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第1話「迷ケ平の底で出会ったもの」
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草むらの向こうにあったはずのトンネルは、跡形もなく消えていた。
背後にはただ、どこまでも続く草原が広がっているだけだった。
「……マジかよ」
声に出してみても、返事はない。
風も吹かない。
鳥の声もない。
音という音が、世界から抜け落ちている。
まるで“音の存在を忘れた世界”に迷い込んだようだった。
スマホの画面は圏外。
GPSは現在地を取得できず、地図アプリは真っ白のまま固まっている。
ここは青森県の新郷村。
鬱蒼とした山の中とはいえ、人里は近い。
「どういう状況だよ……」
歩き出すしかなかった。
車の方向に戻ろうとしても、そもそも“戻る”という概念が成立しない。
草原は360度同じ景色で、目印になるものが何一つない。
数分歩いた頃、足元の感触が変わった。
草が途切れ、土がむき出しになっている。
その中央に、ぽっかりと穴が開いていた。
直径5メートルほどの円形の立坑。
その内側には、石で組まれた階段が螺旋状に続いている。
「……これ、さっきの穴じゃないよな」
……穴?
車を降りたのは、似たような”穴”を見つけたからだったはず。
そもそも、あの穴はもっと深い山の中だったし、
穴の中の階段を下りた先にトンネルがあって、
くぐって出たのがこの草むらだ。
ここは山でも何でもない、ただの草原だ。
今度は、階段を降りる以外の選択肢はなかった。
廻りに広がる草原は果てしなく見える平原だったからだ。
懐中電灯を点け、慎重に階段を下りていく。
深さは20メートルほど。
底に着くと、そこにはまたも“トンネル”があった。
ただし、さっきのものとは違う。
壁は金属でも石でもない。
白く滑らかな素材で、触るとひんやりしている。
爪で軽く叩くと、硬質な音が返ってきた。
「……セラミック?」
建築に使うような代物じゃない。
軍事施設か、あるいはもっと別の何か。
奥へ進むと、やがて光が見えた。
白く、強い光。
出口のようにも見えるが、近づくほどに視界が白く飛ぶ。
手を伸ばすと、ぬるりとした抵抗があった。
水でも空気でもない。
スライムのような、膜のような、奇妙な感触。
そのまま身体ごと引きずり込まれた。
一瞬の浮遊感。
次の瞬間、足元に草の感触が戻る。
「……戻ってきた?」
いや、違う。
ここはさっきの草原ではない。
空気の匂いが違う。
風が吹いている。
遠くで鳥の声が聞こえる。
そして目の前には――
白い球体が浮かんでいた。
直径1メートルほど。
表面は滑らかで、光沢があり、ゆっくりと脈動している。
その球体から、女性の声が響いた。
「ようこそ、継承者」
「……は?」
「あなたは選ばれました。
古地球文明の遺産を継ぐ者として」
「いやいやいや、待て待て。
俺はただ迷っただけで――」
「迷ったからこそ、ここに辿り着いたのです」
声は落ち着いていて、どこか優しい。
しかし同時に、冷たさも感じる。
感情があるようで、ないような、不思議な響き。
「あなたの脳波、精神傾向、技術知識、倫理観……
すべてが適合しています」
「適合って……何に?」
「私に」
球体が淡く光る。
「私は、あなた方現住人類の“先代”となる文明が残した管理システムです。
あなた方の言葉で言えば……そうですね、人工知能に近い存在でしょう」
「先代……?」
「はい。
あなた方よりも前に存在した人類文明がありました。
彼らは高度な技術を持ち、私のような管理システムを造り上げました。
私はその遺産の一部です」
「じゃあ、俺が“継承者”ってのは……」
「文明の継承者、という意味です。
あなたが私を”継ぐ”のではありません。
あなたが“彼らの遺産を扱う資格を持つ”ということです」
「では今こうやって話しているのは……いわゆるAI?」
「はい。
あなたは文明の継承者となり、遺産へのアクセス権を得ました」
「いや、そんなつもりは――」
「あなたの意思は関係ありません。
選ばれたという事実が重要なのです」
その言い方に、背筋が冷たくなる。
「安心してください。
あなたの生活は、これから劇的に向上します」
「……なんか怖いんだけど」
「恐れる必要はありません。
あなたはただ、怠惰に生きればいいのです」
「……は?」
「あなたの怠惰は、世界の平和に繋がります」
意味が分からない。
だが、球体はそれ以上説明しなかった。
「では、戻りましょう。
あなたの世界へ」
光が広がり、視界が白く染まる。
次に目を開けたとき、俺は迷ケ平の草むらに立っていた。
車もある。
スマホも圏内に戻っている。
ただ一つだけ違うのは――
耳の奥に、あの球体の声が微かに残っていることだった。
「……継承者、ね」
嫌な予感しかしない。
背後にはただ、どこまでも続く草原が広がっているだけだった。
「……マジかよ」
声に出してみても、返事はない。
風も吹かない。
鳥の声もない。
音という音が、世界から抜け落ちている。
まるで“音の存在を忘れた世界”に迷い込んだようだった。
スマホの画面は圏外。
GPSは現在地を取得できず、地図アプリは真っ白のまま固まっている。
ここは青森県の新郷村。
鬱蒼とした山の中とはいえ、人里は近い。
「どういう状況だよ……」
歩き出すしかなかった。
車の方向に戻ろうとしても、そもそも“戻る”という概念が成立しない。
草原は360度同じ景色で、目印になるものが何一つない。
数分歩いた頃、足元の感触が変わった。
草が途切れ、土がむき出しになっている。
その中央に、ぽっかりと穴が開いていた。
直径5メートルほどの円形の立坑。
その内側には、石で組まれた階段が螺旋状に続いている。
「……これ、さっきの穴じゃないよな」
……穴?
