元男爵家令息リロイ 〜奴隷になってしまったけれど、宮廷魔法使いが拾ってくれた件について〜

あさざきゆずき

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第七話 ホテル

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 食事後、そのまま高級ホテルのスイートルームへ連れていかれた。恋人同士だからヤろうという率直なお誘いだろうか。その割にダブルじゃなくてツインの部屋なんだけど。

 よく分からないなりにドキドキしながらシャワーを浴びる。魔石のおかげでお湯が出る仕組みとなっている。だからと言って、自分の悩みまでは洗い流してはくれない。

「頑張るしかないか」

 後ろの穴も洗浄しておいた方がいいよね。こんなとき魔法が使えて便利だと本当に思う。こんなことのためにイライアスは僕に魔法を教えた訳じゃないと思うけど。

 とりあえず身体を綺麗にしてお風呂から上がり、ホテル備え付けのバスローブに着替える。こんな薄っぺらい男の身体なんて、イライアスは興味を持つのだろうか。

「リロイ。大丈夫か。のぼせていないか」

 扉越しにイライアスの声が聞こえてきた。相変わらず優しい声だ。

「はい。問題ありません。上がるのが遅くなってしまい申し訳ありません」

 そう伝えて扉を開ける。すると、そこに立っていたイライアスが安心したような表情を浮かべた。

「よし。じゃあリロイ、寝ろ」

 イライアスの言葉に疑問を覚える。お互いがシャワーを浴びてから、大人の行為をすることが一般的ではないだろうか。いや、汚れたまま抱き合うことに興奮する人もいるとは聞く。

 とりあえずベッドで横になる。でも、イライアスは覆い被さってこない。

「イライアス様。しないんですか」

 気になって聞いてみる。なぜかイライアスは本を読み出している。

「何をするんだ。リロイには睡眠を取ってもらう必要がある。布団を被ってくれ。風邪を引いてしまうだろう。もしかして明るいから眠れないのか。部屋の灯りを落とそう」

 イライアスが穏やかに言う。変だ。

「ありがとうございます。でも、恋人的なことはしないんですか」

 思い切って聞いてみる。すると、イライアスが少しだけ目をそらした。

「今はしない。少なくともそんな寝不足で疲れた状態の君を襲うようなことは出来ない。だから、リロイにはゆっくり寝て欲しい」

 イライアスはそう言いながら部屋の灯りを消す。とたんに眠気が襲って来て、睡眠の足りない意識は眠りへと一気に落ちていった。

 夢を見た。

 街中でイライアスが女性と一緒に歩いていた。イライアスに似た子どもも何人かいる。みんな楽しそうに笑って、レストランへと入って行った。

「イライアス様が幸せになって嬉しく思います」

 そう言いながら、自分は寂しいと思ってしまった。なんでだろう。他人の幸福を祝福出来ないなんて、僕はとんだ愚か者だ。こんな嫌な奴は死んでしまえばいい。

 ちょうどいいところにモンスターの群れがやってきた。モンスター達は僕を殴って蹴って苦しませてきた。最後には殺してくれるんだろう。ああ、最高だ。

 でも、自分の命を粗末にしちゃいけないんだ。自分の親に申し訳ないと思わないのか。

 ああ。いつになったら僕の人生は終わるんだろう。幸せにはなれないのに、このまま生き続けるのか。嫌だな。今すぐ死にたい。

「リロイ。大丈夫か」

 遠くからイライアスの声が聞こえる。ダメだ。せっかくイライアスは家族といるのに、僕なんか気にしちゃいけない。

 イライアスは僕のことなんて忘れて幸せになるんだ。妻に愛されて、子孫を残して、イライアスは祝福された人生を歩むんだよ。

 僕には何もなくていい。どうせ、神様は僕になんか見向きもしないだろう。別に僕はただ必死に生きてきただけの薄汚い元奴隷だ。冒険者になったのも、宮廷魔法使いになったのも、自分がなりたくてなっただけ。多くの人の命を救うとか、そんな崇高な志を僕は持っていない。結果的に何人か救ったかもしれないけれど、ただそれだけだ。

「イライアス様」

 なのに、自分の口から出るのはイライアスの名前ばかりだ。ただ依存しているだけだと、なぜ気づけないのか。

 イライアスに迷惑をかけている自分にいらだつ。自分がすべきことは、イライアスの役に立つため近づくのではなく、むしろイライアスのために遠ざかることだったんじゃないか。

「リロイ」

 イライアスの声がまた聞こえる。気がつけばイライアスがそばにいて、僕の手を握ってくれた。嬉しいけれど悲しい。こんなことは望んでいない。今すぐ離れて欲しい。その方がイライアスのためになるから。

「イライアス様。別れましょう」

 僕がそう言ったら、イライアスはとても傷ついた表情をした。なんでそんな顔をするんだろう。イライアスにとって利益しかないと思うのに。おかしいよ。

「リロイはどんな夢を見ているんだ」

 ふと、イライアスのそんな声がして、僕の意識が急に覚醒するのを感じた。

 目を覚ますと、そこはホテルの薄暗い一室だった。部屋の中はよく見えないけれど、誰かが僕の手を握っていた。
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