前衛女子が打ち破る世界と陽の光

紺色ツバメ

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五章 片割れの少女は、誘う

よく知った違う顔

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――遡ることしばらく。
 
   ■
 
 フィリアに横たわった彼女のケアを任せ、俺はパーティーを離脱した。

 無論、ディルナ・ディアスを二体とも討伐した後だ。ネネカがやられたあの状況にあっては、最早自分の能力を抑えておく必要もなくなった。

 右腕の修復には、その内の一体から回収した『カルディア』を使った。

 それから俺は単独でさらに奥へ進んだ。

 フィリアが後をついてくることはなかった。気を失ったネネカを放置しておくわけにはいかなかったのだろう。そこでは二言三言交わしただけだったが、それで十分だった。

 俺は今例の支給された軍服ではなく、黒い鎧に身を包んでいた。
 それはちょうど、先の二体の死神の外見によく似たものだ。防具というよりは、むしろ変質した身体の延長だ。事実、その漆黒の衣装は、俺の肌色の首元から継ぎ目無く延長している。

 進化の過程とやらを遡った研究の、負の遺産だった。望むと望まざるとに関わらず、この体は役に立つことがある。

「……出来れば発動は控えたかったんだがな」

 自嘲気味にひとりごちる。
 彼女を見殺しにすることはできた。
 以前の俺ならそうしていただろうが、今回は事情が違った。
 言うなれば彼女は一般人だ。
 これ以上無関係の人間を犠牲にするのは気が引けた。

 そうして元の躰に戻ることはできたが、服がない。全裸で辺りをうろつくわけにはいかないので、能力を開放状態のまま洞窟を進んでいる。

 幸い、誰に会うこともなかった。

 それもそのはずで、これより先の道は地図上では行き止まりになっている。
 一般部隊であれば探索過程でこの道を通る必要性は感じない。つまりよほどの事情が無い限りは隊の潜入経路には選ばれない。

 俺は仄明るい光に導かれるようにして歩を進める。

 他の地下資源と違い、カルディアの埋蔵地を発見するのに特別な知識や技術、ましてや機械などは必要としない。

 ただ、地面が橙色に光るのだ。

 土に混ざって存在する、マギタイトと呼ばれる水晶の欠片。
 それが発光源であり、同時にカルディアの在り処を示すものでもあった。
 地上にいる人間は、ただその光った大地を掘り進んで行けばいい。そうするとこの地下迷宮に辿り着くというわけだ。現在世界各地にある採掘場は全てそうやって開通されてきた。

 このマギタイト自体は、もうずっと昔から存在していた。ただ、カルディアが発見される以前は、それはただの石でしかなかった。その当時は発光することもなく、電気も通さず、脆く加工もしづらいというマイナス要素ばかりで見向きもされなかった鉱物だった。

 だが今は、カルディアのエネルギーに対して共鳴し、オレンジ色の柔らかい光を放つことが知られている。この陽の届かない深いふかい地の底で、懐中電灯のひとつもなしに満足に探索活動ができるのは壁に埋まったマギタイトのおかげだった。

 そして、注意深く確認すればその流れのようなものが見えてくる。ちょうど風が吹くのを感じるようにカルディアの存在位置を辿ることができる。

「――ここか」

 いくつかの分かれ道を経て、辿りついた通路の先は岩壁に閉ざされていた。そして足下にはぽっかりと開いた巨大な穴。

 昇降機以外に、さらに地下へ潜る道だった。一般にはよく知られているもので、これはセグメントが通る穴とされている。最深部で沸く化物が、各階層にいくつかずつあるこの穴から登ってくるらしい。
 足下にあった小石を蹴落とす。十秒とちょっと経ってから、かすかに音が聞こえてきた。

「……………………」

 穴によっては、例えば壁から伸びるもので滑り台のような斜面になっているものを見たことがある。しかし今回は、垂直落下らしかった。超々高層ビルから飛び降りるくらいのものだ。

