾走する。少し遅れてレオもやってくる。
使用する機体は演習機とは別に、緊急時に備えてこの学園が連邦政府の援助を受けて独自に開発した実戦用機体「F12A4 ファブニール」。鳥類を模したかのようなデザインのスタイリッシュな頭部は後部に向かって2本の角が生え、肩を覆うショルダーアーマーに装着した機関砲と巨大なミサイル・ランチャー、そして膝から足元を覆った重厚な脚部カバー、腰スラスター周りの四面突起が特徴だ。
「いいか、これは訓練でも演習でもない!決して気を抜くな!!わかったか?」アンジェリカは生徒に対して普段より緊迫した声色で告げる。「イエッサー!!」威勢のよい掛け声が重なる。
アレックスはIGFの腰スラスターのブースターを加速させ、機体足元の車輪を唸らせながら、地面を滑るように走る。
「君たち、ついてこられるか?」レオは挑戦状をつきだす。「あぁ!」や「もちろん!」といった声があがる。
レオの機体を先頭にして、小隊は街へと突き進む。学園を抜けた先の通りを曲がり、街の中心の通りに出ると、ビルや建物からは煙が上がっていた。ちなみに、この先に連邦国軍の要塞が存在する。
要塞は五十メートルを越える城壁に囲まれており、その壁の中に砲塔が隠されている。尚陸戦を想定して建設されたため、対空装備は不十分である。既に共和国のIGFが上空に浸出している。その数はざっと二〇機程度。
敵機体のIGFは、純白のフォルムに狼を彷彿とさせる尖った頭部、稲妻のような形で根本から二つに分かれた赤いカメラアイ、胸部の漏斗型のキャノピ・コクピットの下部に錬洋石コアユニットを持つ。そして肩部のショルダーアーマーは幾重にも重なっている。腕部には分厚い装甲が施されており、その後部から伸びるアームには開閉式の安定翼がある。
兵装は腕部に装着したリヴォルヴァーカノン及びバルカン砲と、胴体横の対空式誘導弾三発、頭部横の60mm機関砲、そして手に持つアサルトライフル一丁、そして円筒形で先端が尖った槍だ。
イヤーカフを通して聞こえるアンジェリカの指示を仰ぎ、共和国軍IGFに向かってファブニールでライフルの一斉射撃を始めた。
しかし相手の装甲も銃弾の一発や二発でどうこうなる代物ではない。銃弾は当たるも、傷一つ付けられずに地面へ落ちていく。
「くっ……効かないだと?」
「フッ連邦軍よ、これが我々共和国の誇る機体だ。身の程を弁えろ愚民どもめ」
敵機体のパイロットの声が直接脳内に響いてくる。
それに頭痛がする程の違和感を覚える。
「力技で押しても意味がないってワケか」
エドワードは舌を噛む。
しかしレオトはそれでも隊を導こうとする。彼は敵機体の銃弾を素早い身のこなしで代わる代わる交わしていく。そして相手の錬洋石コアユニットにナイフを突き立てる。たちまち走行不能となり敵機体は意気消沈する。
「やっぱうちのエースは違うな!」感嘆の声が聞こえるが「油断している隙はないぞ、もうすぐ第二波がやってくる。備えろ!」とイヤーカフ越しにアンジェリカにどやされる。
「了解!」
間もなくして空の向こうから再びIGFが押し寄せてくる。しかしその数はさっきの倍だ。
「何よ、コレ」
これまでのムードが一転、全員が呆気に取られる。
だが、レオトを筆頭に攻勢をゆるめない。
発射されたミサイルを交わしながら、敵機体に照準を合わせて的確に撃ち抜く。
だが、それでも相手の数は減らない。
「一体いくら撃ったら減るんだこいつら……」
「キリがないぞ…!」
銃撃を続けながら早くも音が上がる。
「クソッ!弾切れかよ!!」エドワードはファブニールのライフルを地面に投げ捨て、コクピットのリニアシートで一人頭を抱える。
「僕もだ、残り6発……持つかどうかわからん」
リアムもそう言い捨てる。
戦場に絶望的な空気が漂い始める。
その中、レオト機が単身敵機体の軍勢へ向かって突っ込んでいく姿が見えた。
「おいレオ!お前何やっているんだ!?」
「僕のことは良いから先に行ってくれ!」
「なっ、そんなこと言ったって、お前!」
レオトはIGFの陸上高速移動から、錬洋石コアユニットのエネルギーを一つ消費し飛行モードへ移行した。機体が地面から少しずつ浮き上がっていくのが分かる。
「おいレオまさかお前?」
レオの機体は空を要塞上空を滑空し、敵機体のコアユニットめがけてミサイルを発射する。
命中するたびに敵機は爆発し破損していく。
しかし、そのミサイルの爆炎を切り抜けてレオ機に向かってくる機体が一つあった。
「レオ、危ない!」モニターを眺めながらアンジェリカがイヤーカフ越しに悲鳴を上げる。
だが、その思いも虚しくレオ機は槍に貫かれる。
そのままレオ機を槍で貫いた敵機は、しばらく槍で機体を弄んだあと、他所へと放り投げた。
「いやああああ!!」
女生徒が悲鳴を上げる。
学園の緊急司令部本部ではレオトの機体に対して通信を試みる。
「レオト!おいレオト!!聞こえているか?」
アンジェリカは必死に呼びかける。
レオトはアンジェリカの呼びかけに息も絶え絶えながら応じた。
