稲荷詣で

斐川 帙

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一、海外出張

(五)

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 芳野は、パソコンのディスプレイに映る数百行のコードを目で追っていたが、頭が疲れて来て、身が入らなくなってきたのを感じ取った。気分を変えるために、息抜きした方がいいなと思い、少し、外の空気を吸ってみようと思った。
 作業場所のあるオフィスを出ると、近くのガソリンスタンドにある自販機でジュースを買って、その場で飲み干すと、オフィスに戻ってきた。ほんの数分間の外出だったが、パソコンの前から離れることで、気分転換には十分だった。

 オフィスの窓からは、地平線のはるか遠くに連なる山並みが望めた。芳野は、谷間たにあいに潅木が密生する他は下草で覆われた禿山のような山容を眺めながら、脇に置いたコーヒーに手を伸ばした。コーヒーはぬるくなっていた。
 来てみて初めて知ったのだが、この辺りは砂漠のように空気が乾燥しているらしく、日本のように草木が生い茂り緑豊かな野山というものは、どこにもなかった。

 芳野の目の前には、席を外していたほんの数分の間に置かれた伝言メモがあった。
 ベンチャー企業の技術担当責任者から、送信したメールを見たかどうかの確認の電話が来たことを知らせていた。おそらく、先週、こちらから依頼した機能追加についての返答のメールであろう。
 早速、メーラーの受信ボタンを押した。新規メールが数通ダウンロードされた。その中に、彼のメールもあった。
 内容を読むと、先日依頼された追加機能について、その必要性についての彼の意見であった。彼としては、今回、追加実装を依頼された機能は、既存の機能で代用できるので、わざわざ新規に追加実装する必要はないのではないかという意見であった。しかし、この機能は日本語独特の事情から必要になる機能で、既存の機能を組み合わせて使えばできないことはないのだが、そうすると操作が面倒になり不便なので、簡単な操作で実現できるように新たに機能を追加して対応しようと言うものであった。これは商社の担当者から依頼された機能追加なので、芳野が勝手に機能追加を見送ることはできないし、彼の意見をそのまま、商社の担当者にぶつけても、いい反応は得られそうにないので、面倒ではあるが、当該機能が必要になる理由を、アメリカ人の彼にもわかるように説明するメールを返信することにした。

 今回のメールのように、機能追加を依頼したら、その機能追加の妥当性に意見をつけてくるのは、日本で仕事していたときは、あまり経験のなかったことだが、こちらに来てからは、しばしば遭遇して、最近になってようやく慣れてきたものの、当初は面倒くさくて仕方がなかった。
 外国人にとっては、日本語独特の事情には疎いだろうから、機能追加の依頼が来ても、その必要性について具体的なイメージが湧かないのは理解できるのだが、それにしても、クレームが多いなとは感じていた。
 今回の改修対象のシステムは、もともと彼らが開発したものなので、それに対する機能追加となれば、追加する妥当性や必要性に口をはさんでくるのも当然と言えば当然なのかもしれない。そして、事細かに機能の意味を説明して、日本では必要な機能であることを、きちんと合理的に説明してやれば、彼らは、大概、納得はしてくれるのだが、しかし、説明する手間が結構、面倒で、少々、うんざりしている感は否めなかった。
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