契神の神子

ふひと

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第1章:蒼天の神子

第16話:公卿会議

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宮中、近衛の陣。

 朝廷の大事を司る最高意思決定機関、太政官の幹部が一堂に会する会議、陣定じんのさだめ。左大臣以下、十数人の公卿くぎょうと呼ばれる最上位の貴族たちが神妙な面持ちで構えている。ただ一人、彼を除いて。

「ふふ、師輔もろすけ卿、遅刻ですよ?」

 定刻を過ぎて暫くした後、「彩天」藤原師輔は現れた。

 豪奢な衣、飴色の髪、紫の瞳。そして、すらりとした長身に整った顔立ち。不機嫌そうで、それでいて底知れぬ自信に満ちた表情を浮かべる彼は、絵巻物の中の美丈夫そのものと言って差し支えない。

 その「彩天」に対し、師忠はいつも通りの微笑を浮かべてどこか楽し気に話しかけるが、「彩天」は露骨に機嫌を悪くした。

「ほざけ。誰のせいで我の貴重な時間を失ったと思っている」

「はて…?何のことやら」

 とぼける師忠に師輔は苛立ちを募らせる。が、これ以上の追及は時間の無駄だと判断した。

「チッ…まあ良い。貴様にはいくつか聞くべきことがあるが、それはまたの機会だ。叔父上、さっさと始めましょうぞ」

 一番上座に座る老人を一瞥してぶっきらぼうに言い放つ。

 相変わらず傲慢な態度であるが、わざわざ誰も咎めない。いや、咎められる者などそうはいないのだ。摂政の子息で神子となれば、彼の上位に立てる人物など限られてくる。つまり、彼を咎められるのは――

「権中納言、皆を待たせておきながらそのような不遜な態度は如何なものかな」

 三十半ばと見える目つきの鋭い気難しそうな男が、非難の言葉を師輔に向ける。師輔はふん、と鼻を鳴らして不服を示すが、特に言い返すことはしない。

「まったく」

 摂政の子息にして師輔の長兄、大納言藤原朝臣実頼さねよりはそんな師輔の態度にため息をつきつつ、上座に座る老人――左大臣藤原朝臣仲平なかひらに目配せした。仲平は一度全体を見渡した後、軽く咳払いする。

「オホン。さて、これより陣定を始める。今回皆に集まって頂いたのは他でもない。ここ最近不穏な動きを見せる南都の陽成院、そしてそれに呼応するようにきな臭くなってきた東国情勢に関する件だ」

 彩天の登場により一度は乱れた空気が、再び張り詰めた。

 ************************************

良相よしみ卿、東国情勢といいますと、やはり懸念は常陸ひたち下総しもうさでの内紛騒ぎでしょうか?」

 一番下座に座るなよっとした青年は、恐る恐る前方の壮年に問いかける。良相とよばれた男は、ふむ、と頷いたのち、首を振った。

「いやいや、高明たかあきら卿。それだけでは無かろう。常陸や下総の内乱は今は下火と聞く。なれば、気がかりなのは…そう、昨今怪しげな動きを見せる伊豆の三嶋社だ」

 三嶋社、その単語に公卿たちはざわつく。

「三嶋社というと、東国における軍事、航海の中継地点。謀反となると、我らは東国に手出しがそうは出来なくなりますが…」

「しかし良相卿、何故に三嶋社が?」

「さあ?神官どもの考えることなど私には分からぬ」

 良相はそういうと、ふと師忠の方を見た。

「師忠卿、これは神祇伯じんぎはくたる其方の管轄ではないか?」

 唐突に話を振られた師忠は小首をかしげ、表情そのままにに良相の方に身体を向けて手を広げる。

「確かにそうですが、三嶋社なんて中立も中立。私の言う事なんてそうは聞きません。それに、あの辺りを取りまとめる武蔵国府の先任の守、介は都での騒乱を恐れて帰りたがらないようですし、連絡がつかないのですよ」

「連絡が付かない?はあ。それは国家の枢要を担う廷臣の言葉としては余りに頼りのうございますなぁ」

 良相はニヤリと笑みを浮かべつつ、嫌味ったらしく師忠を責める。いつも通りの狸おやじといったふうの態度だ。

 この、大納言橘朝臣良相という男は常に飄々としていて掴みどころがない。それは、藤原氏全盛の中、落ち目の橘氏の生まれながら大納言という高官まで上り詰めるに至った彼の特異さを端的に表すものだ。

 しかし、「特異さ」という点では師忠も同次元。

「これは手厳しい。返す言葉もございません」

 師忠は特に気にする様子はない。上っ面だけの言葉を並べた彼は、そのまま視線を陣の外の方に向ける。

「ですが良相卿、検非違使けびいし別当たる貴方も、陽成院の手先が皇都を跋扈するのを見逃していて宜しいのでしょうか。せめて京周辺の治安ぐらいは守って下さいよ?新武蔵守、介が討たれたのは粟田口ですし、昨日自邸も襲撃を受けました。まったく」

