無責任な大人達

Jane

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可哀想な子 8

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 スクールカウンセラーの先生と話し合いは頻繁にある。月の終わりには保護者と生徒と3人で。水曜日は授業が少しだけ早く終わり、普通科の全ての生徒でボランティア活動をする。毎回ではないが土曜日か日曜日もボランティア活動はあり、色々な場所に行く。老人施設や児童養護施設、商店街の清掃活動、図書館で子どもたちを集めて読み聞かせもしている。
 しばらくすると私は普通科での学校生活に慣れていった。クラスも普通科の先輩との交流も進学科との雰囲気とは違うが、それはそれで居心地の良さがあった。上もない下もない、皆何処か遠慮がちだけど、仲が良いしグループもない。それに威張っている人がいない。早紀ちゃんみたいな人がいない、何処にも。どうしてだろう?
 ボランティア活動も思いのほか楽しい。誰もが私がした些細な事に「ありがとう」と言ってくれる。中でも月に一回行く老人施設のおばあちゃんが何かをするたびに「ありがとう」と言って、握ってくれた手の温もりが母方の祖母を思い出した。私はそのおばあちゃんにまた会える時を何時も楽しみにしている。
 考えてみれば私は今まで誰かの為に何かをした事がなかった。家では家事の手伝いもしていない。今までカーテンすら閉めた事がない。父がやらせなかった。そしてそれを何故か自慢げに友達に話していた。嫌な事をしなくて怒られない、それが愛されている証明だと思っていたから。
 初めての親とのカウンセリングの日。父は来なかった。先生が何度か電話をしてやっと繋がったが、仕事が忙しいからと延期になった。その次に約束した日も父は来なかった。きっと、父はずっと来ない。
 有紗ちゃんの家はお父さんとお母さんが一緒に来る。男の子の1人はお父さんだけ、もう1人の子は親から離れて生活をしているらしくネットを使って親子カウンセリングしているらしい。
 私だけ、父が拒否している。父はずるい。
 何時も教室にいるカウンセラーの和泉先生は40代くらいの女性の先生。母と同じくらいの年齢で、私の話をじっくりと聞いてくれる。晴れた日は屋上の鍵を開けて、ベンチに座って話をする。
「ごめんなさい」さすがに何度もドタキャンを繰り返す父が恥ずかしかった。
「いいのよ」和泉先生はにこやかに笑う。
「でも、うちだけだし」
「そうでもないのよ。今年の1年生がすごいだけ」
 私は横に座る先生の顔を見た。「うちの親だけじゃないんですか?」
「そうね、余り大きな声では言えないけど、ドタキャンする人はいるわ。だから気にしないで」
 慣れている、そんな感じだ。父が呼ばれて話した時もそうだった。この学校の先生は父みたいな保護者に慣れている。負けない、引かない、諦めない、面倒くさがらない。
「先生、私の父はモンペですか?」
 先生はきょとんとした表情を浮かべた後で「うーん」と唸った。「モンスターペアレンツって言葉、私は好きじゃないのよね。理不尽な要求をする親って意味で流行ったみたいだけど。でも学校にそうレッテルを貼れた人も実際言っている事を聞くと正当な要求だったりするしね。お父さんはどうだろう?萌加さんはどう思う?」
「分かりません。今まで父が正しいと思っていました。でも、今は何か恥ずかしいんです」先生の顔は見る事が出来なかった。父をモンスターペアレンツだと思いたくない自分がいる。でも、クラスメイトの保護者と比べると、父がしている事は違うのではないかと思う自分がいる。それにあの顔、真っ赤になって怒鳴り散らす父の顔。あの顔が頭から離れなかった。
 だから苦しくなる。
 先生の手が私の手を優しく握った。その手はとても暖かかった。泣きそうになったけど、涙はこぼれ落ちなかった。まるでお母さんみたいで。

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