稲荷詣で

斐川 帙

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六、猪隈殿

(八)

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 芳野達一行は法性寺路を北上していた。

 九条末を越えて二ノ橋、一ノ橋を過ぎると、左側には鴨川の河原がずっと見えていたが、右側は民家が散在し野原や田畑が混在する平地が広がっていた。針小路末から観音大路へと続く道と交差するところを過ぎた後、やはり左右とも今までと同じ光景が続いたが、右側には小さな堂舎がちらほらと目につき、民家や堂舎の向こうに大きな池の水面が覗くようになった。
 この池の西岸には、後年、建春門院(平滋子)によって最勝光院が建立されることになる。

 法性寺路を北上していた車は八条坊門末に当たって右に曲がり、しばらく進むと築地塀が続く一角に着いた。実は、ここが清浄光院、つまり紀伊二位の御堂であり、その奥には少納言入道の屋敷もあったが、芳野にはわからないことであった。

 ここで車は停車した。前簾の隙間から見ていると、ここまで供奉していた騎馬の郎等のうち立烏帽子の方が一騎で、御堂を囲む築地塀沿いに馬を進め、門の前で下馬して、門前に座っていた警護の武士もののふに話しかけるのが見えた。立ち上がった武士もののふと暫く立ち話をしていたが、やがて離れて馬にまたがると、こちらに戻ってきた。再び、車が動き出したので、簾から離れて奥に座りなおした。

 そう言えば、途中、法住寺に立ち寄ると言われていた。とすると、これが法住寺なのだろうか。しかし、すぐに戻って来たので、大した用事ではなかったのだろう。簡単な言伝ことづてでもしただけなのかもしれない。そのように芳野は考えたが、実際は伝えるべき相手が不在だったので、すぐに戻って来たのだった。

 車は更に北上して六条大橋で鴨川を渡り、洛中に入った。そこからまっすぐ進んで西洞院大路にしのとういんおおじに当たって北上、綾小路あやのこうじに当たって西に行き、猪隈いのくま小路に当たって南下して、猪隈殿西門に到着した。ただ、芳野は洛中の大路・小路の名前など、ほとんど知らないので、どこをどう通って屋敷に着いたのかはわからなかった。それどころか、鴨川を渡った辺りから、がたがた揺れる牛車の乗り心地に疲労して、外を見る気力も失せていた。

 前もって到着は知らせてあったらしく、門前には、萎烏帽子なええぼし直垂ひたたれ姿の何人かが出迎えに出ていた。車は西門を入って、そのまま中門の前まで進み、牛が外されて、しじが車の前に置かれた。前簾が巻き上げられ、芳野は下車した。
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