「教官……僕のことは…もういいです…から……アレックス達を先に行かせて…やってくだ…さい」
「そんなこと言っても貴様!死にそうじゃないか」
「僕の命なんて……安いもんですよ……そんなことより彼らを見守ってやってくだ……さい」
レオトは口から血を吐き出す。
「連邦国軍、万歳!」
レオトはそう言って少しだけ笑った。
「一番機、通信途絶!!」
「……そんな」
アンジェリカは怒りに任せてレーダーを叩く。
要塞が共和国軍の機体の数の暴力に負け、ミサイルを直に受けて城壁が崩れ落ちる。
そして崩れ落ちた城壁の穴から次々とIGFが進軍してくる。
「要塞が陥落しました!!」
「俺たちは終わりなのか……」
そんな中アレックスは、レオトを殺した敵機に向かって猛攻を仕掛ける。
錬洋石を一つ消費し、最大高度かつ最大全速で敵機の装甲をIGFの拳で思いっきり何度も叩き割る。
そしてよろめいた機体から槍を強奪し、カメラアイやコクピットに突き刺す。アレックスは奪った槍で、狂ったように敵機を次々に襲っていく。
本部から通信が入る。
「アレックス候補生、コロニーの辺境…『トト神の墓場』へ今すぐ迎え!そこに、この状況を切り抜ける連邦の叡智の結晶が隠されている。今まで言わなくて非常にすまなかった」
この声は座学の時の教師だろうか。
「しかし棺は相当な高所に位置し扉の解放には錬洋石が必要だが、いいな?」
「分かりました」
アレックスはすんなり受け入れて敵機の猛追を「攻撃」という形でどうにか振り切りながら、目的を目指す。コクピットのモニターに表示されている錬洋石のゲージがじりじり減っていく。
80メートルぐらいは飛んだだろう。錬洋石のゲージは残り僅かを切った。錬洋石はあと三つ、一つ目のストックではあと10分程度しか飛べないだろう。二つのうち一つは棺の解放に使わなければいけない。
長距離砲の追撃をかわし、「棺」のある「祭壇」を壁に沿って飛ぶ。墓守であろう純白の華奢な二体のIGFは、手元の鋭い槍を交差させて進路を塞ぐが、ミサイルで撃破する。
「扉」に辿り着いたアレックスは残りわずかの飛行時間を用いて、コアユニットから錬洋石を一つ取り出して、細長い石の形を模した「鍵穴」に差し込む。機体は飛行限界に達して、祭壇の前に落下する。
そうしたら棺の表面に青い光の筋が、幾何学模様のようにほとばしっていく。そして真ん中の鍵穴で錬洋石が神々しい輝きを放ち、アレックスはあまりの眩しさに目を瞑る。棺の扉が左右に開いていき、中にあったのは巨大な” 銃”だった。
その銃は全体的に長く5メートルあるIGFの全高と同じくらいある。銃床は大きく、トリガーガードと直結しており、後部に反ってやや歪んだ台形を描いている。銃身は、上部がゆるい曲線を描いており、下部は直線的なデザインだ。先端部分でコの字型に分かれており、そこから細長い銃口が伸びている。
「これは……一体、なんなんだ……?」
アレックスは目前に現れた未知の兵器に目を見開く。
「それはレールガンよ」
「レールガン?」
「そうよ、内部にある2本のレールを電極として通電させ、投射する。到達速度はライフルより遠い5.9km/s よ、それを使って敵機を一つ残らず粉砕しなさい!」
「了解!」
アレックスはアンジェリカの命令に答え、レールガンを棺から取り出し手に持つ。
敵機体に銃口を向ける。銃口を包むコの字型の銃身が二つに分かれて、電流が流れる。
直後、銃口から激しい電流が発射されて、相手の機体をものの見事に全身の装甲をくぼませ、無惨にも焼き切る。
「これは、これは……凄いぞ!!こいつは使える」
興奮したアレックスはレールガンで次々とIGFを撃墜する。
その姿は相手にとって恐ろしく見えただろう。
「なんだアレは?」
「分かりません!連邦軍の最新兵器かと…グワァー!!」
相手に話す隙も与えさせない。アレックスは炎を背に、狂気的な殺戮マシーンと化した。
その前にはもはや何人も抗えない。
周囲に炎が燃え盛り、あたり一面が包まれる。
アレックスはただそこに銃を携え、祭壇前に佇んでいる。
「化け物だ……」
相手のパイロットはアレックスの操縦するファブニールを無力感に苛まれながら見上げる。
燃え上がる爆炎の中から、黒い影が見えた。
それは徐々に大きくなっていく。
「まさか、まだ生きている奴がいるのか……、嘘だろ……」
炎を切り抜けて出てきたIGFは、今までの機体とは若干フォルムが異なるものだった。
通常よりやや小回りな頭部を兜が覆い、上部に長い角が生えている。肩部ショルダーアーマーは一枚のみの立体的な形状ながらも単純な構造をしており、背部に6基の翼を生やしている。
アレックスはレールガンをその機体に向けて連射する。外殻はただ攻撃を吸収するだけで、外傷を与えることはできない。
「こいつ……」
アレックスは目をつむり、考えにふける。
「考えろ……考えるんだ」
装甲を撃っても効果はないことは明らかだ。なら弱点はどこだ?
