皇白花には蛆が憑いている

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第1章 幕ノ内弁当に蛆虫を添えて

第1話:幕ノ内弁当に蛆虫を添えて・1

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 蛆、パスタ、レタス、蛆、蛆、白米、蛆、ハンバーグ、蛆、蛆、牛乳、蛆。

 食卓の上のコンビニ弁当は酷い有様だった。消費期限は三ヶ月以上も前、ずっと部屋の隅で常温保存していた弁当だ。
 プラスチックの容器の上、食べ物の上に蛆の群れが乗っているようにも見えるし、蛆の群れの中に食べ物が埋まっているようにも見える。どちらが地でどちらが図なのかわからない。
 容器に充満した蛆はダイニングテーブルの上にまで這い出してきていた。

「うわー……」

 まずはレタスにフォークを突き刺した。
 持ち上げると、大量の小さな蛆がカビのようにへばりついてくる。軽く振っても脱落するのは一匹二匹、全てを振り払うのは無理がある。
 そのまま思い切って口に入れた瞬間、蛆が舌の上を元気よく転がって跳ね回る。茶色く変色したキャベツは紙のようにパサパサで苦みしか感じない。
 顎を開け閉めすると、ぷちぷちという感覚。蛆の半分を咀嚼で噛み殺し、もう半分はそのまま飲み込んだ。

「うん……」

 ハンバーグはもっと酷かった。
 一見すると形を保っているように見えるが、フォークで軽く突つくだけでどろりと崩れる。仕方ないのでスプーンで掬う。
 煮込みハンバーグでもないのにソースと肉の見分けが付かない。黒い液体の中に蠢く白い粒が無数に浮かんでいる。
 口に含むと、酸っぱい臭いが鼻一杯に広がった。ゼラチンのような塊が歯にへばりつき、酢とオイルの混合液のような粘液が喉にまとわりつく。
 嚥下するのも一苦労だ。

「おえー……」

 腐った肉汁を牛乳で一気に押し込む。
 牛乳も腐っているので吐いたチーズのような悪臭が口一杯に広がる。口内状況は更に最悪になるが、物理的には喉をリフレッシュできる。
 牛乳の中にも蛆が大量に浮かんでいるものの、同じ乳白色だし液体が濁っているので視覚的にはあまり気にならない。腐って蛆が湧く前提で考えるならば、牛乳は飲料として悪くない選択だ。

「うーん……?」

 白米に至ってはどれが米粒でどれが蛆なのかよくわからない。
 動いているのが蛆、動いていないのが米という気もするが、蛆の死骸が含まれているとすると判断は難しい。考えようによってはどちらを食べているのかよくわからないので却って気が楽かもしれない。
 判別を諦めてまとめて口に放り込む。舌を使って食感を参照すれば、区別は難しくなかった。一番柔らかいものがまだ生きている蛆、少し硬いのが蛆の死骸、煎餅のように硬化しているのが白米の成れの果て。

「おう……」

 パスタはガチガチに固まり、その網目の中に蛆が住み着いている。フォークで巻き取ることはもはやできず、突き刺して口に運ぶ。
 食感だけならば蛆はたらこソースのプチプチ感にちょっと似ているものの、肝心のパスタ麺が茹でる前の生麺のようだ。
 隣にあるお新香と蛆の和え物で口直しを試みる。
 意外にも、この弁当の中で一番まともなのはこの付け合わせだ。元々保存食であるお新香はまだまだ味と触感を保っており、蛆の不快さを帳消しにしてくれる。

「ごちそうさまでした」

 全て食べ終えるのにかかる時間は十分ほどだ。昔は一時間くらいかかっていたが、流石にもう慣れた。いちいち躊躇わずに無心で食べ続ければこんなものだ。
 食べ終えた弁当をビニール袋に入れて部屋の西側の隅にブン投げる。袋はゴミの山の上に着地した。部屋中ビニール袋だらけだが、西側の半分はゴミ、東側の半分は食糧だ。きちんと区分けしている。

 別に虫食の趣味があるわけではない。どちらかと言えば気持ち悪いし、可能ならば賞味期限内の蛆が湧いていない弁当を食べたい。
 とはいえ、その願望の優先順位はそれほど高くもない。具体的に言うと、節約よりは優先度が低い。安い弁当でもコンビニで買えば食費がかかるし、冷蔵庫で保存すれば光熱費がかかる。
 だから廃棄弁当を常温保存する。廃棄弁当は毎日安定供給されるわけではないので、取れるときに取れるだけ取って積み上げておく。埋もれた廃棄弁当を掘り出すと今日のように最悪な状態になっていることがある。

 食卓から立ち上がって伸びをする。ちゃんと腹部に重さを感じる。
 内容物はともあれ、腹は膨れたというのが重要だ。経験則として、腹に何か有機物が入っていればとりあえず健康状態が保たれることがわかっている。蛆も腐敗物も有機物である。栄養士にはブッ飛ばされそうだが、そういう身体なのだ。
 とはいえ、そのメカニズムは全く不明だし、変な病気にかかっていないかどうかが気がかりだ。いつも通り、壁際にある姿見の前に立って体重計の上に乗った。
  
 目の前の姿見に、長い白髪が肩まで伸びた若い女性が映る。
 大学を出た頃とあまり変わっていない。栄養状況はかなり悪いと思うのだが、依然として体重は五十五キロだ。女性にしては高めの百六十九センチという身長を鑑みれば、太ってはいないし痩せすぎてもいない。
 部屋着代わりのワンピースを捲って身体中を確認する。
 変なポツポツとか班が出来ていないかくまなく見るが、色白の肌には傷一つなかった。特に髪の毛は無駄に艶やかで毛の先まで潤っている。白い肌に白い髪、白いワンピース。枝毛とは無縁のキューティクルが裸電球の光を反射するが、まるで蛆虫の体表面を見ているようであまり愉快ではない。
 相変わらず嫌になるほどの健康体だ。自傷的な暮らしで健康面への問題がないのであれば、生活水準が落ちる一方でも仕方ない。
 このまま行くと来月にはドブ水を啜って埃を食べているかもしれない。それは人間としてどうだろうという気持ちも無いではなく、ここらで少し良いものを食べてバランスを取っておきたい気もする。

「あ、そうだ」

 積まれたコンビニ袋の山の一番上を掴み、新商品のベイクドチーズケーキを取り出した。
 昨日運良く行きつけのコンビニ裏で拾った廃棄デザート、なんと賞味期限が切れてからまだ一日しか経っていない。今日の廃棄弁当はちょっと不味すぎたし、口直しにはちょうどいい。
 透明なカップを開けると、先ほどの弁当とは一転して実にまともな食べ物らしい甘い匂いが漂う。
 しかし、その中心部は白く蠢いている。既に蛆が混じっているのだ。
 チーズケーキを蛆ごとスプーンで掬って口に入れる。蛆の触感が邪魔だが、チーズケーキはちゃんと甘くて美味しい。基本的に蛆には味がないので、本体の食事の味がきちんとしていれば蛆の存在感はかなり減る。このくらいならトッピングか何かと思って美味しく頂ける範囲だ。

 二口目を食べようとしたとき、玄関のインターホンが鳴った。返答するよりも早く鍵が開いて、扉が勢いよく蹴り開けられた。
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