――なに、死にはしないだろう。

 意を決し、俺は大きく息を吸い込んでから飛び降りた。
 
   ■
    
 着地の衝撃で脚の一部が破損して散らばったが、それだけだ。
 何も問題はない。

 意識を集中させ、共鳴信号を発して欠片を呼び集める。黒く澱んだガラスの欠片のようなものが辺りに舞い上がり、それは俺の下半身へと収束していった。

 数秒後には、飛び降りる前と変わらない漆黒の脚部が完成していた。

 痛みは別段感じることもない。そのせいで先の戦闘では右腕が切り落とされたことに気付くのが遅れてしまったのだが。

 ふと上を見上げる。

 大小様々なマギタイトの輝きが作り上げた陰影のせいで、遠近感が狂わされる。俺が落ちてきた穴がどこにあるのかはもう分からなかった。天井はかなり高いように思えた。

 視線を戻し、改めて辺りを見渡す。
 通路は前と後ろの二本に分かれていた。

 この国の者の言葉を借りるなら、ここは『第五階層』らしかった。第四階層から一つ下りてきたのだからそうだろう。俺自身はこの最深部に潜入する権限は与えられてはいたが、俺が所属させられた第十一番隊ではそれは叶わないらしかった。規則上仕方がないことで、むしろそれは表向きに潜入権限が無いことが外向けに示されるため、良い隠れ蓑になった。

「いろんな規則があるんだな……」

 大陸ごと、採掘場ごとに、様々なルールが定められている。俺の仕事は、それを読み解くことだ。縛るのは、守るため。それこそが答えだ。

 俺が求めるものは変わらずここに眠っているに違いなかった。それは不用意に人を近づけることを許さない、未だ不安定な状態で。

 短く息を吐く。

 ここから先の地図は無い。
 俺は近くにあるはずの『森』の反応を探るべく、全身で気の流れを探ろうとする――
 
「結局一人でここまで来ちゃったのね」

 不意に、背後から声が掛けられた。

 やや高めの声。
 全く気付けなかった。

 刀の柄に手を掛けながら振り返ると、そこには少女が立っていた。
 一瞬その背中に透き通るような蒼い翼が見えた気がした。

「…………誰だ?」

 記憶を探るが、よく見知った顔ではなかった。
 綺麗な金色の髪は短く、毛先が外側に跳ねている。水色の瞳は、こちらの心の内を見透かすかのように深く澄んでいた。

「私は、真実を知りたいの」

 俺の質問には答えず、曖昧な返答がなされる。

 敵か、味方か。

 少女の肩口にはブルーのサイファーが浮かんでいた。
 言葉が続けられる。

「あなたは、どうして今更になって戻ってきたのかしら。あの時の無力を後悔して? それとも罪の償い? いずれにしても、もう遅いかもしれないのに」

 考えるより先に俺の体が動いた。
 否、体が考えて動いた。
 怒りとも悲しみともとれる複雑な感情が四肢の黒に沿って流れ、抜刀。
 刀身から風の刃を音速で放った。
 空間が蜃気楼のごとく揺らぐ。

「……困った体ね」

 が、俺の斬撃は少女の手前で遮られた。
 透き通る氷の壁が出現していた。それが盾となったらしい。

 詠唱はなかった。サイファーも彼女の肩口にオービット状態で浮かんだまま。だが、かすかに術が発動した時の波長が感じられた。

「私はあなたの敵じゃないの。まあ多分、今はね。むしろ今まで協力してあげてたくらい」
「協力? おかしな話だな、もう俺の仲間はいない」
「あら、そうでもないわよ? あなたの知らないところでも歴史は動いてるの。もちろん、ここでも」

 そう言って女は目の前の障壁を解除した。
 風のクラリアによる斬撃にも耐えた壁が、ガラスの如く割れて崩れる。

「私はメア・ディアナ。一応ここではそういう名前で通ってるの。ここから先に進むには、私の力が必要になるわ」
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