頭部でも背部でもない……だとしたらどこだ?
IGFの動力そして生命線たる機関は、コアユニットだ。
つまりはコアユニットを破壊すれば停止するのか?
「やってみるしかない」
アレックスはレールガンの射程を敵機に定めて、発射する。
敵機が一瞬動きを止める。
「やったか!?」
歓喜の声をあげる。
だが瞬きもする間もなく機体は再起動し、動き始める。
「なっ……?効かないだと!?」
アレックスは呆然とする。
「何でだ、コアユニットを破壊した筈だ!」
「いや待て、もしかしてあのコアユニットはダミーで本物のコアユニットがもう一つあってそこを狙えば相手を仕留められる……はずだ!!」
今度こそだ、三度目の正直ってやつだ。
この一撃をぶち込んで今度こそ、レオの仇を殺す。
「ウオオオオオオオオオオオ!!!!」
渾身の力を込めてレールガンを最大出力まで開放し、敵機とゼロ距離まで迫りコアユニットのさらに奥に存在する球体に銃口を接近させ、最後の一発を放つ。
球体の内部に錬洋石は確かにあった。錬洋石はメキメキと音を立ててガラスのようにひび割れながらやがて砕け散った。それと同時に敵機も歩みを止め、コアユニットの外殻部から白い光に包まれ、綺麗に爆散していく。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
耳元で人の声がする、煩わしいなと思いながら、瞼を少しずつ開けていく。視界は中々定まらない。
「ここは……どこだ?」
「……ですか?大丈夫ですか?」
目が醒めた時、耳元で声がした。それは少女だった。
「何が…どうなっているんだ……!?」
アレックスは言われていることの意味が理解できなかったが、部屋を見まわして少女の言っていることの内容を脳内で反芻して咀嚼していくうちに自分の置かれている状況を徐々に把握した。
「カミ…ラ…お前生きていたのか、ゲホッゲホッ!!」
「まだ動かないで、動かないで大丈夫だよ」
見上げた先にいる赤髪ツインテの少女の目は涙でうるんでいた。
「機体はどうした?」
「ファフニールならとっくに大破して、整備科が今大忙しで学科長がお怒りだよ」
「それは良かった」
アレックスは笑う。
先の大戦「聖一二〇年戦争」後期に荒廃の一途を辿る惑星を捨て、宇宙へと進出した富裕層を中心とする宇宙開発事業により、ウルスラグナ星の第二衛星から第八衛星の軌道上に、イシュタリア連邦のスペースコロニー郡が大量に建設された。その中でも最大規模の人口を誇るコロニーであり、様々な官公庁や教育機関が集積している。
イシュタリア連邦軍管轄・ブライシュティフト王立士官学校
ここには未来の連邦軍の兵士を夢見る生徒たちが全国から集っている。ちなみに校名は「鉛筆」を意味し、「ペンは剣よりも強し」を抱える校風の筈だが、実際は士官育成学校として機能している。その中でもIGFのパイロットを養成する「戦術科」は非常に高い倍率を誇り、多種多様な専門のプログラムを用意している。実戦に耐えうる人材を育てるべく専門的かつ高度な知識を一から全て叩き込む。
統治歴121年 8月12日 四限目:戦術科教練
天気は快晴 湿度・温度ともにやや高め
グラウンドでIGFの実機を使用した演習が行われている真っ最中だ。グラウンド奥の倉庫に、人形機動兵器「Ifrit gear frame(イフリートギア・フレーム)」、通称「IGF」。その演習用に払い下げられた退役済み量産機のモデルが、練習生の数だけ用意されている。
機体は、全体的に茶色一色でその中に黄色や緑の線が迷彩柄のように縞々模様に塗られている。全身が角張った形状で、頭部はカメラアイと60mm機関砲の機銃口程度しか目立った装備がない。コクピットを覆う胸部の装甲はとても薄く、その両端にむき出しの排熱ダクトがあり、実戦に耐えうるクオリティーではとてもない。それ以外に目立った特徴はと聞かれれば、足の後部にある車輪と、腰回りのブースターくらいしかないだろう。
そんな中ー。
「おい、三番機、少し遅いぞ」
「五番機、お前はもう少し身を引け」
「六番機、お前はたかが銃撃の一発二発にビビりすぎだ!実戦ではそんな生半可な態度では臨めんぞ!!戦場を舐めんな!!」
二〇代くらいの青髪巨乳の女性教官アンジェリカによる各機体への細かな指示の下、炎天下でのIGFの一対一の軍事教練及び模擬演習が行われていた。彼女の指導は手厳しいと評判で、それについていける生徒はごくわずかと言われている。しかしアメとムチの使い分けが上手く、身も心も極限まで搾り取られた先にある極上の褒美を求めて日夜、汗水垂らして鍛錬に励んでいるといったところだ。
「六番、お前は腹筋、腕立て伏せ、スクワットそれぞれ二〇〇〇回だ!」
