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・1.プロローグ
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クロエ・ランディットは薄暗い病室で、寝台の上に横たわる青年を呆然とした面持ちで見つめた。
窓から差し込む月光が、室内をぼんやりと照らし出すだけで、ランプの明かりさえついていない。いや、点けられなかったのだ。
周囲の音など耳には入らず、ただただ静寂の中、時間が止まったように感じる。
青年の美しい金糸の髪は頬にかかり、黒い影を落としていた。
顔色は青白く、生気というものが感じられない。
そして彼のスカイブルーの瞳は、もうその姿を現わすことはないだろう。
「フレッドお兄様……嘘……嘘よ……」
クロエは、つい先日まで言葉を交わし、優しい微笑みを向けてくれていた幼馴染の命が潰えてしまったという事実を受け止めることができないでいた。
「お兄様! 起きて! 目を開けてください」
目を閉じたまま横たわっているフレッドに縋りついて呼びかけるが、フレッドはそれに応えることはなかった。その手を握ると、既にひんやりと冷たくなっていた。
死んでいる……突きつけられた現実にクロエの心は張り裂けそうだった。
一筋の涙がクロエの頬を伝った。それを皮切りに堰を切ったように涙が溢れて、嗚咽は慟哭へと変わっていく。
また自分は失うのだろうか。
愛する人を助けることなく、ただ死んでいく姿を見つめるしかないのだろうか。
クロエがフレッドの胸に顔を埋めて泣いていると、不意に頭上から声を掛けられた。
「クロエ……」
名前を呼ばれてクロエが顔を上げると、いつの間に現れたのか、異国の服を纏った一人の青年が立っていた。
燃えるような真紅の髪は獅子の鬣のように揺らめき、切れ長の目は煌めく金色。
均整の取れた体躯に、鍛え抜かれた胸板を惜しげもなく晒し、両肩から掛けた金と群青色の布を金細工のベルトで止めている。
クロエはフレッドの亡骸に縋りつきながら青年を見上げると、彼の名を力なく呼んだ。
「アロイス……」
「また、駄目だったんだな」
そう言ってアロイスは憐憫の表情を浮かべた。
「アロイス、お願い! もう一度私の時を戻して! 今度こそ、フレッドお兄様を助けて見せるから!」
「もう既に5回目も時を戻している。さすがに俺の力も限界に近い」
クロエは時の神であるアロイスに涙を浮かべて訴えるが、アロイスは首を振るだけだった。
「お前は前世で、俺を助けてくれた。前世、聖女であったお前の力のおかげで俺は時を操る力を取り戻すことができた。だから俺は、お前が愛する者を救うために時を戻したいという願いを叶えた。だが、俺の力でも運命を捻じ曲げ、人間の時をそう何度も戻すことは無理だ」
「お願い、アロイス。私ができることなら何でもするわ。フレッドお兄様を助けた後、私の命をあげてもいいの。お願い!」
クロエの懇願にアロイスはしばらく目を閉じ、逡巡すると、何かを決心したようにゆっくりと目を開けてクロエを見つめた。
「なら、お前の代償として記憶を貰う。次に時を戻して目が覚めた時、お前は今までの記憶を失っているだろう。だから、フレッドを助けるという時戻りの目的さえも忘れているはずだ。そもそも、フレッドのことすら覚えていないかもしれない。それでもいいか?」
「ええ。フレッドお兄様のことも、お兄様を助けるということも絶対に思い出す」
「分かった。……じゃあ、最後だ。お前の時を戻そう」
そう言って青年はクロエの頭をそっと撫でた。
「フレッドお兄様、絶対にあなたを助けるから、待っていてください」
横たわったフレッドの顔を自らの記憶に刻み付けるように見つめ、クロエは小さく呟いた。
「お兄様、愛しています」
それを最後に、クロエは光に包まれ、視界が白に染まっていく。
そして意識は、光へ溶けていった。
窓から差し込む月光が、室内をぼんやりと照らし出すだけで、ランプの明かりさえついていない。いや、点けられなかったのだ。
周囲の音など耳には入らず、ただただ静寂の中、時間が止まったように感じる。
青年の美しい金糸の髪は頬にかかり、黒い影を落としていた。
顔色は青白く、生気というものが感じられない。
そして彼のスカイブルーの瞳は、もうその姿を現わすことはないだろう。
「フレッドお兄様……嘘……嘘よ……」
クロエは、つい先日まで言葉を交わし、優しい微笑みを向けてくれていた幼馴染の命が潰えてしまったという事実を受け止めることができないでいた。
「お兄様! 起きて! 目を開けてください」
目を閉じたまま横たわっているフレッドに縋りついて呼びかけるが、フレッドはそれに応えることはなかった。その手を握ると、既にひんやりと冷たくなっていた。
死んでいる……突きつけられた現実にクロエの心は張り裂けそうだった。
一筋の涙がクロエの頬を伝った。それを皮切りに堰を切ったように涙が溢れて、嗚咽は慟哭へと変わっていく。
また自分は失うのだろうか。
愛する人を助けることなく、ただ死んでいく姿を見つめるしかないのだろうか。
クロエがフレッドの胸に顔を埋めて泣いていると、不意に頭上から声を掛けられた。
「クロエ……」
名前を呼ばれてクロエが顔を上げると、いつの間に現れたのか、異国の服を纏った一人の青年が立っていた。
燃えるような真紅の髪は獅子の鬣のように揺らめき、切れ長の目は煌めく金色。
均整の取れた体躯に、鍛え抜かれた胸板を惜しげもなく晒し、両肩から掛けた金と群青色の布を金細工のベルトで止めている。
クロエはフレッドの亡骸に縋りつきながら青年を見上げると、彼の名を力なく呼んだ。
「アロイス……」
「また、駄目だったんだな」
そう言ってアロイスは憐憫の表情を浮かべた。
「アロイス、お願い! もう一度私の時を戻して! 今度こそ、フレッドお兄様を助けて見せるから!」
「もう既に5回目も時を戻している。さすがに俺の力も限界に近い」
クロエは時の神であるアロイスに涙を浮かべて訴えるが、アロイスは首を振るだけだった。
「お前は前世で、俺を助けてくれた。前世、聖女であったお前の力のおかげで俺は時を操る力を取り戻すことができた。だから俺は、お前が愛する者を救うために時を戻したいという願いを叶えた。だが、俺の力でも運命を捻じ曲げ、人間の時をそう何度も戻すことは無理だ」
「お願い、アロイス。私ができることなら何でもするわ。フレッドお兄様を助けた後、私の命をあげてもいいの。お願い!」
クロエの懇願にアロイスはしばらく目を閉じ、逡巡すると、何かを決心したようにゆっくりと目を開けてクロエを見つめた。
「なら、お前の代償として記憶を貰う。次に時を戻して目が覚めた時、お前は今までの記憶を失っているだろう。だから、フレッドを助けるという時戻りの目的さえも忘れているはずだ。そもそも、フレッドのことすら覚えていないかもしれない。それでもいいか?」
「ええ。フレッドお兄様のことも、お兄様を助けるということも絶対に思い出す」
「分かった。……じゃあ、最後だ。お前の時を戻そう」
そう言って青年はクロエの頭をそっと撫でた。
「フレッドお兄様、絶対にあなたを助けるから、待っていてください」
横たわったフレッドの顔を自らの記憶に刻み付けるように見つめ、クロエは小さく呟いた。
「お兄様、愛しています」
それを最後に、クロエは光に包まれ、視界が白に染まっていく。
そして意識は、光へ溶けていった。
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