【悲報】現代ダンジョン時代、俺の職業がLv.1チンピラ【詰み】

道雪ちゃん

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ひより、ダンジョンの今

 2025年4月。

 世田谷ダンジョンが出現してから7ヶ月。

 世界は驚異的な速度でこの異変を飲み込み、日常の一部として「探索者」という職業を組み込み始めていた。

 テレビをつければ最新の攻略情報が流れ、街角のショップには初心者向けのポーションが並ぶ。

 そんな変革の春、三上ひよりは大学の講義室にいた。

 教授の退屈な講義が子守歌のように響く中、進級したひよりは、ノートの端に現在の「ひより組」の布陣を書き出していた。

(……春休みの間に、だいぶ形になったよね)

 春休みの全てをダンジョン攻略とレベル上げに捧げた成果は、ひより自身も驚くほどだった。

 毎週欠かさず行った【招集】、そしてその派生効果である【昇格】。現在のひよりの影には、合計8名の『チンピラ』が潜んでいる。

 当初はスカジャン姿で野犬のように荒々しかった「Lv.1チンピラ」たちも、ひよりがMPを注ぎ込み、全員を一段階上の『チンピラ(兄貴分)』へと引き上げた。

 ノートに描かれた8個の点は、今やひよりの言葉一つで命を投げ出す準備ができている、精鋭の歩兵部隊だ。

(みんな、凄く強くなった。……でも、だからこそ油断しちゃいけないんだ)

 ひよりは自分の細い指先をじっと見つめる。

 『構成員』にランクアップしてからというもの、レベルアップに必要な経験値は一般の探索者と同じになった。

 だが、ひよりには【盃を交わす】や【招集】による特有のボーナスがあり、回収できる魔素の効率は他者を圧倒している。

 その結果、ステータスの伸びは劇的だった。

 特に耐久と敏捷の数値は、もはや同レベル帯の探索者が目を疑うような領域に達している。

 装備補正を含めたひよりのスペックは、前衛としても同レベルの「一般探索者」を遥かに凌駕していた。

 だが、ひよりは決して奢らない。

(赤城さんや龍崎さんは、もう11層の最前線にいるんだよね……)

 ネットの掲示板やSNS『Current』を見れば、世田谷のトップ層――「世田谷の剣姫」こと赤城凛たちは、すでにレベルは50台に到達し、攻略の熱狂の中にいる。

 日本の頂点、新宿を主戦場とする化け物に至っては、レベル70を超えているという噂さえある。

 そんな強者たちがひしめく世界で、ひよりが主戦場に選んだのは5層(推奨レベル25)だった。

 実力的にはもっと深くへ行ける。

 だが、ひよりは「自分一人ならまだしも、仲間を一人も死なせたくない」という一点において、徹底的に安全圏での周回を選んでいた。

 数に頼らず、スキルに奢らず、石橋を叩いて壊すほどの慎重さ。

 それが、ひよりの「ボスの在り方」だった。

「……三上、さっきから何書いてるんだ? ずっとニヤニヤして」

 不意に横から声をかけられ、ひよりは肩を跳ねさせた。

 隣の席の友人が、不思議そうにひよりのノートを覗き込もうとしている。

「えっ、あ、ううん! なんでもないよ、ちょっと昨日の……ドラマの感想を思い出してて」

 慌ててノートを閉じ、胸に抱え込む。

 友人は「変な奴だな」と笑いながらも、「最近の三上、なんか雰囲気変わったよな。なんていうか、凄みっていうか、芯が通った感じ?」と続けた。

 ひよりはその言葉に苦笑いするしかなかった。

 まさか、自分の影の中に8人のいかつい男たちと、二頭の進化ゴブリンが潜んでいるなどと言えるはずがない。

 その瞬間、足元の影がわずかに揺れた気がした。

 影の中にいる部下たちが、自分たちを「仲間」として、そして「死なせたくない大事な存在」として想ってくれるボスの優しさに、感極まって震えていたのかもしれない。

 あるいは、その「凄み」という言葉に、影の中の全員が満足げに頷いたのかもしれない。


………


 講義が終わると、ひよりは飛ぶように大学を後にした。

 夕暮れに染まる世田谷の街。

 雑踏の中でひよりは「穏やかな大学生」の仮面を脱ぎ捨て、黒い防刃スーツの襟を正す。

 周囲の人々が、ふと足を止めて振り返るほどの可愛さ。

 けれど静かな覇気がその背中から漏れ出していた。

 ダンジョン1層。

 人影のない静寂の中で、ひよりは深く息を吸い込み、影を解放した。

「よし。……みんな、行こうか」

 溢れ出す濃密な魔素と共に、影から8人の屈強な男たちが、そして側近であるフウとライが、寸分の狂いもなく整列する。


「「「「「「「「お疲れ様です、ボス!!!!」」」」」」」」

 地下空間を激しく揺らす、轟音のような挨拶。

 ひよりは少しだけ頬を赤らめ、照れくさそうに、だが主としての確かな慈愛を持って頷いた。

「うん。……今日も、誰も怪我しないで帰ろうね。それじゃ、5層へ向かおう」

 敏捷176という驚異的なスピード。運66という、幸運さえも支配下に置く数値。

 そして、命を賭して道を切り拓く8人の盾。

「ひより組」が、今日も5層の魔物たちを蹂躙するために動き出した。
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