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救済、あるいは蹂躙
世田谷ダンジョン3層。
ここは、音もなく闇から襲いかかる『ダークウルフ』と、強固な鱗に高い知能を持つ『リザードマン』が徘徊する、駆け出しを卒業した中堅探索者たちが最初にぶつかる大きな壁だ。
「クソッ……! 囲まれた……! 盾が、盾がもう持たないぞ!」
パーティ『サンダーボルト』のリーダーは、ひび割れた大盾を構えながら絶叫した。
彼らのレベルは15。
探索者の平均レベルが15前後と言われる中で、初心者から中堅の域に入りつつあるパーティだが、今は最悪の状況に陥っていた。
周囲を十頭近いダークウルフが囲み、さらに奥では三体のリザードマンたちが槍を構え、獲物が弱りきる瞬間を冷徹な瞳で見定めていた。
一歩でも判断を誤れば、全滅。誰もが死を覚悟し、絶望に視界が歪んだその時――。
「……あ。やっぱり、誰か困ってるみたい」
闇の向こうから、鈴を転がすような、場違いなほど澄んだ声が響いた。
重苦しい戦場に、春風のような穏やかな少年――ひよりが姿を現したのだ。
その瞬間、それまで虎視眈々と機会を狙っていた魔物たちの動きが、石化したように止まった。
知能の高いリザードマンたちは、ひよりの左右に控える「影」――フウとライから放たれる圧倒的な『上位種の圧』を、本能で察知したのだ。
(……ギィッ!?)
リザードマンたちは、戦うどころか威嚇することさえ忘れていた。
彼らは互いに顔を見合わせると、プライドも獲物も投げ捨て、脱兎のごとく闇の奥へと逃走していった。
ただ「それ」に関われば、塵も残らず消されるという恐怖だけを抱えて。
「あ、行っちゃった。……ごめんね、俺たちが来たから。フウくん、まずはあの子たちの数を減らして。ライくん、撃ち漏らした子がみんなのところに行かないようにしてあげてね」
ひよりが家族に語りかけるような優しいトーンで合図を出す。
その瞬間、緑の残光が爆ぜた。
「ガウッ……!?」
ダークウルフたちが悲鳴を上げる暇さえなかった。
進化したゴブリン――フウの鋭い爪が、目にも止らぬ速度で闇を裂く。
一瞬前まで自分たちを追い詰めていたウルフたちの喉元が、まるで熟した果実のように次々と掻き切られていく。
溢れた数頭が、最後の抵抗とばかりに探索者たちへ飛びかかろうとしたが、その前には黒鉄の壁が立ちはだかった。
「オオォッ!!」
ライの剛腕が空を薙ぐ。
正面からぶつかったウルフは、まるでダンプカーに撥ねられたかのように、グシャリと嫌な音を立てて壁に叩きつけられた。
数分前までパーティを死の淵に追い込んでいた魔物たちが、文字通り「掃除」されていく。
茫然自失の探索者たちの前に、ひよりがゆっくりと歩み寄った。
「怪我、ないですか? 間に合ってよかった。盾、ボロボロですね」
ひよりは、腰が抜けて座り込んだリーダーの前に立ち、屈託のない笑顔で手を差し伸べた。
だが、リーダーはその手を取ることができなかった。
少年の背後では、返り血一つ浴びていないフウと、鼻息一つ乱さないライが、まるで行儀の良い死神のように控えている。その異様な光景に、本能が警鐘を鳴らしていた。
その時、まだ息のあった一頭のダークウルフが、恐怖に狂ってひよりの背後から牙を剥いた。
「危な――!」
リーダーの叫びを遮るように、ひよりがふっと、その瞳を冷たく細める。
「……静かに。みんなを怖がらせちゃ、ダメだよ」
【スキル:威圧 Lv.4 発動】
ドォンッ!!
