前衛女子が打ち破る世界と陽の光

紺色ツバメ

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二章 異国の兵士は、騙る

出た目は凶

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「いい? こんな調子でインテグレータに遭遇したら瞬く間に隊は壊滅よ」

 現在第十一番隊は、辿りついた一番初めの大部屋で作戦会議を行っている。全くテンポの掴めないこいつを戦場にこのまま連れて行く気にはなれなかった。

 この男、適正テストでハイスコアをたたき出したせいでエンジニアのレベル5の称号を与えられたらしいが、チームで戦闘を行ったのは五年前が最後と言う。どうしていきなり三階層目に潜ってしまったのかと今更ながらに後悔していた。新しい隊員が入ってきたら、まずは最浅階層の一で雑魚敵を倒しながら連携と共鳴深度を深めるものと相場が決まっているのに。今までのエンジニアでもやってはこなかったんだけど。とにかく、こいつがレベル5だというのと、特別任務に急かされたという理由で、一気に指定されたこの階層に来てしまっていた。

 けれども今更引き返す訳にもいかない。転移の間にはサクヤ様が立っているからだ。

「――まとめると、遭遇した敵のランクがバシリスク以上なら撤退、それより弱い相手なら共鳴接続を行って基本陣形に隊を展開、迎撃体制に入ります。以上、何か質問ある?」

 フィリアは口を閉じたまま肩をすくめ、それから男の方を見る。

「了解した。問題ない」

 短い返事。

「ホントに分かってるの?」
「…………問題ない」
「何よその間は」
「……」
「何よ、言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「…………本当にこの陣形が基本陣形なのか」
「あんたホントに馬鹿なの?」

 私がたった今説明した教科書通りの陣形に疑義を持ったらしい。前衛、後衛、エンジニアが一歩ずつずれて直線に並ぶ初期配置。これが理解できないとなると最早どうしようもない。

「まさか戦場で少女の後ろに立つことになるとは思わなかったな……」

 私の暴言は聞き流されたのか、地面に置かれた三つの小石をじっと見つめて男は呟いた。

「もう少女って年齢じゃ無いわよ。そもそもあんたいくつなの」
「――すまない。この子を指してのことだった。お前をさすがに少女とは形容しない」
「なっ――」

 私自身が否定した手前、非難の言葉は飲み込むことしかできなかった。フィリアがなんとなく笑みを浮かべているのが余計に腹立たしい。ほとんど変わらないくせに。

「そんなに心配してもらえるのなら代わってもらおうかしら」
「ちょっと、フィリア。乗らないで」
「ああ、じゃあ――」
「じゃあ、じゃないわよ! 勝手に決めるな!」

 二つの石の場所を置き換え始めた男の手をはたき落とす。

「そもそも心配されるのはあんたの方よ。だいたい戦場に立ったことあんの?」

 男は私の言葉に首をかしげたように見えた。

「なんだ、何も聞かされていないのか?」
「急にやってきといてどの口が言うのよ」

 つねってやろうと手を伸ばしたがあっけなく阻まれた。

「俺は――」

 ちらと、男はフィリアの方を見た。私にはまるで伺いを立てるような視線に見えた。フィリアは何のことか分かっていないようにちょんと首をかしげた。
 それ以上男はためを作ることは無く、すっと続く言葉を口にした。

「グレイン大陸からやってきた傭兵だ」

「……グレイン大陸?」私はオウム返しに聞こえた単語を口にする。「なんでそんなところからわざわざこんな小国にやってきたのよ」

 そういえばサクヤ様も確かそんなようなことを言っていた。
 けれども、公認鉱区はグレイン大陸にもいくつかある。海を渡って、しかもこんな国にやって来る必要性が特に思い浮かばない。

「グレイン大陸の公認鉱区で大規模な事故があったと聞いたわ。もしかしてそのせいかしら」

 口を開いたのはフィリアだった。その言葉に男は一瞬驚いた顔をした。

 私にとっては今初めて聞いた話だった。

 リリ=ステイシア公国が属するメリエント大陸とは違って、グレイン大陸の統一政府は秘密主義を貫くことで有名だ。その大陸で起こった、しかも公認鉱区絡みの事故など全力で隠蔽されるはずなのに。なぜフィリアが知っているのかは不思議なのだけれど、いつもフィリアはよく分からないところから情報を仕入れてくる。

「じゃあ、それで? 雇われ兵士のあなたはグレイン大陸から一番近いここに辿りついた、ってこと?」
「……どうだろうな」

 クライスは少しの沈黙のあと、言葉を濁した。そしてその後に口を開く様子はなかった。
 人には事情がある。

 私にもそうだし、フィリアにもそうだ。そして私はそれも理解するし、必要以上に踏み込まない主義だ。

 けれども。

「あんた自分からその話振っといてそこで止めるのやめてよ。気になるじゃない」
「気にするな」

 無邪気に言い放ち、男は立ち上がった。私もフィリアもつられて立ち上がる。

「俺もお前の素性は気にしない」

 そう言われてしまってはこれ以上追及のしようがなかった。
 そして改めて思い直す。

 エンジニアに求めるのは、ただ戦えるかどうか。

 もっと言えば、足手まといにならないかどうかだけが重要なのであって、これまでもエンジニアの素性は気にしてこなかった。たまたまこいつが立て続けに気になる言動を繰り返して目を引いただけだ。