「ひ、ひぇ~」
六番機パイロットは機体を降ろされ、青ざめた表情で筋トレに向かっていった。
それを見た生徒は「ああ~来た!噂の筋トレ地獄!!死ぬまで搾り取られるらしいぜ~」
「いや~おっかねぇ!!考えただけであの世に行きそうだ!」と影で囃し立てている。
教練の成績が軒並み芳しくない中、そこに明らかに一線を画す機動力を誇る機体があった。いや、その高い機動力を支えているのはその機体を操る一人のパイロットの腕前と実力によるものと言った方が正しいだろう。
「一番機。毎度のことだが、ようやるな貴様は。私から言ってやることは無いかもしれぬ……悔しいが、私から言ってやることは無いかもしれぬ!!」一番機に搭乗するパイロットもとい金髪碧眼の士官候補生、レオト・マルティネウスは、真顔で会釈し「はい、ありがとうございます」とだけ答え、持ち場へと戻っていった。
「な~にあいつ、白けてやんの」
「自分だけ成績優秀なことを良いくせに、すましちゃってさ~」
教練をグラウンド端の屋根付きベンチで見学していたジャージ姿の補欠生徒はタオルで汗を拭きながら、思わず愚痴をこぼす。
「ただ、我らアレックス様の機体の腕前も、忘れちゃいけねえぜ!ほら」と言って、半袖ジャージを肩まで必要以上にまくった、筋肉隆々のいかにも体育会系な見た目の男子生徒エドワード・エドモンドはその機体の方を指差す。
指を差した方にある機体は、先程のレオ機には勝らぬとも、確実に追随するスピードと正確性を持ち合わせていた。相手機の射撃や剣戟を悠々と回避していく。
「おい、二番機。お前はいつも何かが足りていないな。実力があるのは確かなんだがなぁ」
アンジェリカから彼へと下された評価は芳しいものでは無かったが、アレックスの実力はレオに並んで同期の中では二位の成績である。
ホイッスルが鳴り、「今日の教練は一旦終了、いや!また後日いや放課後にまた招集をかけるかもしれん!その時は必ず遅刻しないで来いよ?では解散!!」と号令がかかる。
「敬礼!」
教官の元に集合した生徒たちは右手を頭の上でかざし、グラウンドの端までよく聞こえる大声で敬礼する。
教練を終えたアレックスたちはグラウンドから校舎エリアへの坂目掛けて全力でダッシュする。
「おい、ついてこい!」先頭を走るエドワードが後ろを振り返りながら呼びかける。
「ったくエドワードと来たら」
女生徒が走りながらそう言い困った顔をする。
「いつも元気だね彼は、いつまでたっても年を取らなそうだ」
そう言うリアムはヘトヘトになって坂の途中でハアハア言いながら屈んでいる。
「どうした?置いていくぞ」
その横をアレックスが何食わぬ顔で通り過ぎていく。
「ちょっとアレックス君、待ってよ!」
リアムは必死に追いうこうとする。
「それにしても、レオ君凄いよね~ただでさえ難しいってされているIGFの操縦を難なくこなして」
レオトの女性人気は元より男子生徒からも尊敬の念を向けられている。
「あの射撃の腕前を見習ったらどうだ、あ?ダン?」
「あれ、いない?」
エドワードと男子生徒は顔を見合わせた。
「ま、いっか」
食堂は校舎エリアの西側に位置する巨大なホールのような施設に入っている。校舎は上空から見ると綺麗な六角形になっており、その東西南北を四つの通りが横切り、校舎も大きく4つに分けられている。
食堂に入ると既に大勢の生徒が中にいた。ちなみに食事はバイキング形式となっている。
「おい、聞いたか?」
エドワードが、食堂のサラダバーで通りすがりの女生徒たちに問いかける。
「ああ、聞いた聞いた、また模擬演習で一位だったって?凄いよねぇ~」
話しかけられた女生徒は意気揚々とはつらつと彼の質問に答える。問いかけに応じた女生徒は小太りな体型で、かと言ってビジュアルもそんなに美形ではない方だった。それ故に品行方正、成績優秀、容姿端麗と非の打ち所がないレオに目が無いのだろう。
「しかも、地方貴族の出で顔も成績もご優秀!きっと白馬の王子様のような人なのでしょうね~!」
その女生徒の友人とおぼしき痩せ型の少女も、釣られて黄色い声をあげる。
アレックス達戦術科とは異なるクラスの生徒だろう。
しかし「そんな人、少なくともうちの学校にはいないよ」と通りかかった短髪の男子生徒に言い放たれる。
「おい、アレックス!お前いつまで小隊長の誘い断っているんだよ?」
「これで五回目だ」アレックスと呼ばれた男子生徒は淡々と答える。
「俺にはそんな役をやるまでの実力がない。分かっているだろ、成績の上ではレオが優秀だということを」
別にアレックスはレオのことを目の敵にも、嫉妬の対象として貶める気は毛頭ないが、彼にはどうも自分の実力を卑下する癖があるようだ。
