契神の神子

ふひと

文字の大きさ
19 / 27
第1章:蒼天の神子

第18話:困惑と妄信

しおりを挟む
 ――少し、困りましたね。

 狩衣の青年、「影」こと源満仲は腕を組んだまま空を仰ぐ。普段は命令を言われたとおりに完璧かつ冷徹に遂行する彼が、命令自体に疑問を持つなんてことはそうはない。ただ、己の実力と立ちはだかる障害の足し引きで理論値をたたき出す――それが彼のポリシー。今回も、それは同じであった。

 同じではあった――が、少し状況が違っている。

 ――今回の任務、どう考えても困難が過ぎるのではないでしょうか…

 繰り返しになるが、実頼の暗殺は無理難題だ。現役公卿である彼の警護は相当厳重であり、その上最近は御所にこもりっぱなしで政務にあたっている。こんな状況では隠密行動での暗殺は不可能に近い。結局、正面からの戦闘になる。

 そして彼との対決は、彼の弟である彩天の神子ふじわらのもろすけのみならず、父親である関白太政大臣ふじわらのただひら、そして彼を信任する神裔の神子すざくていとの直接対決と地続きだ。彼らは、神子でも何でもないただの凄腕契神術師であるだけの満仲が相対できるような相手ではない。仮に実頼の殺害がなったとしても、満仲の死はほぼ確約されているようなもの。いくら戦闘狂の満仲といえども、敗北が明らかな勝負などまっぴらごめんだ。

「まだこんなところで死んでるわけにはいかないのですけどねぇ…」

 満仲が力なく息を吐いた、丁度その時だった。

「東宮大夫殿」

 彼の官名を呼ぶ声がする。姿は見えない。が、満仲が動揺する気配もない。当然だ。その声の主は満仲の従者である。

 満仲は、落ち着いた様子でそのまま振り返った。

ひのえさんですか。どうしましたか?」

 しかし、そんな満仲とは対照的に、丙の心中は穏やかではなさそうだ。息遣いは荒く、その声は震えている。その様子に、満仲は眉をひそめて怪訝な表情を見せた。

「――…さきほど、きのえより知らせがあり…、平城京から派遣された四千の兵が、山城国府を陥とし平安京に向かっているとのこと」

「――…は?」

 いつも飄々としていて表情を崩さない満仲の顔を、動揺の色が染めていく。渾身の一撃を師忠に封殺された時ですら見せなかった冷汗が、彼の頬を伝った。

「…東宮大夫…?」

 滅多に見せない彼のそうした表情に、丙は、ただならぬ事態を察する。

 満仲にとって、今回の派兵は完全に寝耳に水だった。まさか、陽成院の側近であるはずの彼に何の事前の知らせもなく軍事行動を起こすとは思ってもみなかったのである。

 そして、その狙いも理解しがたい。敵方には、常備兵五千、文字通り一騎当千の戦力を誇る神子が四人、そして彼らに準ずるもの数名、さらに陽成院派を阻む六重の結界。生半可な戦力では平安京の制圧はおろか、入京すらかなわない。四千人程度の兵で、皇都平安京が陥とせるはずがないのだ。

 さらに、満仲が理解しがたいのはそのタイミングである。今は、満仲の破壊工作が結実を迎えんとしているばかりか、その集大成ともいえる実頼暗殺をまさに実行しようという時だ。そんな時に派兵されてしまっては、満仲のしばらくの努力が水の泡となってしまう。

 それに、上皇は今回の満仲への命令の際に、蒼天の初陣を同時に行うといった旨のことを彼に述べていたが、「蒼天」の初陣が負け戦となるのもいかがなものか。

 確かに蒼天は強い。単独で「神裔の神子」に迫る実力を発揮できる人間など彼をおいてほかにはそういないだろう。しかし、それでも流石に厳しすぎる。

 彼が主と崇める上皇は、平安京を陥とす準備はすでに整っていると言った。なら、なおさらこの派兵に何の意味があるのか。まさかこの派兵で平安京を攻略するつもりではあるまい。「灼天の神子」が参加しているなら少し話は変わってくるだろうが、それも十年前に無理だと分かったはず。

 ――…陛下のお考えになることが、私にはよく分かりません…

 上皇はいつもそうだ。特に説明もなく、突拍子もない行動をとる。彼が廃位された原因もそれにあるようだが、本人は特に気にする様子はない。ただいつも、これでよい、とだけ家人に告げる。

 正直、ついていけないとこぼす廷臣も多い。それもそうだろう。そうした上皇の策が吉と出たと分かることは少ない。ただただ、負けとも勝ちとも判然としない結果だけが残る。意図の分からぬ命令に従い続けるのは苦痛だ。そのうえ、結果まで出ないとくれば人心が離れていってもおかしくはない。

 しかし、それでも曲りなりに政権が35年も続いているのは彼のカリスマ性ゆえだ。彼の言うことに従っていれば、いつか必ず良い方向へ導いてくれる、そう思わせる何かが彼にはある。

 だから、満仲は考えることを止めた。いかに困難で理不尽でも、彼に上皇は道を示した。なら、それに従うまで。

 ――いつも通り。そう、いつも通りにやればいいだけの話だ。

 満仲はふう、と息を吐く。そして、後ろを振り向き、にこりと笑った。

「ふふ、取り乱してすみません。ええ、事態は把握しました。なら、急がなくてはいけませんね」

*************************************

「――叩き潰せ」

「彩天」、藤原師輔は短くそう言い放った。即座に数人の公卿が賛同し、近衛の陣はにわかに騒がしくなる。そして陣定は急遽軍議へと様相を変え、武官が続々と招集されてきた。一気に空気が物々しくなる。

 そんな様子を、「再臨」こと高階海人(仮)は頭が高速で空転するのを感じながら眺めていた。そんな彼の横に、例の優男風の公卿が音もなく立つ。

「神子様、先ほどは突然お呼びして申し訳ありませんでした。せめて犬麻呂、仁王丸には伝えておこうと思ったのですが、やむを得ない事情がありそれも叶わず」

「えっ?あ、ああ…まぁ事情があったなら…しかし事情って…」

 どう考えても空気の読めてないタイミングで謝罪を口にした師忠に若干困惑しつつも、海人はその謝罪を受け入れた。しかし、事情とはなんなのか――師忠はそんな疑問に対し、いつも通りの笑みを浮かべて

「少し、準備が要りまして…ね」

「準備って、何の…」

 師忠は、指を唇に当てて、少し考えるようなそぶりをした後、ふっ、息を吐いた。

「それは――ちょっとした悪巧みですかね」

 突如動き始めた事態。殺気立つ公卿たちの中で、師忠だけが平然と、いつも通りのにこやかな笑みを浮かべていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...