不・死亡遊戯の成れの果て

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4th Stage / マーダーミステリー

第46話:4th Stage / マーダーミステリー・4

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「つまらない空」

 ヴァンヒールが扉を開けた先は冬の山中だった。
 粒の小さな雪が空から舞い落ちてくる。足跡のない雪上に踏み出すたび、サクサクと単調な音が繰り返される。
 定命者なら既に凍えている気温だが、ヴァンヒールにとってはその辺を散歩するのと変わらない。
 不死者に生命の危機を伝えるアラートは要らない。畢竟、身体的な快不快とは死への漸近を警告するためのものでしかなく、故に歴の長い不死者にとっては慣れの問題でしかなかった。
 とにかく生気のない山だった。辺りには枯れた木がぽつぽつと立ち、妙に細い草や腰ほどもない岩が雪から顔を出しているばかり。自然に生きる動物の気配は微塵もない。
 そしてそれも無理からぬことだった。だってこの山中ですら館の中だから。
 ここは超巨大な一室に再現されたテラリウムなのだ。一体化した壁と天井が球面を成し、模造された空までは半径数キロ近くもある。
 まるで全てが冗談のようにナンセンスな書き割り。このデスゲームそのものと同じように。

「つまらない場所」

 しばらく歩いてから振り返ると、今出てきた施設の全体像が明らかになった。
 とは言っても、デスゲームが行われている館の全体像ではない。その中に作られた、マーダーミステリーにおける殺人事件が行われた医療研究施設の全体像だ。
 全体的に薄く灰色がかった横長の建物だった。縦には五階建て、横には数百メートルもあるだろうか。元は白かった外装が経年劣化で朽ちつつあり、この寂れた山中にはよく似合っている。

「……」

 瞬間、ヴァンヒールの心臓を銃弾が背後から貫いた。
 蠢く生命が即座に死を肩代わりする。血の一滴すら出ないまま胸の穴は静かに閉じた。
 振り返るのも面倒臭い。視覚だけを背後に向ける。背中の翼に目玉が二つ生え、グルグル動いて周囲を見渡した。

「つまらない敵」

 ヴァンヒールを撃ったのは大きなロボット兵だった。
 身長五メートルほどもあるロボットが、その身体と同じくらい大きな銃器をこちらに向けて歩いてくる。生命の気配は感じないが、敵が生きていようがいなかろうがヴァンヒールにとっては同じことだ。
 ロボット兵は立て続けに銃を連射し、その全てがヴァンヒールの急所を的確に打ち抜く。しかしそれは水面に向けて発砲するのと何一つ変わらない。

「妾も舐められたものね」

 定命の者たちは生命の定義について研究するのがやたら好きだが、ヴァンヒールに言わせれば、生命とは液体の一種だ。
 境界のうちに常に満ちているもの。不定形であり、傷付くことがなく、そして無限に湧いてくるもの。
 外乱が液体を一時的に変形させることはあれど、液体そのものを擦り減らすことはできない。外部からの減耗が有り得ない一方、増やすことは気分次第。
 ヴァンヒールが軽く手を振ると、打ち出された蝙蝠がロボット兵を撃ち抜いて爆発させた。
 無尽蔵に湧く生命はそのまま無尽蔵のエネルギーとなる。蝙蝠の形態を取るのはただの趣味で、生命の原形質をいくらでも供給できることがその本質だった。
 残骸の背後から更に大量の散弾が全身を抉る。吹き飛ばされた身体が即座に蝙蝠となって宙を舞う。
 雪の向こうで、何十体ものロボット兵がこちらに向かってくるのが見えた。山の表面から土埃が巻き上がり、地響きが空中にまで伝播する。兵たちが勢いよく行進して山の表面を踏み荒らしているのかと思ったが、実際の様子は少し違った。
 山を崩落させながら、その内側に隠れていたロボット兵たちが出現しているのだ。山のように見えていたのは隠れ兵の集団であり、いまやその全てがヴァンヒールへの敵意を向けていた。