「ゲッ、二番じゃん...」
「てかあいつに言っているんじゃないし、勘違いキモ…」
「あいついつも地味でなんか暗いよねー」
アレックスは女生徒の陰口なんか何処吹く風の如く、トレーに必要最低限の食材を盛り付ける。
食堂のテレビがノイズ混じりでお昼のニュースを流し始める。
「今日のお昼の連邦のニュースをお届けします。本日で『ウィクトーリア協定』発布による、『聖一二〇年戦争』の停戦から一周年が立ちます。連邦軍の攻勢によって、今日(こんにち)まで、我が国の平和と安寧は守り抜かれてきました。ご覧ください!これが現在の憎き共和国領の惨状です!どうでしょうか?筆舌に尽くし難い荒廃ぶりでしょう!かつての最前線であった惑星『ウルス・ラグナ』は、敗残した共和国軍の戦艦の残骸が降り注ぎ、現地住民の頭を悩ませています」
女性リポーターは顔を紅潮させ、明らかな作り笑顔でさらにまくし立てる。
「そして、その現連邦軍が誇る最大の兵器が、この戦略兵器IGFと機動要塞です!機動要塞は過去20年一度も破られた事無く健在です!これこそ、現連邦軍の保有する兵力の最高峰です!イシュタリア連邦王国と赤竜旗に栄光あれ!!」
「いつも思うがとても公共放送とは思えね―ヒドさだな…」と壁掛けテレビを眺めてニュースを聞いていたエドワード・エドモンドが口を開く。「あぁ……」それに片手にトレーを持ったリアム・ハルトマンがずれた眼鏡を指でかけ直しながらうなずき、同意のフリをする。
「だいたい、いつまでこんな報道してんだかさぁ~。連邦の損害状況を見れば普通こんな報道はできないだろって」とエドワード。
「しっ、あまり言うんじゃない。聞かれてるかもしれない」とリアムに止められる。
二人は食材をトレーいっぱいに盛り付けて、窓際テーブル席に座り食事をとる。
「ん、このアスパラ美味えな~」とエドワードは食堂の飯に舌鼓を打つ。しかしエドワードの隣の席に座るリアムは「うっ、このピーマン僕はちょっと嫌いかもしれない……」と目尻にシワを寄せる。しかし近くの席に座っていた女生徒に「ダメよ食べなきゃ!!身長伸びないぞ!!」と茶々を入れられる。
「う~む」リアムは渋い表情をする。
それを見ていた医務科の女生徒、お団子の位置に赤髪ツインテが特徴のカミラ・エインズワースは楽しそうに笑い転げる。
「いいな、楽しそうで」アレックスが肯定とも皮肉ともとれない曖昧なリアクションをとる。
「おうよ!一度しか無い人生楽しんでナンボよ!!」とエドワードの連れ、黒髪にオールバックの不良ダン・イーゼルスタンドが開口一番に口にする。
「ダン!あんたまた教練サボって一日中どこほっつき歩いていたのよ?」
「そ、それはだな~えーと……」
カミラは頬を膨らませながら顔を寄せ、言い寄ってくる。
「わりぃわりぃ、でもチクらないでくれよ?」それから少し間を置いて「え、えーとだな、IGF倉庫裏で煙草吸っていました。へへっ!」
「やっぱ教官に報告だわ、これは!」カミラは腰に手を付けて、言い張る。
「お気の毒さま~」エドワードが手を振る。
「ち、ちょっと待て!俺の士官候補生人生ここで終わり~??短すぎない??」
「ははははっ、冗談だよ!」
カミラは楽しそうに笑う。
「おーずるいぞ。カミラだけ楽しそうで!ブーブー!!」
「実にいい青春模様だ」
リアムは眼鏡を指で直しながら言う。
全員が食事を食べ終わり、トレーを回収する棚まで持っていく。
「おいアレックス、この後って座学だっけ?」エドワードが対面で食事を摂っているアレックスに聞く。
「そうだが何か?」
アレックスはぶっきらぼうな口調で答える。なにも不機嫌なわけでは無く、元からこういう性格なのだ。それを周りも知っているがために彼の周りには自然と友達ができない。
「いや、聞いただけだ。あんがとな」
「ああ」
それだけ言ってアレックスは去っていった。
五限目は座学だ。スロープ状になっている古式ゆかしい大講義室で数百人の生徒を前に教鞭を執るのは、麗しい銀髪に、銀縁の眼鏡をかけた冷淡かつ美麗な女教師(じょきょうし)だ。
「重要な地下資源となっている『錬洋石』は、IGFのような戦略兵器だけに留まらず、あらゆる兵器や機械の浮遊及び飛行を可能とした万能の鉱石だ」
女教師は咳払いをしてから、やや声色を変えて「しかし昨今の情勢では、かつて錬洋石が豊富に取れたウルス・ラグナ星でなく、他の惑星や星系からしか採掘を依存せざるを得ない状況になっている」と続ける。
「基本的にIGFには三つの錬洋石しか装填できない。一つの錬洋石に限り、飛行時間はおおよそ二~三時間だ」