「なっ!!」

 何気なくさらりと放たれた師忠の一言に、師輔を除く公卿たちが驚きの声を上げる。一気に話題が転換され、公卿たちの関心はその事件へと向いた。

「襲撃だと!?なぜそれを今まで黙っていた!」

「なぜと言われましても、期を伺っていたとしか…」

 師忠は公卿たちの反応に困惑気味にため息をつく。だが、彼らの動揺と衝撃は収まるところを知らない。

「本当に陽成院の手のものなのか?!」

「なぜ師忠卿を…規模は?!いつ頃の話だ!?」

 中年の男二人が、冷や汗を流しつつ食い気味に尋ねる。

「昨日の夜ですよ。襲撃は一人。ですが手練れです」

 師忠の返答に公卿たちはざわつき、あれこれと言い合い始める。

 そんな中、一人の公卿が目を細め、頷いた。そう、彩天――藤原師輔だ。

「なるほど、『影』か」

「へーぇ?よくお分かりで」

 再び師忠はいつもの微笑を浮かべ、品定めをするような目つきで師輔を見る。師輔は師忠の意図を解したのか、不愉快そうな表情をより一層強めて横目で彼を睨んだ後、天を仰いだ。

「下らぬ占いをする…検非違使があまりに鈍い故、近衛府の方で調べさせて貰ったまでだ。随分好き勝手やられているようだな、良相よ」

 師輔は、官位だけなら師輔の上席に立つ良相を呼び捨てにして睨みつける。良相は不服といった面持ちだ。しかしすぐにヘラヘラとした表情を取り戻す。

「いやはや、師忠卿をからかうつもりが逆に私が責められることになるとは。ですが、公卿の邸宅の襲撃となると、これは右近衛中将である彩天サマの責任にも関わるのでは?私だけ責められるのは心外ですなぁ」

「戯言を。治安維持はもとより、公卿の警護も本来検非違使の職掌であろう。近衛府は貴様らの尻拭いをしているに過ぎぬ」

 師輔と良相がピリ付き始めたところで、一番下座に座るなよっとした青年、参議源高明みなもとのたかあきら朝臣は、あの…、と声を挟んだ。睨み合っていた二人は高明の方をじっと見る。

「えっと…責任の所在の如何は程々にして、取りあえずその『影』とやらへの対処について議論いたしませんか?東国情勢も捨て置きなりませんが、今一番の懸念はそれだという事には何方も異論はないようですし…」

 左大臣仲平は静かに頷く。声を上げていた公卿たちもそれを見て静まり、再び席に着いた。

「構わぬ。好きに致せ」

 *************************************

「こんなところか」

 師忠、良相、師輔たちを中心に情報の共有を行ったのち、公卿たちは黙り込む。

 分かった状況は以下の通りだ。

 ・陽成院派は平安京内に拠点もしくは何らかの中継地点を持っている可能性が高い。
 ・彼らが起こした事件は大多数が中等官の暗殺に留まる。大規模な破壊活動はなし。高官の襲撃も師忠の件のみ。殺害対象は東国の国司が中心。
 ・平安京に潜伏する陽成院派は多くて五人。

「これらの目的はなんと心得る?」

 しばらくしたのち、左大臣仲平が一同に尋ねる。すると、大納言実頼が顔を上げた。

「素直に考えると、我らの情報収集でしょうが、それにしては暗殺が多い。おそらく、別の意図があるのでしょう。となると、東国の国司が主な被害者となっていることを鑑みるに先ほどの三島社が気になりますね」

 それに対し、どこか頼りなさげな青年、源高明は異議を唱えた。

「しかし実頼卿、それでは師忠卿の襲撃が本当に解釈不能ですよ?神祇伯を殺めたところで神祇省の機能は止まらない。朝廷の神社統制に揺らぎは生じない。しかし、そんなことは奴らも分かっているはず…なら、奴らの行動には一貫性がない。つまり、いくつかは攪乱目的か、それとも同時並行で何個かの計画を進めている、ということになりましょう。して、師忠卿。なにか、襲撃に心当たりはあったりしませんか?」

 高明は師忠のほうを自信なさげに見つめる。すると、彼は待ってましたとばかりにニヤリと笑みを浮かべた。

「心当たり…ええ、ありますとも」

 そう、師忠は知っている。「影」が自邸を襲撃した理由を。

「丁度いい。是非とも、皆さんに『お会いしてもらいたい人物』を昨晩お迎えいたしましたので、この場を借りてご紹介いたしましょう」

 彼は待っていた。「彼」をこの場にいる面々にお披露目するタイミングをずっと見計らっていたのだ。

「『お会いしてもらいたい人物』ですか?」

 公卿たちは怪訝な顔をする。すると、師忠はパチリと指を鳴らした。

「ええ、そうです。どうぞお入りください、『再臨の神子』様」




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