車を降りたのは、似たような”穴”を見つけたからだったはず。
そもそも、あの穴はもっと深い山の中だったし、
穴の中の階段を下りた先にトンネルがあって、
くぐって出たのがこの草むらだ。
ここは山でも何でもない、ただの草原だ。
今度は、階段を降りる以外の選択肢はなかった。
廻りに広がる草原は果てしなく見える平原だったからだ。
懐中電灯を点け、慎重に階段を下りていく。
深さは20メートルほど。
底に着くと、そこにはまたも“トンネル”があった。
ただし、さっきのものとは違う。
壁は金属でも石でもない。
白く滑らかな素材で、触るとひんやりしている。
爪で軽く叩くと、硬質な音が返ってきた。
「……セラミック?」
建築に使うような代物じゃない。
軍事施設か、あるいはもっと別の何か。
奥へ進むと、やがて光が見えた。
白く、強い光。
出口のようにも見えるが、近づくほどに視界が白く飛ぶ。
手を伸ばすと、ぬるりとした抵抗があった。
水でも空気でもない。
スライムのような、膜のような、奇妙な感触。
そのまま身体ごと引きずり込まれた。
一瞬の浮遊感。
次の瞬間、足元に草の感触が戻る。
「……戻ってきた?」
いや、違う。
ここはさっきの草原ではない。
空気の匂いが違う。
風が吹いている。
遠くで鳥の声が聞こえる。
そして目の前には――
白い球体が浮かんでいた。
直径1メートルほど。
表面は滑らかで、光沢があり、ゆっくりと脈動している。
その球体から、女性の声が響いた。
「ようこそ、継承者」
「……は?」
「あなたは選ばれました。
古地球文明の遺産を継ぐ者として」
「いやいやいや、待て待て。
俺はただ迷っただけで――」
「迷ったからこそ、ここに辿り着いたのです」
声は落ち着いていて、どこか優しい。
しかし同時に、冷たさも感じる。
感情があるようで、ないような、不思議な響き。
「あなたの脳波、精神傾向、技術知識、倫理観……
すべてが適合しています」
「適合って……何に?」
「私に」
球体が淡く光る。
「私は、あなた方現住人類の“先代”となる文明が残した管理システムです。
あなた方の言葉で言えば……そうですね、人工知能に近い存在でしょう」
「先代……?」
「はい。
あなた方よりも前に存在した人類文明がありました。
彼らは高度な技術を持ち、私のような管理システムを造り上げました。
私はその遺産の一部です」
「じゃあ、俺が“継承者”ってのは……」
「文明の継承者、という意味です。
あなたが私を”継ぐ”のではありません。
あなたが“彼らの遺産を扱う資格を持つ”ということです」
「では今こうやって話しているのは……いわゆるAI?」
「はい。
あなたは文明の継承者となり、遺産へのアクセス権を得ました」
「いや、そんなつもりは――」
「あなたの意思は関係ありません。
選ばれたという事実が重要なのです」
その言い方に、背筋が冷たくなる。
「安心してください。
あなたの生活は、これから劇的に向上します」
「……なんか怖いんだけど」
「恐れる必要はありません。
あなたはただ、怠惰に生きればいいのです」
「……は?」
「あなたの怠惰は、世界の平和に繋がります」
意味が分からない。
だが、球体はそれ以上説明しなかった。
「では、戻りましょう。
あなたの世界へ」
光が広がり、視界が白く染まる。
次に目を開けたとき、俺は迷ケ平の草むらに立っていた。
車もある。
スマホも圏内に戻っている。
ただ一つだけ違うのは――
耳の奥に、あの球体の声が微かに残っていることだった。
「……継承者、ね」
嫌な予感しかしない。
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