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五章 片割れの少女は、誘う

人ならざる兵器

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 刀に残留した力を逃すために一振りしてから鞘に収める。
 メアが言うには半分以上進んできたらしい。順調すぎるほどに順調だった。

「はっ!」

 体内で練り上げた循環エネルギーをイメージとともに右腕に流しこむと、みるみる内にその形が変貌していく。もう既に鉄のゴツゴツした装甲で覆われたような人外の様相を呈していた腕が、ますます悪魔的なフォルムを描く。

 たった今倒したセグメントのコアを回収するためだ。腕をリグ・ドラゴンの残骸に突っ込む。五本の指がそれぞれ牙の様に變化して、まるで齧り付くように、足元の山から、人間の頭よりも大きい岩石のような水晶を引き摺り出した。

「あなた自身に属性は無いの?」

 メアが疑問を投げかけてくる。

 クラリアのことを聞いているのだろうか。

「無いな。正確には分からないと答えるべきなんだろうが」

 回収したカルディアを肩の高さまで持ち上げると同時、手の平がそれを一飲みに呑み込んだ。
 これが俺の食事だ。

 食事と言っても一日三食必要になるわけではない。使用した能力の補充のようなもので、先の様に戦闘で分解・再結合の能力を使ったり、頻繁に破損した体を修復したりさえしなければ通常必要のない行為でもある。

「それでも、今あなたが取り込んだのは土のクラリアを帯びた魔石よ? 理論的には土の能力が使えるはずだけど」
「さあな。俺のこの身体自体が何らかのクラリアを得たことは今までには無い」
「……そう。面白い体ね」

 それは根っからの好奇心だけの言葉だと分かった。メアは諜報が仕事とは言うが、根っからの研究員であるように思えて仕方なかった。

 と、不意に俺の身体が一段沈んだ。

 瞬間、俺の背筋に寒気が走り、過去の情景がフラッシュバックする。

 足元を見ると、駆除した敵の死骸が触手の様に集まって俺の足を絡め取っていた。それは、依然この地に留まる魂が俺を道連れに冥府に誘おうとしているようで――

「――いけない!」

 負の波長に体を支配されて身動きが取れず、意識も次第に闇に落ちていく中でメアの叫ぶ声が聞こえた。
 一足飛びに俺の前まで接近し、両手を肩に掛けてくる。

 パンっと足元で弾ける音がして、俺は目を覚ますように意識を取り戻した。

「大丈夫? 体は――」
「いい、自分で治せる」

 所々に欠損が生じた脚部をすぐに回復させる。

「油断したわ。まさかここまで干渉力があるなんて……」
「結界は?」
「しっかり作用してたわ。それなのに『森』に引き込まれたのよ」

 最深部に存在するウルトラ・コア。

 計画以後、それに携わった一部の人間はこのコアを『森』と呼称する。

 表の世界で知られる『祭壇』とは、その実体を定義するならばまさにこれのことである。

 それは地下全体に影響を及ぼし、自律的に活動するセグメントを全て支配下に置こうと機能する。

 そして俺も、これほどまで奥に侵入すればその影響を免れ得ない。実体はセグメントとなんら変わりはないのだから。

 もしこれでメアがいてくれなかったら。

「対策は……あまり離れないこと、くらいだけど」

 俺の体は、あの下り坂の通路を進み始めたときからずっと、メアからの接続を受けている。

 端的に表現するなら、現在メアが俺の使役者となっているということだ。まるでサイファーを使役するかの如く、メアが俺に接続を行っている。そうして彼女の波長が流されている限りは、『森』は俺を自立した生命体とみなさない。そのはずだったのだが。

「接続が弱まったのか?」
「いいえ。戦闘中も戦闘が終わった今も、接続の安定は一切崩していないわ」

 単に、干渉の度合いが強まってきているのだと理解する。
 比喩的に言えばここから先はいよいよ迫真の演技をして、つまり俺は首輪の付いていない化物(セグメント)なんかではなく、彼女の武器ですよと示して『森』を騙し切らなければならない。

「これからの戦闘はちょっと窮屈になるわね」

 失敗したが最後、俺は先程と同じように四肢を絡め取られ流し込まれる波長によって自我を崩壊させられるか、あるいはそのまま大地に吸い込まれて分解され明確な意思を持たない別個体へと再構築させられるかのどちらかだ。

 どちらにしても、嬉しくはない。

 俺の心境を察してか、隣の少女が小さく笑った。

 先を急ごう。

 リスティナが待つ地までもうすぐだった。
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