「動くものを追いかける猫みたいね」
「ちょっと。人の心を勝手に読まないでよ」

 フィリアは最初っから、特にこの男については気になってはいないみたいだった。私もこれ以上ペースを乱されないようにしないと。

「いいわ。チームとして最低限の働きは果たして貰えれば。少なくとも陣形は守って」

 くれぐれも私たちの邪魔はしないように。

「了解した。問題ない」

 最初に聞いた返事が男から返ってきた。

 まだ本当に分かっているのか私は疑っていたが、まずはこの男の実力を見てみたい気持ちもあり、これ以上の確認はしないことにした。
 グレイン大陸政府は、三大陸の中でも一番軍事に重きを置く。
 事情はどうあれ、そこの出身とあればそれ相応の力は持っていると信じていいかもしれない。
 そしてその実力が本物なら、さらに下の階、最終的には最深部への潜入も夢ではないのだ。
 この男に特別期待しているわけではないのだが、自然と胸が高鳴った。

 そして調査を再開するため陣頭指揮を取ろうとしたまさにその瞬間。

 『がさがさっ』という不吉な音が聞こえてきた。

「うそ」

 フィリアがはっと息を飲んだ。

 私とフィリアの正面、男をはさんで向こう側の通路に影が差したのが分かった。男は一瞬早く気配を捉えていたらしく、すでにそちらに顔を向けていた。

 私も気付いた。

 まさか、よりにもよって――

 泣き出しそうになるのを必死にこらえる。

 その影はまもなく部屋へと侵入してきた。

 正面に、赤く輝く無数の目。
 細く『へ』の字に曲がった八本の足が、毒々しい黒と紫の斑模様の入った胴部から伸びている。
 数本は、その体が今まさに出て来んとする洞穴の側壁に這わされていた。
 口は横に広がり無数の短い触手が蠢いているのが見える。


――巨大な、蜘蛛。

凶蜘蛛まがぐもか。一応分類で言えばバシリスクより下だな。共鳴を――」

 のんきにこちらを振り返って手筈を確認しようとする男の眼前を、何か赤いものが走った。
 風圧に男の前髪が吹き上げられる。
 我が隊のエンジニアは、何が起こったのか理解できていない様子だ。 
 それは、私のサイファーの原型だった。

 
「いっ……いやあああ!!!」
「きゃあああああああ!!!」

 
 二人分の悲鳴が、ドームに響き渡る。一つは私のもの、もう一つはフィリアのものだ。
 対象を確認するより早く、脊髄反射で私の手からサイファーが剛速球で投げられていた。
 それは男の鼻先を掠め、レーザービームのように一直線に蜘蛛に向かって飛んでいく。

「『ひび割れる虚空、滅びゆく世界、血の涙でその大地を濡らしその心の臓を穿て』!!! ぶっ潰せ、『グラン・ナイン』!!!!」

 空中で球体から大剣へと姿を変え、周囲の空気を燃やしながら加速しそのまま蜘蛛の脳天に突き刺さった直後、大爆発が生じた。

 剣身からではなく剣そのものが破砕する衝撃が敵の全身を包み込む。ダイナマイトですら遠く及ばないその威力とともに、紅焔が凄まじい勢いで広がっていく。だがその炎がこちらまで迫ってくることは無かった。
 一瞬前に、魔女の詠唱が終わっていた。

「――ラヌス・レム・リ・ゾンデ、『龍殺しの氷塊』!!!」

 フィリアの右手にはいつの間にか身の丈を越す長さの魔杖が握られていた。ちなみに左手は私の服の裾をシワが出来るほどきつくしっかりと掴んでいる。

 突き出された杖の先から、一直線に蒼の光が炎の剣を追うように走った。私たちの耳に爆発の轟音が聞こえるより早く超魔導が着弾する。

 刹那、音も無く巨大な水晶が出来上がった。通路を完全に塞ぐような形で、爆炎も黒煙も全てその魔術結晶が凍結させる。

 赤と青。

 息を呑むほどに鮮やかなコントラストは、しかしその内に致命的な不均衡を孕んでいた。

 再び、爆ぜる。

 高音と低音が入り混じった破響音。
 目も眩む真っ白な光が三人を包み込む。




 ようやく視界が回復したとき、その直径三メートル程の通路にはころんと一つ、赤い玉がころがっているだけだった。

 急に息を吹き返したかのように、ひゅん、とその赤い玉、すなわち私のサイファーは浮き上がり、飛んできて私の肩の上でおとなしくなった。

 天井からぱらぱらと砂が落ちてきた。

 そして静寂が訪れる。

「あー……あの、えっと……」

 もじもじと体の正面で組んだ指を動かす。
 フィリアは今はもう私から手を離し、帽子をそれはもう深くかぶり直していた。

 男がいやらしい目で私たちを上から下まで舐めた。

「……ふむ。どうやら俺は作戦を正しく理解できていなかったみたいだな」

 何か残念なものを見る目でこちらを見てくる。よく見ると彼の前髪が若干煤けていた。

「……つ、次から。次からなんだから!」
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