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見えない糸を引く者
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ルヴェール王宮・第二執務室。
朝の光がカーテン越しに差し込む中、王太子セリュアンは、机上の書簡を一枚ずつ丁寧に確認していた。
「殿下、失礼いたします」
重厚な扉がノックとともに開かれ、グレゴール・ヴァイスベルク侯爵が入室する。
変わらぬ笑みと完璧な礼節。まさに“貴族の鑑”だった。
「お忙しい中ありがとう、侯爵。少し話がしたくてね」
セリュアンは紅茶を差し出しながら、にこやかに促す。
だがその瞳には、どこか“探る”ような光があった。
「最近、ギルドと王都の税務管理の間で、報告内容に食い違いがあるようだね。
ほら、南西交易路の輸入品リスト……なぜか、一部の品だけ、記録が二重になってる」
「些細な混乱でしょう。港湾局の記録係も、新任が多い時期ですから」
「まあ、そうかもしれないね。でも、“その品”がなぜか王宮に出入りしてるのは、少し気になって」
セリュアンはふっと微笑む。
それはまるで、何かを“試す”ような笑みだった。
グレゴールは、カップを持つ手を一瞬止めたが、すぐに平静を取り戻した。
「王宮の物資管理までは、わたくしも把握しておりませんが……殿下がご心配なら、調査いたしましょうか?」
「ううん、大丈夫。ちょっとした好奇心だよ。
それに――君なら、もう調べてるんじゃないかと思ってね?」
「……わたくしが、ですか?」
「勘だけど。君って、そういうことには目ざといから」
軽口のように聞こえるその言葉に、グレゴールはわずかに眉を動かす。
しかし、顔にはいつもの笑みを貼り付けたままだ。
「殿下に勘などと申されては、我々臣下は何も隠せませんな」
「ふふ、そうだといいね。王宮には“静かな嘘”が多いから、正直者の耳が疲れてしまうよ」
それが意味するのは誰か――セリュアンは言及しない。
けれどグレゴールは、その言葉の重みを正確に理解していた。
数秒の沈黙。だが、互いに目線は逸らさない。
「ところで侯爵、最近、城下で妙な噂を聞いたことはある?」
「どのような?」
「町娘が一夜にして貴族の庇護を受けているとか、
素性の割にやけに警備に目をかけられているとか。……まあ、噂話だけどね」
「城下には常に噂が渦巻いております。真実を見分けるのは至難ですな」
「そう。だから僕は、“噂の出処”を知りたくなる。……君なら、どこから火がついたのか見当がつくんじゃないかなって」
また、静かな沈黙が訪れる。
それを破ったのは、セリュアンの緩んだ口元だった。
「――ま、気にしすぎかもしれないな。あんまり神経質だと、妃殿下に笑われるから。ありがとう、時間をとってくれて」
「とんでもございません。何かあれば、すぐにご相談ください」
グレゴールは深々と頭を下げた。
扉が閉まり、彼の足音が遠ざかる。
ひとり残ったセリュアンは、窓の外を見つめながら呟く。
「今のは……動揺か、それとも演技か。……さて、どちらかな、侯爵」
机上の書類の隅には、小さな赤い印――
グレゴールの筆跡と酷似した記録が、一枚だけ紛れていた。
朝の光がカーテン越しに差し込む中、王太子セリュアンは、机上の書簡を一枚ずつ丁寧に確認していた。
「殿下、失礼いたします」
重厚な扉がノックとともに開かれ、グレゴール・ヴァイスベルク侯爵が入室する。
変わらぬ笑みと完璧な礼節。まさに“貴族の鑑”だった。
「お忙しい中ありがとう、侯爵。少し話がしたくてね」
セリュアンは紅茶を差し出しながら、にこやかに促す。
だがその瞳には、どこか“探る”ような光があった。
「最近、ギルドと王都の税務管理の間で、報告内容に食い違いがあるようだね。
ほら、南西交易路の輸入品リスト……なぜか、一部の品だけ、記録が二重になってる」
「些細な混乱でしょう。港湾局の記録係も、新任が多い時期ですから」
「まあ、そうかもしれないね。でも、“その品”がなぜか王宮に出入りしてるのは、少し気になって」
セリュアンはふっと微笑む。
それはまるで、何かを“試す”ような笑みだった。
グレゴールは、カップを持つ手を一瞬止めたが、すぐに平静を取り戻した。
「王宮の物資管理までは、わたくしも把握しておりませんが……殿下がご心配なら、調査いたしましょうか?」
「ううん、大丈夫。ちょっとした好奇心だよ。
それに――君なら、もう調べてるんじゃないかと思ってね?」
「……わたくしが、ですか?」
「勘だけど。君って、そういうことには目ざといから」
軽口のように聞こえるその言葉に、グレゴールはわずかに眉を動かす。
しかし、顔にはいつもの笑みを貼り付けたままだ。
「殿下に勘などと申されては、我々臣下は何も隠せませんな」
「ふふ、そうだといいね。王宮には“静かな嘘”が多いから、正直者の耳が疲れてしまうよ」
それが意味するのは誰か――セリュアンは言及しない。
けれどグレゴールは、その言葉の重みを正確に理解していた。
数秒の沈黙。だが、互いに目線は逸らさない。
「ところで侯爵、最近、城下で妙な噂を聞いたことはある?」
「どのような?」
「町娘が一夜にして貴族の庇護を受けているとか、
素性の割にやけに警備に目をかけられているとか。……まあ、噂話だけどね」
「城下には常に噂が渦巻いております。真実を見分けるのは至難ですな」
「そう。だから僕は、“噂の出処”を知りたくなる。……君なら、どこから火がついたのか見当がつくんじゃないかなって」
また、静かな沈黙が訪れる。
それを破ったのは、セリュアンの緩んだ口元だった。
「――ま、気にしすぎかもしれないな。あんまり神経質だと、妃殿下に笑われるから。ありがとう、時間をとってくれて」
「とんでもございません。何かあれば、すぐにご相談ください」
グレゴールは深々と頭を下げた。
扉が閉まり、彼の足音が遠ざかる。
ひとり残ったセリュアンは、窓の外を見つめながら呟く。
「今のは……動揺か、それとも演技か。……さて、どちらかな、侯爵」
机上の書類の隅には、小さな赤い印――
グレゴールの筆跡と酷似した記録が、一枚だけ紛れていた。
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