『婚約破棄から始まる物語』へ転生したってか?【完】

mako

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流れる川のように

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メープル王国、王太子妃執務室にルシャードが仲間入りして早半年。ヴィクトリアにとってある意味この世界で気に留めていた人物の1人であるルシャードと共に執務を行う日が来るなどと予想もしなかった事である。

初めこそ緊張を隠せないでいたヴィクトリアであったが今ではこの状況に感謝こそしていた。


『妃殿下、どうされましたか?そのように切れたゴムのような表情をされていてはなりません。』


…。切れたゴムってね。


ヴィクトリアは苦笑いを浮かべながらレオンに視線を送る。


『全くです。』


…。お前もか。


『ところで妃殿下。戴冠式の段取りには目を通されましたか?』


分刻みのスケジュールなどが事細かく記された戴冠式の日程表は既に山のような書類の中に埋もれてしまっている。


…これね。見るだけで疲れるのよ。



ヴィクトリアはルシャードに視線を投げると


『ところで王妃様はその後どう?』


例の一件から表舞台からは退き、離宮で生活されるヴィオランテを案じるヴィクトリアにルシャードは表情1つ変えずに


『さぁ、何も聞こえてこないということは、息災に暮らしておられるのでは?』


…おられるのでは?って。


『ルシャード、貴方仮にもお側で仕えてたのでしょう?』


『仕事ですから』


『だとしても、あれほど長い間共に過ごしていたなら情の1つや2つ湧くでしょうに。』


『…特には。』


…ドライなのね。

そういえば麻子の記憶には、バーナディン家はベタベタな家族愛など存在せず個々に粛々と責務を果たし公爵家が成り立っていた。


『話しは変わるけれど、ルシャード、貴方は公爵家の嫡男よね?婚約者は?』

確か麻子の記憶によると、もう1人の公爵令息であるレイモンドは原作の終盤で婚約しラブラブな毎日を過ごしていたはずだがこのルシャードに関してはそこは触れられていない。

『おりませんが?』


それが何か?ぐらいの勢いで返答するルシャードにヴィクトリアはそれ以上を聞く事が出来なかった。


…苦手だわ。何を考えいるのかまるで分からないわ。


ヴィクトリアは息苦しい執務室の窓を開け心地よい風を部屋に通した。





刻一刻と迫る戴冠式を翌日に控え執務室では遅くまでヴィクトリアが執務に追われていた。


『妃殿下、まだいらしたのですか?』

ルシャードはレオンの姿を探すもすでにヴィクトリアが帰した後。

『ついさっきレオンを帰したの。私もそろそろ部屋に戻るから。』


別にレオンを庇う訳ではないが、それくらいの圧がルシャードにはあるのだ。


ルシャードはヴィクトリアの前にきれいに整理された書類を見ると


『まさかこちらの書類を全て片付けられるおつもりですか?』


左側に未処理の書類を見て驚いたようにルシャードは手に取った。全て簡単に決裁できるものだけを予め分けておいたのである。ルシャードは1つ頷きその書類の半分を手に取りデスクに付いた。


『ルシャード、貴方ももう上がって!私は好きでやってるだけだから。』


『明日は戴冠式だというのにですか?』


『戴冠式よりもこちらの方が性に合ってるみたい。』

ヴィクトリアは自虐しながら笑った。


『貴女は王妃になりたかったのではないのですか?』


…いやいやんな事あるかい!って以前のヴィクトリアはそうだったみたいよね。


『昔の記憶は無いのだけれど、今の私は…ただ殿下と共に…いえ、殿下をお支えする為に。私が地に落とした殿下の評判を元に戻す事が私の使命ですもの。やらなきゃね。』


…。


ルシャードは黙ってヴィクトリアを見ている。その視線に耐えられなくなったヴィクトリアは

『も、もちろんバーナディン公爵家にも迷惑を掛けた分償わなければならないわ。果たしてどうしたら良いのか、今の私には皆目見当もつかないから貴方に教えてもらいながらね?でもこれだけは約束する。私の地位なんかよりも貴方たちへの償いを優先させる。それだけは信じて!』


ルシャードは小さく息を吐き捨てると

『そんなもの要りませんよ。』





その冷たい視線にヴィクトリアは現実を思い知らされたのである。
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