稲荷詣で

斐川 帙

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五、深草別業

(五)

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 ゆっくり走っているせいか、かなりの時間、揺られているように感じた。
 牛車の車輪は木製で、ゴムのような緩衝材はついてないから、路面の凹凸がダイレクトに車内の揺動となって伝わってきた。そのため、車内は、相当、揺れて、何かにつかまっていないと転げ落ちそうな勢いだったので、芳野は、入り口の脇の板をつかんで転がるのを必死に耐えていた。実は、ここには手形と言って、揺れても大丈夫なように手で掴むところが用意されていたのだが、芳野は当然知る由もなく、つかみにくいところをつかんで、手が滑りそうになるのを必死に我慢していた。
 途中、物見から外を見ると、水田が広がり、その向こうに緑深い山並みが続き、道沿いには粗末な小屋のような小家屋が建ち並んでいて、ときどき、延々と続く上土あげつち築地塀ついじべいが現れた。築地塀の途中には立派な四つ足門があって、その向こうに檜皮葺きの大きな屋敷の屋根が見えた。列車の窓から見た風景とは大分趣が異なる、片田舎と言っても、かなり古風な感のある片田舎の風景が展開していた。

 牛車が一旦停止して、ぐるりと向きを変えて、再びゆっくりと進み始めて、すぐに何かを踏み越えたような軽い衝撃があって、少し進んで、停止した。停止すると牛飼いは前の方で何かしているようで、恐らく、牛をくびきから外しているようだった。それから、すこし車体が前に傾いたような感じがして、前に何かが置かれた音がした。そして、前の簾が巻き上げられ「どうぞ。」と、降車を促す男の声がした。前から下りるのだろうか?しかし、乗るときは後ろからだった。それに、前には牛につなぐ二本のながえがあって、降りにくそうな気がした。しかし、声は前から聞こえたし、簾も巻き上げられている。開け放たれた前を見ると、乗るときに使ったしじが置いてある。やはり、こちらから下りるようだ。
 傍らのリュックを手に取ると、巻き上げられた前簾をくぐって、芳野は前から下りた。何か、外気が涼しいように感じた。と言うより、段々、寒く感じてきた。
 背後を顧みると牛車は棟門を入って中門廊ちゅうもんろうの前に停車していた。中門廊の側面は蔀戸しとみどが開け放たれていてすだれが下りており、中門は廊の途中に門が空いている感じで、中門より先の廊は土間になっていた。右には車宿くるまやどりがあり、反対側にはこじんまりした侍所さむらいどころがあった。侍所の前には立蔀たてじとみが置かれ、向こうからは、こちらが見えないようになっていた。
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