「錬洋石に関する、更に重要な手掛かりは、コロニー最奥部に最初期から存在する開発放棄地区、通称『トト神の墓場』に存在している。しかし、その地に足を踏み入れることを許されるのはごく一部の者のみ、名実ともに事実上の禁足地帯となっている」
「しつもーん、じゃあその『キンソクチタイ』とやらに入るにはどーしたらいーんですかー?」
エドワードが机に寄っかかりうつ伏せ気味になりながら、眠そうな声で手を頭のあたりまで挙げて質問する。「同じくー」彼の近くの女生徒も釣られるように彼に同意を示した。
「ふむ、良い質問だ。現時点で分かっている情報はと言えば、錬洋石を搭載したIGFを使い、墓場の中心部にある巨大な黒い棺の鍵を開けることだ。しかし棺が存在する墓場へ至る道は非常に遠く、既存IGFの錬洋石ストックでは、ほぼ到達不可能となっている。そして、墓の門前は墓守と呼ばれる騎士が死守している。こんなところだ」
「あ、あざまーす!」エドワードは手で頭をボリボリ掻きながらはにかむ。
しかし、安寧も束の間、突如大音量の警報が鳴り響く。
「な、なんだ?」
「さすがに演習だよな!?」
構内はすぐさまパニック状態に陥る。
しばらくして飛行音のような音と共に、断続的に爆発音が聞こえてくる。
爆発音は次第に大きくなっていく。
校内放送が入り「たった今、共和国軍による要塞への襲撃がありました。繰り返します、たった今、共和国軍による要塞への襲撃がありました」と知らされる。
「襲……撃…!?」
「嘘でしょ?あの要塞が?」
加えて放送が入る。「通信科、医務科、整備科の生徒はシェルターへ至急退避して下さい。戦術科の生徒は至急IGFに搭乗し、出撃体制に入って下さい」
アレックスとエドワード、リアムらは講義室を出て、IGFが収納されている倉庫目指して全力疾走する。少し遅れてレオもやってくる。
使用する機体は演習機とは別に、緊急時に備えてこの学園が連邦政府の援助を受けて独自に開発した実戦用機体「F12A4 ファブニール」。鳥類を模したかのようなデザインのスタイリッシュな頭部は後部に向かって2本の角が生え、肩を覆うショルダーアーマーに装着した機関砲と巨大なミサイル・ランチャー、そして膝から足元を覆った重厚な脚部カバー、腰スラスター周りの四面突起が特徴だ。
「いいか、これは訓練でも演習でもない!決して気を抜くな!!わかったか?」アンジェリカは生徒に対して普段より緊迫した声色で告げる。「イエッサー!!」威勢のよい掛け声が重なる。
アレックスはIGFの腰スラスターのブースターを加速させ、機体足元の車輪を唸らせながら、地面を滑るように走る。
「君たち、ついてこられるか?」レオは挑戦状をつきだす。「あぁ!」や「もちろん!」といった声があがる。
レオの機体を先頭にして、小隊は街へと突き進む。学園を抜けた先の通りを曲がり、街の中心の通りに出ると、ビルや建物からは煙が上がっていた。ちなみに、この先に連邦国軍の要塞が存在する。
要塞は五十メートルを越える城壁に囲まれており、その壁の中に砲塔が隠されている。尚陸戦を想定して建設されたため、対空装備は不十分である。既に共和国のIGFが上空に浸出している。その数はざっと二〇機程度。
敵機体のIGFは、純白のフォルムに狼を彷彿とさせる尖った頭部、稲妻のような形で根本から二つに分かれた赤いカメラアイ、胸部の漏斗型のキャノピ・コクピットの下部に錬洋石コアユニットを持つ。そして肩部のショルダーアーマーは幾重にも重なっている。腕部には分厚い装甲が施されており、その後部から伸びるアームには開閉式の安定翼がある。
兵装は腕部に装着したリヴォルヴァーカノン及びバルカン砲と、胴体横の対空式誘導弾三発、頭部横の60mm機関砲、そして手に持つアサルトライフル一丁、そして円筒形で先端が尖った槍だ。
イヤーカフを通して聞こえるアンジェリカの指示を仰ぎ、共和国軍IGFに向かってファブニールでライフルの一斉射撃を始めた。
しかし相手の装甲も銃弾の一発や二発でどうこうなる代物ではない。銃弾は当たるも、傷一つ付けられずに地面へ落ちていく。
「くっ……効かないだと?」
「フッ連邦軍よ、これが我々共和国の誇る機体だ。身の程を弁えろ愚民どもめ」
敵機体のパイロットの声が直接脳内に響いてくる。
それに頭痛がする程の違和感を覚える。
「力技で押しても意味がないってワケか」
エドワードは舌を噛む。
しかしレオトはそれでも隊を導こうとする。彼は敵機体の銃弾を素早い身のこなしで代わる代わる交わしていく。そして相手の錬洋石コアユニットにナイフを突き立てる。たちまち走行不能となり敵機体は意気消沈する。
「やっぱうちのエースは違うな!」感嘆の声が聞こえるが「油断している隙はないぞ、もうすぐ第二波がやってくる。備えろ!」とイヤーカフ越しにアンジェリカにどやされる。
