DUSK

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バー DUSK

真夜中

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しかし、グラスは男のすぐ横を飛んでいく。

「危ないなぁ」

壁に当たると、ガチャンと音を立てて割れてしまった。

「君は傷害罪になりたいのか?」

「黙れ!人殺し!」

「そこまで言うなら聞くが、俺は誰を殺したっていうんだ?」

平然とバーボンを楽しむ男に、俺は何も言い返せない。

沈黙が重くのしかかる。


「そういえば、山根さんの最後の事件は何だった?」

「中林事件」

言いながら、俺はへろへろと椅子に座る。

思考回路がショートしたように、頭が真っ白になっていた。

「やっぱり!当たったね」

嬉しそうに言う男に、俺はどうしていいか変わらず、頷いた。

「もう一杯飲めよ。グラスを持ってくるからさぁ」

男は立ち上がるとキッチンに消えてゆく。


逃げるなら今だ。


僅かな気力を振り絞り、俺はそっと玄関へと向かう。

チラリとキッチンを見ると、男はまだグラスを探している。

急ぐ気持ちを抑えて、暗闇のなか、壁に手を当て音がしないように廊下を進む。

もう少し、もう少しで玄関だ。

そう思った時。

「ツマミでも買いに行くのか?」

後ろから声がして、俺の身体がビクンと反応する。

同時に壁に当てていた左手に、何かの感触があった。

「暗いし、電気をつけさせてもらうよ」

男の声が離れた瞬間、俺は左手に触れた物を掴み、思いっきり男に向けて振り下ろした。

ーーガコン

鈍い音と共に、男の身体が崩れ落ちる。

俺はがむしゃらに、それを男へと振り下ろし続けた。













「正当防衛にしては、やり過ぎだな」

留置所に訪ねてきた編集長は、ため息をついた。

「被害者は、小谷朗。前科もないただのサラリーマンだったよ。お前の家に来た以外はね。しかし、モップで滅多打ちとは、何があったんだ?」

「アイツは人殺しです」

「そう言われても、犯罪歴もないし、何かの事件の容疑者にもなってないんだよなぁ」

ポリポリと頭をかきながら編集長は困った顔をする。

「編集長、信じてください!」

縋るように言ってみたものの、編集長の表情は険しい。

「お前の家に小谷さんが来たのも、不法侵入かどうか怪しいと刑事は言ってるんだが」

「あいつは勝手に鍵を作ってたんですよ!」

「だが、あの鍵は4年前に、お前が作ったものらしいじゃないか」

刑事が言っていた。

あの合鍵は、男が作ったものではなく、昔の彼女のために俺が作った鍵だったと。

別れた時に、確かに俺は鍵を回収し、自宅に置いていた。

「でも小谷に渡したりしてません!」

「しかしなぁ。バーのマスターが、お前が男に鍵を渡してたと言ってたし」

「それは、記憶違いです。俺が渡したのはキーホルダーで!」

「とにかく、弁護士は頼んだから、後は落ち着いて話をするんだ」

そう言い残すと編集長は帰って行った。



俺には今、殺人罪の容疑がかかっている。


どうしてこうなったのか。


あの男、小谷の目的も分からないまま。


俺は閉ざされた扉をじっと見つめた。

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