「まるで卵鞘。命もないくせに」

 身体を再構築する前の、不定形の液体になって空を揺蕩う。
 ロボット兵を破壊することは容易いが、それをして一体何の意味があるのか。もちろんマーダーミステリーの趣旨に照らせば何らかのヒントが得られるとして、行為そのものが馬鹿馬鹿しい気持ちは拭えない。
 思えば、デスゲームが始まってから一人になるのは初めてだ。この三日間、不死者たちと共同生活をしている間はそれなりに場に合わせた振る舞いをしてきたつもりだ。
 しかし本来のヴァンヒールはもっと気まぐれで傍若無人な存在だと、少なくとも人間たちにはそう認識されている。
 同じ不死者たちと行動を共にすることは吝かではないが、そうでなければヴァンヒールがこのような児戯に与するはずもない。定命の人間を視界に入れて意識したことなど一度もないし、誰が死のうと砂が何粒か風に飛ばされる程度の意味もない。
 一人になってゲームへの熱が冷め始めていることを自覚する。裏を返せば、それは不死仲間たちには自分でも意外なほどシンパシーを持っていたことの証明でもあるのかもしれないが。
 別にこのまま帰ってもいいかと思い始めたとき、たまたま目に入った文章がヴァンヒールに意外な火を灯す。
 それはゲームの最初に手に取った「戦女」のカードの裏面。そこに書かれたスキル文章をそのまま読み上げる。

「『固有スキル:あなたは潜在能力の全てを発揮できます』……なんて!」

 こんなものはスキルでも何でもない。
 強いて言えば応援、それも質の悪い自己啓発のような薄っぺらい応援。そもそも発揮すべき潜在能力を付与するのが固有スキルではないのか?
 しかしそのちぐはぐさが何故だか妙におかしかった。的を外しすぎて逆に的を射ているような、奇妙な感心が胸を巡る。
 もしかしたら、あらゆる言葉のうちで唯一的確なものがこれなのかもしれなかった。追加能力など何ら必要とせず、ただ自分自身しか問題になり得ない、ヴァンヒールという完成した不死者に対しては。
 実際、ヴァンヒールは他の不死者たちの前でさえ力をセーブしているのは間違いなかった。翼から眼球を生やすことも、身体を構築せず液状のまま漂うこともしていない。はっきり意識して抑えていたわけではないが、それは他の参加者への配慮や敬意なのかもしれなかった。
 他の不死者たちとヴァンヒールでは不死性イモータリティの格があまりにも違いすぎる。だが、彼女たちのことは定命の者たちとは違ってそれなりの知己として認めているつもりだ。だからゲームが崩壊しないように出力をほんの僅かに留めてきた。
 しかし今ここには誰もいない。「潜在能力の全てを発揮」したとして、それを見る者はいないのだ。

「全て壊して迅速に。韋駄天の如く」

 今まで生きてきて一度も試していなかったことがある。これ以上の戦力が必要な状況がなかったから。
 ヴァンヒールの身体に満ちている液体。普段は気まぐれに湧き出させているだけだが、自らの明確な意志によって爆発させたら何が起こるのか。きっと蝙蝠の群れでは済まないだろう。
 ヴァンヒールは地面を蹴った。僅かに宙を舞う間に、脳裏にいくつものビジョンが走る。
 貫く触手、跳ね回る牙、彷徨う影。
 干上がる海、崩れる島、穢れる雲。
 不在の原形質、太古のトラウマ、世界の外部。
 原初の恐怖が目を覚ます。

「どうなっても知らないけど」

 着地した瞬間、全てはもう終わっていた。あらゆる自然は朽ち果て、ロボット兵たちは細切れのジャンクになって積み上がる。
 それらは圧力で粉砕されたようにも、激しく食い千切られたようにも、鋭く貫かれたようにも見えた。融解して別の兵士と混ざり合っているものがあれば、木と一体化して地中に埋まっているものも、錆と泥の塊に変貌しているものもある。もはや痕跡でしか語れない被虐がこの部屋の隅々にまで刻みつけられていた。
 もう吸血さえも必要なかった。液体が真に無尽蔵であるのなら、それを掘り出すエネルギーさえ不要なのだ。

「ほら、やっぱりつまらない」

 言葉とは裏腹に、扉にかけた手が驚くほど軽いことに気付く。
 ガラクタ相手では何にもならない。でも、不死者たちとのゲームなら。
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