無責任な大人達

Jane

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教師の子 11

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 今、大人になりつつある俺にとって、鏡に映る自分は父親の姿が重なり嫌になる。元々母方の家系に容姿は似ているが、髪の毛のはね方やほくろの位置、ちょっとした所が父に似ている。
 鏡に映る自分に父の姿を見ながら、自問している。どうして?何故?
 父の様にはなりたくない。この体の中に流れている父の血を全て洗い流してしまいたい。似ている遺伝子を全て消し去りたい。父の全てが憎くなっていく。募っていくのは、憎しみだけ。
 父があんな事をしなければ、父が教師ではなければ、父が俺の親じゃなければ、俺はいじめに合わなかったのだろうか。あの憎しみの籠もった目で大人から見られる事もなかったのだろうか。
「それは別問題よ。瀬戸くんのお父さんがした事と瀬戸くんがいじめに合った事は関係ある様に思えるかもしれないけど、ないわね」カウンセラーの神澤先生が淡々とした口調で言った。「あなたならどうする?あなたみたいな子がいたら、無視をする?悪口を言ったり、わざとぶつかって笑ったりするの?」
「しないです」それだけは言い切れる。でも、それは自分がされて嫌だったから、今そう思うだけ?いや、そうじゃない。小さい頃から母が言っていた。公園で、家で、遊んでいた子と揉めた時、おもちゃの取り合いになった時、母は人間関係の事に関しては俺には厳しかったから。自分がされて嫌だと思う事を人にはするな、人には優しくしなさい、誰かが困っていたら助けてあげなさい、それはいずれ自分の為でもあるのだから、と母は教えてくれた。
「そうよね。しないのよ。殆どの子はしないの。普通の子はいじめをしないのよ。少なくともいじめの中心的な人物になる様な子は元々が攻撃的な子なのよ」
 攻撃的な子、すごく悲しい響きだった。攻撃的な子は何故、攻撃的なんだろう。公園で居た乱暴な子は一体何を求めているんだろう。彼らは他人を攻撃して何を得ているんだろう。俺をいじめていた子の一人が言っていた『あぁ、楽しい』と。
 他人が苦しんでいる姿が楽しいと思える子は、どんな家庭で育っているのだろう。うちの母の様に人には優しくしなさいと教わってすらいないのだろうか。そして彼らは将来どんな大人になるのだろう。
 神澤先生の言う『普通の子はいじめをしない』が心に突き刺さる。俺がいじめを受けた時、俺は先生に普通の子ではない扱いをされてきた様に思う。先生達の呆れた様な、面倒臭い様な視線や表情が痛かった。加害生徒の方が普通に先生と接していた。俺の方が先生とはぎこちなかった。被害生徒と保護者の方が何度も先生や学校と話し合う事も、俺の方が普通ではないと言われている気がしていた。
 だから、神澤先生の言葉にホッとした。海が丘高校の先生は被害者の子には優しく、普通に接している。でも、加害者の方には厳しい。俺が今まで出会った先生たちは真逆だった、それが不思議で仕方がない。
 どうしていじめを隠蔽する様な学校は加害者の方を守るのか、その理由が分からない。今も、これからも多分ずっと。
「お父さんの事はきっかけに過ぎないわ。人は急には変わらないものよ。彼らにとって、人を攻撃するきっかけは何だって良いのよ。挨拶したのに気が付かなかったから、自分より良い点を取ったから、自分の求める答えと違う事を言ったから、そんな理由すらあったのよ」先生はため息を付いた。「お父さんの事がなければ瀬戸くんはいじめられていなかったかもしれない。でも、彼らは他の誰かをいじめたり、また違う別の問題を起こしていたりしていたと思うわ。でもそれは被害生徒にはただただ理不尽よね」
 そうかもしれない。そうなのかもしれない。でも、父さんの事は許せない。加害生徒の事も許せない、その保護者も許せない。先生も学校も許す事が出来ない。きっと永遠に許せない。
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