ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第1章 完全自殺マニュアル

第1話:完全自殺マニュアル・1

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 飛び降り、首吊り、感電、服毒、焼身、窒息、爆死、入水、轢死、切断!
 何でも構わない。今ここで私が最速で死ぬ方法はどれだ?

「まず飛び降りはどうだろう」

 飛び降りは最も優れた自殺手段の一つだ。
 特別な準備が要らず僅か数秒で確実に死ねる。五十メートル以上の高低差が必要なことが唯一の条件だが、今はそれもクリアしている。
 ここは広大な岩場と砂地のフィールド。長い年月をかけて川が大地を侵食し、グランドキャニオンのように地層が露出した深い山と谷が形成されている。建物は無くても地面そのものに大きな凹凸がある。完全致死高度に達する崖も探せばいくらでもあるはずだ。

「しかし視界が悪すぎる」

 十分ほど前から砂嵐がいよいよ激しくなり始めた。
 轟音の爆風が砂塵を捲き上げる。吹き付ける砂がゴーグルやトレンチコートに当たる。衝突音のホワイトノイズがバチバチとうるさい。身体中が霰に打たれているようだ。
 可視範囲はせいぜい一メートル、これでは運良く崖に辿り着いても高度を目測できない。崖の高さを見誤ったときに一番怖いのは飛び降りても死ねないことだ。足を折るだけで終わるのが最悪で、自分にとどめを刺すための移動手段が封じられてしまう。目的は自殺であって自傷ではない。

「じゃあ首吊りは?」

 首吊りも悪くない。
 ロープ一本かけて体重を支えられる突起さえあれば遂行できる。難点は死亡までの時間がやや長いことくらいだが、タイムリミットまではまだまだ時間がある。
 トレンチコートの右ポケットをまさぐると太いロープが一本入っている。程よく編みこまれて確実に体重を支える強度もある一品、戦闘時に携行する基本装備の一つだ。
 ほとんど重量なく持ち運べてどんなフィールドでも役に立つ。敵を縛ったり、崖から降りたり、荷物をまとめたり。相手の打撃を捌く立派な武器にもなる。実際、これで自殺したことも十回や二十回ではない。

「しかし木の一本も生えていない」

 ただ今回は例外的にフィールドの状況が悪い。
 ここは草木一本生えない岩と砂だらけの不毛の大地である。ロープをかける場所が無い。硬い岩壁にパイルを打ち込めば?
 いや、手持ちのパイルは開幕で全て使ってしまった。敵の背後から急襲をかけるため、崖を駆け上がる即席の足場にしたのだ。首を二つ狩り取ってそのまま置きっぱなし、取りに戻るには遠すぎる。

「他に何か使えそうなものは……」

 左ポケットからハンドガンを取り出す。
 なるほど、武器を自分で自分に使うのも立派な自殺手段だ。人類の歴史が殺傷のためだけに磨いてきたアイテム、死の精度は疑うべくもない。
 銃口を咥えて喉奥の少し上に照準を定める。映画や漫画ではよくこめかみに拳銃を当てるが、あんなやり方は自殺の素人だ。確実に脳を破壊するには頭蓋骨に弾かれないように口の方から撃ち抜くのがベスト。
 引き金を引く。

「バン!」

 言ってみただけだ。残弾数がゼロであることくらい把握している。
 たしか元から装填されていた分とドロップを含めて三十五発所持していたはずだが、中盤で二組に囲まれたときに脱出のために撃ち尽くした。日本トップクラスの猛者たちを相手にしては温存する余裕もない。

「おい、一発くらい余ってないか? お前は銃使いだろ」

 足元に転がる少女の死体を足で転がした。羽織っている薄いピンク色のコートのポケットを漁る。
 この少女はさっき殺した最後の敵だ。二丁拳銃を武器にしたガンカタスタイルは悪くはなかったが、単なる初見殺しの感は否めない。拳銃使いと思うと対応が難しいだけで拳法使いと思えば大したことはなかった。動き出しを身体ごと割り込んで止めれば近接格闘術が通る。
 更に言えば優位な高地から仕掛けるという戦略も単純すぎる。奇策を使うならそれ相応の襲い方をちゃんと考えた方がいい。例えば銃撃範囲の広さを活かすために煙幕で乱戦に持ち込むとか、後で話す機会があったら教えてやろう。
 身体を満遍なく弄るが弾薬は無い。爆薬やナイフの類も無い。遠目ではグレネードを余らせているように見えたが、起爆機能のないダミードロップだったらしい。
 そろそろタイムリミットが迫ってきた。他の死体を探す時間はもうない。

「さてどうするか」

 この自殺に求められているのは常に効率だ。
 もはや滞在する意味のなくなったクリア済みの世界は一秒でも早く正しい手続きで立ち去らなければならない。すなわち自分で自分にケリを付けること、それが人生に対する礼儀と倫理である。
 とはいえ、自力で時間内に死ぬのはもう無理そうだ。やむを得ず、口元のインカムで相棒に話しかける。