物理的な衝撃波さえ伴うような重圧が、3層の空間を支配した。
サンダーボルトの面々は、まるで見えない巨大な手に地面へ押し付けられたかのような錯覚に陥り、呼吸を忘れた。
「ヒィン……ッ」
飛びかかろうとしたウルフは、空中でその圧に叩き落とされ、魔物としての矜持を一切失って、その場に突っ伏して震えることしかできない。
ひよりは一歩踏み出し、怯える魔物たちの頭上に、慈しむように手をかざした。
「――【かつあげ】」
光が収まった時、魔物たちは消滅したわけではなく、ただ「魂」を抜かれた抜け殻のように力なくその場に崩れ落ちた。
かつあげスキルの真の機能――精神的屈服による魔素の強制徴収。
その経験値のすべてが、ひよりへと吸い込まれていく。
「よし、完了。……フウくん、ライくん、行こうか。次は5層あたりが騒がしいみたいだから」
ひよりは探索者たちに一度だけ丁寧な会釈をすると、嵐が去るように闇の中へと消えていった。
残された探索者たちは、数分の間、静まり返った闇の中でただ震えていた。
「……今のは、なんだ……? 夢じゃねえよな……?」
「リザードマンが逃げただと……? あのガキ、何を連れてやがるんだ……」
リーダーの手は、今も震えが止まらない。
助けられたはずなのに、心臓を鷲掴みにされたような底知れない恐怖が消えない。
「『フウくん』『ライくん』……。おい、忘れるなよ。あの名前……そしてあの笑顔だ」
あの少年の笑顔の裏側にある、底の見えない『何か』。
世田谷の探索者界隈や、掲示板で語られている「世紀末の子」の目撃となった。
………
世田谷ダンジョン攻略スレ Part3
612:名無しの探索者
……今、3層から命からがら戻ってきた。
『サンダーボルト』が全滅しかけたところを、例の「世紀末の子」に遭遇した。
613:名無しの探索者
>>612
マジか!? あの階層で遭遇したのか。
レスしてるってことは、無事だったんだな。
614:名無しの探索者
ああ、怪我はない。だが、無事と言えるかどうかはわからん。
あいつが現れた瞬間、あの狡猾でプライド高いリザードマン共が、戦いもせず背中向けて逃げ出したんだぞ。
取り巻きの魔物たちは、あいつの一言でウルフの群れを赤子扱いだ。
615:名無しの探索者
リザードマンが逃げた……? あの3層のあいつらが?
どんな圧だよ。
そのガキ、人間なのか?
616:名無しの探索者
スレのみんな、悪いことは言わない。
もし地下で「フウくん」「ライくん」って優しく呼ぶ声が聞こえたら、全力で反対方向に逃げろ。
あれは、俺たちが関わっていい存在じゃない。
ここは、音もなく闇から襲いかかる『ダークウルフ』と、強固な鱗に高い知能を持つ『リザードマン』が徘徊する、駆け出しを卒業した中堅探索者たちが最初にぶつかる大きな壁だ。
「クソッ……! 囲まれた……! 盾が、盾がもう持たないぞ!」
パーティ『サンダーボルト』のリーダーは、ひび割れた大盾を構えながら絶叫した。
彼らのレベルは15。
探索者の平均レベルが15前後と言われる中で、初心者から中堅の域に入りつつあるパーティだが、今は最悪の状況に陥っていた。
周囲を十頭近いダークウルフが囲み、さらに奥では三体のリザードマンたちが槍を構え、獲物が弱りきる瞬間を冷徹な瞳で見定めていた。
一歩でも判断を誤れば、全滅。誰もが死を覚悟し、絶望に視界が歪んだその時――。
「……あ。やっぱり、誰か困ってるみたい」
闇の向こうから、鈴を転がすような、場違いなほど澄んだ声が響いた。
重苦しい戦場に、春風のような穏やかな少年――ひよりが姿を現したのだ。
その瞬間、それまで虎視眈々と機会を狙っていた魔物たちの動きが、石化したように止まった。
知能の高いリザードマンたちは、ひよりの左右に控える「影」――フウとライから放たれる圧倒的な『上位種の圧』を、本能で察知したのだ。
(……ギィッ!?)
