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「やあ。サラス・ヴァーディ様。なにか、困りごとはないかな?」
家に向かって歩いていると唐突に後ろから声をかけられた。
振り向くとそこにはにこやかな笑みを浮かべているツェペシュ宰相が右手を軽く上げて立っていた。
ツェペシュ宰相は大きめの帽子とスーツに黒いマントを羽織っておりサングラスをかけていた。
見るからに暑苦しい恰好だ。
「ツェペシュ宰相。陽の光は問題ないのでしょうか?」
「ああ。私のことを気遣ってくださるなんて、サラス・ヴァーディ様はなんて優しいんだ。まるで、あなたは聖女様のようだ。」
芝居がかったように大げさな声をあげて、ツェペシュ宰相は目に浮かんだ涙を真っ白なハンカチで拭った。
「……お食事の時間、ですか?」
「ああ。そうだねぇ。サラス・ヴァーディ様の血は今までのどの食事よりも甘美で幸せな時間だった。確かに今すぐにでもサラス・ヴァーディ様の血をいただきたいとは思っている。しかし、私はそれを我慢している。なぜならば、欲するままにサラス・ヴァーディ様の血を飲んでしまえば、サラス・ヴァーディ様の血はいつか枯れ果ててしまうことだろう。だから、私はそうならないように我慢をするのだ。ああ、実にすばらしい私の血のにじむような努力だ。」
なんか、いけないことを聞いているような気がして私は一歩後ずさった。
というか、急に「様付け」で呼ばれるようになってしまい、少し居心地が悪い。
いったいツェペシュ宰相は何を拾い食いしてしまったのだろうか。
……私の血か。
「そ、そうですか。ですが、我慢しすぎて身体を壊さないようにしてくださいね。」
「ああ。ありがとうございます。サラス・ヴァーディ様。あなたは本当に聖女様のようだ……。」
「……それで、今日はどのような用件でいらっしゃったのでしょうか?まだ陽が高いのにも関わらずやってくるだなんて、きっと私に大事な用事があったのでしょう?」
私は話題を反らすためにそう問いかけた。
吸血鬼が真昼間にやってくるなんてよほどのことだ。
文献で得た吸血鬼の知識では、彼らは太陽の光を嫌い、夜に活動をすると記載されていた。太陽の光は彼らにとって猛毒になるのだとか。
「ああ。そうだった。あまりのサラス・ヴァーディ様のすばらしさに私は酔いしれてしまっていたよ。いや、なに。サラス・ヴァーディ様の力になりたいと思いましてな。なにか困っていることがあれば、私めがサラス・ヴァーディ様のお力になりたいと。」
「……ありがとうございます。とくに今のところは……。」
態度が180度違うツェペシュ宰相に戸惑いながらもそう返す。
「そんなことは言わずに。ぜひ、私のことを頼ってください。私は、サラス・ヴァーディ様のお力になりたいのです。」
何度断ってもツェペシュ宰相は引かない。
これは、なにかお願いをするしかないのだろうか。
私はしばらく思案して、ポンッと手を叩いた。
「ツェペシュ宰相。私は、孤児たちに衣食住を提供したいと考えております。子供たちのために家と土地を用意したいのですが、購入方法がわかりません。もし、ご存知でしたら教えていただけませんか?」
役所に聞きに行くはずだったことだが、役所の一番トップに立っているのはツェペシュ宰相だ。
こんなことを一番トップの人に聞くのは間違っているかもしれないが、今困っているのはこのくらいだ。
「おおっ!!やはり、サラス・ヴァーディ様は聖女様のようにとてもお優しいお心をお持ちでいらっしゃる。私はいたく感動いたしました。なに、ご心配なさらずに、サラス・ヴァーディ様。私が、サラス・ヴァーディ様のために、屋敷を用意して差し上げましょう。家事掃除洗濯も安心なさってください。一流の家政婦をご用意いたしますぞ。」
「えっと……。家政婦さんは不要です。孤児たちにも家事掃除洗濯を覚えてもらいたいので、孤児たちに当番制で当たっていただこうかと。」
「そうでしたか。それは、余計なことでしたね。大変失礼いたしました。」
「い、いえ……とてもありがたいお申し出ですわ。あの……お屋敷を用意してくださるのはありがたいのですが、お家賃はおいくらほどでしょうか。まだまだ私の手持ちではそんなに多くお支払いすることが……。」
「なんとっ!! 家賃などと!! それはサラス・ヴァーディ様のお気になさることではございません。孤児たちを養うのは貴族たるものの役目でございますっ。今までないがしろにしてしまった分、私がすべてご用意させていただきます。サラス・ヴァーディ様はなにも心配しなくてもよろしいのですよ。」
ツェペシュ宰相は目元にハンカチを当てながら、そう言った。
なんか、いたく感動されているような気がする。
でも、ただより高い物はないというが……ツェペシュ宰相の言葉に乗ってしまっても大丈夫だろうか。
少し不安だが、ツェペシュ宰相の申し出は渡りに船である。
「……ありがとうございます。私の商売が軌道に乗りましたら家賃をお支払い……。」
「不要ですよ。サラス・ヴァーディ様。私はサラス・ヴァーディ様の考えに賛同して出資するのです。サラス・ヴァーディ様の血液を時々いただけるのならば、それが私の何よりの褒美でございます。お金などでは買えないもの、それがサラス・ヴァーディ様の血なのであります。」
「そ、そうですか……。」
そういうことになった。
こうして、私は孤児たちと済む家……もといお屋敷を手に入れたのだった。
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