「この辺に今すぐ飛び降りて死ねそうな地形は無いか? 崖とか、亀裂とか、高台とか!」
「え~、死ぬの? また死ぬの? それってやっぱりキャラ作り?」
「死ぬよ、死ぬ死ぬ今すぐ死ぬ! そのこと以外は後で聞く! もう時間無いだろ、タイムリミットまであと何秒だ?」
「あは、私に聞くのは本当に切羽詰まってるんだね~。あと三十秒だけど」

 塔の上で休んでいる相棒が呆れた声を出す。
 この砂嵐では塔からの視界もほとんど無いはずだが、彼女ならば快晴時に見た三次元の地形を完璧に記憶しているはずだ。何せ、さっきまでは彼女が出す指示に従って砂嵐の中で敵を殺し回っていたのだから。今は殺す相手が他人から自分に変わるだけ。

「最速で自殺現場までナビゲートしてくれ。私は最後に敵を倒した地点から動いていないから」
「しょうがないな~。そこのすぐ近くにクレバスみたいのあるよ~。たぶん地震か何かでできたみたいな形の」
「死ねるなら何でもいいよ。どっちだ? 塔に向かって前か? 後ろか?」
「塔に向かって四時二十三分、そこそこ広いから二十分から二十五分くらいまではセーフかな~。距離は三百、高さは七十くらい」
「了解!」

 即座に右足を蹴り出した。改造ローラーブレードが唸りを上げる。
 地面から石と砂を捲き上げ、強風よりも早く地面を滑り、自殺予定地に向かって爆走する。
 いよいよ砂嵐が散弾銃のように身体中に叩き付けるが、今更そんな抵抗は全く気にならない。どうせあと数十秒の命と思うと身体が軽い。死ぬ気でやれば何でもできると言うが、確かに死ぬ気になれば死ねるものだ。

「お、来た」

 予想通りのタイミングで足元から大地の感触が消えた。親しみのある浮遊感が身体を包む。

 砂嵐の中、落下しながら見る風景は走りながら見るものと大して変わらない。モザイク模様がゴーグルに貼り付いている。
 しかし自由落下中の経過時間だけはいつも全く分からない。体内時計には自信がある方だが、何にも触れていない自由落下状態が世界からの孤立だとすれば、それは時間からも孤立しているのか。
 この穴に終わりはあるのか、少し不安になってきたあたりで不意に地面に叩き付けられた。指標なき無時間から全てが不動の無時間へ。その相転移を引き起こす何者かこそが、いわゆる死なのかもしれない。

「……」

 しかし即死ではない。いつだって体力はドットで残る。壊れた身体で藻掻くロスタイムが数秒ある。
 今回は左半身から着地したから右手がまだギリギリ動く。ひょっとしたら本当はもう身体は既に死んでいて、これは残留思念のようなものなのかもしれない。いずれにせよ断末魔を叫ぶ身体でやることは決まっている。
 すぐ目の前、砂で覆われた岩石の大地の上に視線を移す。

「あった!」

 虹色に輝く金属質のボタン!
 およそ十センチ四方の立方体の土台、その上に三センチほど出っ張った丸いボタン。そして全体が虹色に光り輝き、水たまりに浮く油膜のように七色のオーラがぬらぬらと蠢く。
 このボタンは砂嵐にはかき消されない。砂が付着することさえない。描写の順序が狂っているのだ。他の全てに優先されて最前に表示され、何によっても遮られることは有り得ない。
 右手を虹色のボタンに伸ばす。指先が吸い込まれるように吸着された。どんなに身体が崩壊していようが、このボタンを押すことだけはいつでも簡単にできる。

「よし」

 ボタンを押した瞬間、時間が止まった。
 砂嵐はただちに止む。砂が空中で静止する。空気の流れも差し込む光も、一切の音も動きも止まって消える。
 そして一気に燃え上がる太陽、赤く染まる大地。一度全てが赤く輝くと、あとは日が沈むように暗くなっていく。自分の意識が薄れて視界が暗くなるのか、それとも世界そのものが薄れて暗くなるのか。あるいはその両方か。
 あと残る感覚はインカムから聞こえる相棒の声くらいだ。

「綺麗だね~、世界の終わりってやつはさ」
「確かに君の半分くらいは綺麗かもしれないな」
「あは、その口説き文句は初めて聞いたかも~」

 この虹色のボタンは世界を強制終了するエスケープキーだ。
 ゲームが決着した世界に留まる意味はない。自ら絶命して世界も滅ぼすことで、クリア済みの世界を精算して立ち去ること。
 それが信条、プロゲーマー空水ソラミズ彼方カナタの信条。
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