リザードマンたちは、戦うどころか威嚇することさえ忘れていた。
彼らは互いに顔を見合わせると、プライドも獲物も投げ捨て、脱兎のごとく闇の奥へと逃走していった。
ただ「それ」に関われば、塵も残らず消されるという恐怖だけを抱えて。
「あ、行っちゃった。……ごめんね、俺たちが来たから。フウくん、まずはあの子たちの数を減らして。ライくん、撃ち漏らした子がみんなのところに行かないようにしてあげてね」
ひよりが家族に語りかけるような優しいトーンで合図を出す。
その瞬間、緑の残光が爆ぜた。
「ガウッ……!?」
ダークウルフたちが悲鳴を上げる暇さえなかった。
進化したゴブリン――フウの鋭い爪が、目にも止らぬ速度で闇を裂く。
一瞬前まで自分たちを追い詰めていたウルフたちの喉元が、まるで熟した果実のように次々と掻き切られていく。
溢れた数頭が、最後の抵抗とばかりに探索者たちへ飛びかかろうとしたが、その前には黒鉄の壁が立ちはだかった。
「オオォッ!!」
ライの剛腕が空を薙ぐ。
正面からぶつかったウルフは、まるでダンプカーに撥ねられたかのように、グシャリと嫌な音を立てて壁に叩きつけられた。
数分前までパーティを死の淵に追い込んでいた魔物たちが、文字通り「掃除」されていく。
茫然自失の探索者たちの前に、ひよりがゆっくりと歩み寄った。
「怪我、ないですか? 間に合ってよかった。盾、ボロボロですね」
ひよりは、腰が抜けて座り込んだリーダーの前に立ち、屈託のない笑顔で手を差し伸べた。
だが、リーダーはその手を取ることができなかった。
少年の背後では、返り血一つ浴びていないフウと、鼻息一つ乱さないライが、まるで行儀の良い死神のように控えている。その異様な光景に、本能が警鐘を鳴らしていた。
その時、まだ息のあった一頭のダークウルフが、恐怖に狂ってひよりの背後から牙を剥いた。
「危な――!」
リーダーの叫びを遮るように、ひよりがふっと、その瞳を冷たく細める。
「……静かに。みんなを怖がらせちゃ、ダメだよ」
【スキル:威圧 Lv.4 発動】
ドォンッ!!
物理的な衝撃波さえ伴うような重圧が、3層の空間を支配した。
サンダーボルトの面々は、まるで見えない巨大な手に地面へ押し付けられたかのような錯覚に陥り、呼吸を忘れた。
「ヒィン……ッ」
飛びかかろうとしたウルフは、空中でその圧に叩き落とされ、魔物としての矜持を一切失って、その場に突っ伏して震えることしかできない。
ひよりは一歩踏み出し、怯える魔物たちの頭上に、慈しむように手をかざした。
「――【かつあげ】」
光が収まった時、魔物たちは消滅したわけではなく、ただ「魂」を抜かれた抜け殻のように力なくその場に崩れ落ちた。
かつあげスキルの真の機能――精神的屈服による魔素の強制徴収。
その経験値のすべてが、ひよりへと吸い込まれていく。
「よし、完了。……フウくん、ライくん、行こうか。次は5層あたりが騒がしいみたいだから」
ひよりは探索者たちに一度だけ丁寧な会釈をすると、嵐が去るように闇の中へと消えていった。
残された探索者たちは、数分の間、静まり返った闇の中でただ震えていた。
「……今のは、なんだ……? 夢じゃねえよな……?」
「リザードマンが逃げただと……? あのガキ、何を連れてやがるんだ……」
リーダーの手は、今も震えが止まらない。
助けられたはずなのに、心臓を鷲掴みにされたような底知れない恐怖が消えない。
「『フウくん』『ライくん』……。おい、忘れるなよ。あの名前……そしてあの笑顔だ」
あの少年の笑顔の裏側にある、底の見えない『何か』。
世田谷の探索者界隈や、掲示板で語られている「世紀末の子」の目撃となった。
………
世田谷ダンジョン攻略スレ Part3
612:名無しの探索者
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『サンダーボルト』が全滅しかけたところを、例の「世紀末の子」に遭遇した。
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あいつが現れた瞬間、あの狡猾でプライド高いリザードマン共が、戦いもせず背中向けて逃げ出したんだぞ。
取り巻きの魔物たちは、あいつの一言でウルフの群れを赤子扱いだ。
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リザードマンが逃げた……? あの3層のあいつらが?
どんな圧だよ。
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