「了解!」
間もなくして空の向こうから再びIGFが押し寄せてくる。しかしその数はさっきの倍だ。
「何よ、コレ」
これまでのムードが一転、全員が呆気に取られる。
だが、レオトを筆頭に攻勢をゆるめない。
発射されたミサイルを交わしながら、敵機体に照準を合わせて的確に撃ち抜く。
だが、それでも相手の数は減らない。
「一体いくら撃ったら減るんだこいつら……」
「キリがないぞ…!」
銃撃を続けながら早くも音が上がる。
「クソッ!弾切れかよ!!」エドワードはファブニールのライフルを地面に投げ捨て、コクピットのリニアシートで一人頭を抱える。
「僕もだ、残り6発……持つかどうかわからん」
リアムもそう言い捨てる。
戦場に絶望的な空気が漂い始める。
その中、レオト機が単身敵機体の軍勢へ向かって突っ込んでいく姿が見えた。
「おいレオ!お前何やっているんだ!?」
「僕のことは良いから先に行ってくれ!」
「なっ、そんなこと言ったって、お前!」
レオトはIGFの陸上高速移動から、錬洋石コアユニットのエネルギーを一つ消費し飛行モードへ移行した。機体が地面から少しずつ浮き上がっていくのが分かる。
「おいレオまさかお前?」
レオの機体は空を要塞上空を滑空し、敵機体のコアユニットめがけてミサイルを発射する。
命中するたびに敵機は爆発し破損していく。
しかし、そのミサイルの爆炎を切り抜けてレオ機に向かってくる機体が一つあった。
「レオ、危ない!」モニターを眺めながらアンジェリカがイヤーカフ越しに悲鳴を上げる。
だが、その思いも虚しくレオ機は槍に貫かれる。
そのままレオ機を槍で貫いた敵機は、しばらく槍で機体を弄んだあと、他所へと放り投げた。
「いやああああ!!」
女生徒が悲鳴を上げる。
学園の緊急司令部本部ではレオトの機体に対して通信を試みる。
「レオト!おいレオト!!聞こえているか?」
アンジェリカは必死に呼びかける。
レオトはアンジェリカの呼びかけに息も絶え絶えながら応じた。
「教官……僕のことは…もういいです…から……アレックス達を先に行かせて…やってくだ…さい」
「そんなこと言っても貴様!死にそうじゃないか」
「僕の命なんて……安いもんですよ……そんなことより彼らを見守ってやってくだ……さい」
レオトは口から血を吐き出す。
「連邦国軍、万歳!」
レオトはそう言って少しだけ笑った。
「一番機、通信途絶!!」
「……そんな」
アンジェリカは怒りに任せてレーダーを叩く。
要塞が共和国軍の機体の数の暴力に負け、ミサイルを直に受けて城壁が崩れ落ちる。
そして崩れ落ちた城壁の穴から次々とIGFが進軍してくる。
「要塞が陥落しました!!」
「俺たちは終わりなのか……」
そんな中アレックスは、レオトを殺した敵機に向かって猛攻を仕掛ける。
錬洋石を一つ消費し、最大高度かつ最大全速で敵機の装甲をIGFの拳で思いっきり何度も叩き割る。
そしてよろめいた機体から槍を強奪し、カメラアイやコクピットに突き刺す。アレックスは奪った槍で、狂ったように敵機を次々に襲っていく。
本部から通信が入る。
「アレックス候補生、コロニーの辺境…『トト神の墓場』へ今すぐ迎え!そこに、この状況を切り抜ける連邦の叡智の結晶が隠されている。今まで言わなくて非常にすまなかった」
この声は座学の時の教師だろうか。
「しかし棺は相当な高所に位置し扉の解放には錬洋石が必要だが、いいな?」
「分かりました」
アレックスはすんなり受け入れて敵機の猛追を「攻撃」という形でどうにか振り切りながら、目的を目指す。コクピットのモニターに表示されている錬洋石のゲージがじりじり減っていく。
80メートルぐらいは飛んだだろう。錬洋石のゲージは残り僅かを切った。錬洋石はあと三つ、一つ目のストックではあと10分程度しか飛べないだろう。二つのうち一つは棺の解放に使わなければいけない。
長距離砲の追撃をかわし、「棺」のある「祭壇」を壁に沿って飛ぶ。墓守であろう純白の華奢な二体のIGFは、手元の鋭い槍を交差させて進路を塞ぐが、ミサイルで撃破する。
「扉」に辿り着いたアレックスは残りわずかの飛行時間を用いて、コアユニットから錬洋石を一つ取り出して、細長い石の形を模した「鍵穴」に差し込む。機体は飛行限界に達して、祭壇の前に落下する。
そうしたら棺の表面に青い光の筋が、幾何学模様のようにほとばしっていく。そして真ん中の鍵穴で錬洋石が神々しい輝きを放ち、アレックスはあまりの眩しさに目を瞑る。棺の扉が左右に開いていき、中にあったのは巨大な” 銃”だった。
