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第2章 絡まる②

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「ただいまー」

誰もいない部屋に入る。

孝之が迎えてくれることもあるが、プロジェクトの追い込み以外では比較的定時に上がれているので、由希子の方が早く着くのがほとんどだった。


「さてと…」


由希子は手早く部屋着に着替えると、食事の準備をする。
一時期結婚を機に仕事を辞めた時期があって主婦をしていたこともあり、結局はシステムエンジニアの仕事に復帰しても家事は由希子の担当になっていた。


「はあ…なんか…疲れたな。」


初出勤の職場ということもあって、だいぶ気を使った。

そのせいもあって、ついうつらうつらとソファーで眠ってしまった。

どのくらい眠っただろうか。耳元で呼ばれる声で目が覚めた。


「ただいま、由希子」
「おかえり」
「疲れているようだけど、大丈夫か?」
「うん、初日は気を遣うし。なんか勝手が分からないから。でも大丈夫だよ。」
「そっか。じゃあ飯食べるか。」
「あ、温めるよ」
「準備したから席に着けよ。」


気づくと食卓には由希子が準備していた食事が並んでいる。こういう気遣いが嬉しくて、由希子の頬は緩んだ。


「ありがとう」


食事をとりながら他愛無い話をする。そういえば…と思って南のことを話そうと思った。


「実はね、今日同じ職場で同級生が働いてたの。すごい偶然じゃない?」
「そうだな…」


テレビから目を離さずに孝之は由希子の話を聞いていた。ふいに思い出したように、孝之も仕事の話をする。


「俺もサプライズがあるんだ」
「え?なになに?」
「今度課長に昇格したんだ。だから、一つ下の後輩に営業を引き継ぐことになって。これからちょっと帰り遅くなるかもしれない…」


朝食と夕食。できたら一緒に取りたかった。それが少し顔に出たようで、孝之は笑いながら由希子の頭を撫でた。


「寂しい?」
「うん。でも孝之の努力が認められたみたいで嬉しい。」
「ありがとう。…なるべく一緒に居られるように、引継ぎ終わらせるな。」


孝之の手は大きくて暖かくて。それだけで由希子は胸いっぱいになった。


「じゃあ、今日はとっておきの赤ワイン出しちゃいます!」


そういって2人で赤ワインで乾杯する。

確かに子供が欲しいが、今はこの穏やかな時間を過ごせるだけでもいいと由希子は思った。
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