『婚約破棄から始まる物語』へ転生したってか？【完】

アン王女

目の前のアン王女は真っ直ぐに見据え少しだけ口角を上げた。後方には護衛やら側近やら何が何だかわからない程に人を従えている。


…どんだけ人があまってるのよ。

ヴィクトリアはロマニア王国での夜会でハロルドが護衛をゾロゾロ連れている姿を思い出し失笑した。

『ようこそおいでくださいました。サンライズ王国はご兄妹揃ってサプライズがお好きなようですね。』


小さく牽制したアレクセイをもろともせずアン王女は口を開いた。


『まだ極秘なお話しがございましたの。』


…極秘の割にえらく仰々しいですけど


またもヴィクトリアは小さく微笑んだ。その様子をアン王女は一つの咳払いで一蹴すると単刀直入に言った。


『殿下、私を妃にしてくださいまし。』


『は？』


間髪入れずに心の声を漏らしたヴィクトリアは慌てて謝罪をする。


『も、申し訳ありません。突然で驚きましたの。』


ヴィクトリアの様子を横目にアレクセイは足を組むと前のめり気味になり


『王女は私が妻帯している事をご存知ありませんか？』


『いいえ、存じておりますけど。現にお隣にいらっしゃるではありませんか！』


ケラケラと不気味に笑うアン王女は笑い姿まで威厳が溢れている。


『殿下、愛だの恋だの言っている場合じゃありませんことよ？王族の婚姻にはそのような物何の役にもたちませんもの。』



…。



『私が王女を娶るとどのようなメリットがあると言うのです？』



…娶るんか～い！


ヴィクトリアは驚いたものの確かにメリットは気になる。王太子妃に執着などないし、元々普通のOLだった身。市井におりても生活はしていける自信はある。というか自信しかない。


『メリットではなく、危機回避ですわ。』


『危機回避？』



アン王女は勿体つけるように後ろの者に喉を潤す為に目の前のカップを取る様指示を出した。


…え？自分で取ったほうが早くない？


ヴィクトリアの心の声を読んだかのようにアン王女はにこやかに微笑んだ。


『貴女にはお分かりにならないかもしれませんがこういう無駄だと思う事も私ほどの身分となりますと省く訳にはいきませんの。なぜなら私が自身でカップを手にしたら、この者の仕事はどうなります？この者は妻も子もおりますのよ？一家を路頭に迷わす事にもなりかねませんものね？』


…流石にそれは大袈裟でしょうに。



ヴィクトリアは苦笑いを浮かべその危機回避話しを待った。


しばらくの静寂。遠くで騎士たちが鍛錬を重ねる音が響いている。

『頼もしいですわ。私もお世話になるのですから』


妃が決定事項のように語るアン王女にアレクセイは静かに口を開く。


『で？危機回避とは？』


アン王女は口角だけを上げ


『せっかちさんですわね。まぁよろしいわ。まだ機密事項なのですが我が国は国境を閉鎖する事になると思います。』


…。


…！


『閉鎖？』



『そうです。今まさに完成を迎えるプロジェクトですが素晴らしい出来でしたわ。今回はゆっくりと拝見しながらここまで参りましたの。』



…。

…。



『ですが残念な事に我が国が国境閉鎖を行いますと、あそこを使う者は…』


そこまで言うとアン王女はコテンと首を傾げた。


…ここでそれ？言ってる事と表情が比例しないわ。


『ま、帝国への道のりは他国から貴国経由でも行けますしね。元々のルートを使うだけだから誰も困らないわ。帝国からの抗議も無いはずよ。』

またもにこやかに微笑む。


アン王女は大きく伸びをすると後ろの者に１つ頷き椅子から立ち上がった。お付きの者はゾロゾロと何やら準備を始める。


…もう帰るんか～い！


ヴィクトリアの考えとは裏腹にアン王女は


『いきなりで驚かれたでしょう？時間を掛けて詳細をお話ししていきますのでご案内くださいな。さぁ私たちの部屋に案内してくださらない？』


…勝手に滞在するんか～い！


いきなりの事で更にはこの人数。


…どうするよ。


ヴィクトリアの心配を他所にレイモンドが後方から前に出ると


『こちらへ』



…対応可能なんかい！ってレイモンド流石ね。


ヴィクトリアはトンプソン領でなんちゃって夫婦を演じてから何故か未だに側近チェンジ中の側近を頼もしく見送った。