その銃は全体的に長く5メートルあるIGFの全高と同じくらいある。銃床は大きく、トリガーガードと直結しており、後部に反ってやや歪んだ台形を描いている。銃身は、上部がゆるい曲線を描いており、下部は直線的なデザインだ。先端部分でコの字型に分かれており、そこから細長い銃口が伸びている。
「これは……一体、なんなんだ……?」
アレックスは目前に現れた未知の兵器に目を見開く。
「それはレールガンよ」
「レールガン?」
「そうよ、内部にある2本のレールを電極として通電させ、投射する。到達速度はライフルより遠い5.9km/s よ、それを使って敵機を一つ残らず粉砕しなさい!」
「了解!」
アレックスはアンジェリカの命令に答え、レールガンを棺から取り出し手に持つ。
敵機体に銃口を向ける。銃口を包むコの字型の銃身が二つに分かれて、電流が流れる。
直後、銃口から激しい電流が発射されて、相手の機体をものの見事に全身の装甲をくぼませ、無惨にも焼き切る。
「これは、これは……凄いぞ!!こいつは使える」
興奮したアレックスはレールガンで次々とIGFを撃墜する。
その姿は相手にとって恐ろしく見えただろう。
「なんだアレは?」
「分かりません!連邦軍の最新兵器かと…グワァー!!」
相手に話す隙も与えさせない。アレックスは炎を背に、狂気的な殺戮マシーンと化した。
その前にはもはや何人も抗えない。
周囲に炎が燃え盛り、あたり一面が包まれる。
アレックスはただそこに銃を携え、祭壇前に佇んでいる。
「化け物だ……」
相手のパイロットはアレックスの操縦するファブニールを無力感に苛まれながら見上げる。
燃え上がる爆炎の中から、黒い影が見えた。
それは徐々に大きくなっていく。
「まさか、まだ生きている奴がいるのか……、嘘だろ……」
炎を切り抜けて出てきたIGFは、今までの機体とは若干フォルムが異なるものだった。
通常よりやや小回りな頭部を兜が覆い、上部に長い角が生えている。肩部ショルダーアーマーは一枚のみの立体的な形状ながらも単純な構造をしており、背部に6基の翼を生やしている。
アレックスはレールガンをその機体に向けて連射する。外殻はただ攻撃を吸収するだけで、外傷を与えることはできない。
「こいつ……」
アレックスは目をつむり、考えにふける。
「考えろ……考えるんだ」
装甲を撃っても効果はないことは明らかだ。なら弱点はどこだ?
頭部でも背部でもない……だとしたらどこだ?
IGFの動力そして生命線たる機関は、コアユニットだ。
つまりはコアユニットを破壊すれば停止するのか?
「やってみるしかない」
アレックスはレールガンの射程を敵機に定めて、発射する。
敵機が一瞬動きを止める。
「やったか!?」
歓喜の声をあげる。
だが瞬きもする間もなく機体は再起動し、動き始める。
「なっ……?効かないだと!?」
アレックスは呆然とする。
「何でだ、コアユニットを破壊した筈だ!」
「いや待て、もしかしてあのコアユニットはダミーで本物のコアユニットがもう一つあってそこを狙えば相手を仕留められる……はずだ!!」
今度こそだ、三度目の正直ってやつだ。
この一撃をぶち込んで今度こそ、レオの仇を殺す。
「ウオオオオオオオオオオオ!!!!」
渾身の力を込めてレールガンを最大出力まで開放し、敵機とゼロ距離まで迫りコアユニットのさらに奥に存在する球体に銃口を接近させ、最後の一発を放つ。
球体の内部に錬洋石は確かにあった。錬洋石はメキメキと音を立ててガラスのようにひび割れながらやがて砕け散った。それと同時に敵機も歩みを止め、コアユニットの外殻部から白い光に包まれ、綺麗に爆散していく。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
耳元で人の声がする、煩わしいなと思いながら、瞼を少しずつ開けていく。視界は中々定まらない。
「ここは……どこだ?」
「……ですか?大丈夫ですか?」
目が醒めた時、耳元で声がした。それは少女だった。
「何が…どうなっているんだ……!?」
アレックスは言われていることの意味が理解できなかったが、部屋を見まわして少女の言っていることの内容を脳内で反芻して咀嚼していくうちに自分の置かれている状況を徐々に把握した。
「カミ…ラ…お前生きていたのか、ゲホッゲホッ!!」
「まだ動かないで、動かないで大丈夫だよ」
見上げた先にいる赤髪ツインテの少女の目は涙でうるんでいた。
「機体はどうした?」
「ファフニールならとっくに大破して、整備科が今大忙しで学科長がお怒りだよ」
「それは良かった」
アレックスは笑う。
応援ありがとうございます!
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