【悲報】現代ダンジョン時代、俺の職業がLv.1チンピラ【詰み】

道雪ちゃん

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神楽坂の受付嬢、妃那と至宝の邂逅

毎日、毎日、毎日、毎日。

 西川妃那は、カウンターの奥で死んだ魚のような目をしながら、ロビーの光景を眺めていた。

(……なんなの、この溜まり場は)

 神楽坂ダンジョンのロビーは、活気という言葉が絶滅した空間だった。

 初心者はまだいい。目をキラキラさせて質問に来る姿は微笑ましい。

 問題は、ロビーを占拠してスマホを弄り、ダラダラと談笑している連中だ。

 やっと重い腰を上げて受付に来たかと思えば、何をするでもなく「あー、やっぱり今日はいいわ」と帰っていく。ここは無料の休憩所じゃない。

 妃那はダンジョンが好きだった。

 世田谷で受付嬢をしている姉・那奈に憧れ、この仕事に就いた。

 百傑。

 レベル60を越えるとされるトップ中のトップの探索者の名称。

 現在日本では60名おり、ネットから作られた名称は今や公式となった。

 誰が百傑入りするかを競うように攻略している。

 妃那はそんな百傑を相手に仕事ができると、思いを馳せていた。

 だが、配属された神楽坂は「新宿から溢れた者」の掃き溜め。

 踏破階層はわずか6層。

 やる気のある者はさっさと他へ移り、残るのは向上心のない「ゆるキャラ」探索者ばかり。

『妃那、そっちはどう? 世田谷にはね、すごく可愛くて頑張り屋さんな子がいるのよ。世田谷の至宝って呼ばれてるんだけど……』

 昨夜の姉との電話を思い出す。

 姉は楽しげに「三上くん」の話をしていた。自分の環境が惨めになるのが嫌で聞き流していたが、確か「なんとか組のボス」だの物騒なことも言っていた気がする。

(可愛い子がボスなんて、あるわけないでしょ……お姉ちゃん、天然なんだから……)

 溜息をついた、その時だった。

 自動ドアが開き、一人の人物が入ってきた。

(……あ。見たことない子。また初心者……えっ、可愛い)

 一瞬、女の子かと見紛うような、中性的で整った顔立ち。

 スレた探索者たちとは違う、清潔感と穏やかなオーラ。

 どうせこの子もすぐ新宿へ行ってしまうんだろう――そう思いながら、妃那はプロの顔を作って声をかけた。

「いらっしゃいませ。本日は初入場ですか?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 その青年は、控えめに笑って探索者カードを提示した。

 妃那は何気なく、そのカードをカードリーダーに滑らせる。

 ――その直後だった。

「え……っ、な、なに……!?」

 表示された文字を見て、妃那の心臓が跳ね上がった。

[氏名:三上 ひより]
[レベル:44]
[職業:幹部構成員]

「よ、よんじゅう……よん……!?」

 声が震えた。神楽坂のリーダー格ですらLv.30。目の前にいる「可愛い子」は、ここでは絶対にお目にかかれない程の強者だった。

 そして、耳を疑うような禍々しい職業名。

「あ、あの……三上、さん……? この数値、何かの間違いじゃ……」

 ん、三上……ひより? 三上……??

 聞き覚えのある名前に、物騒な職業。頭の中がこんがらがり、言葉が出てこない。

「あの……、 そろそろいいですか??」
「あ……っ!」

 その声で現実に引き戻された。急いでカードを返し、お決まりの、けれど最近は適当になってしまっていた言葉をかける。

 久しぶりに、心からの感情を込めて。

「気をつけて! 無事戻ってきてくださいね!」
「ありがとうございます」

 ひよりは丁寧に、最高の笑顔で返してくれた。その姿に見惚れそうになりながら、妃那は思わず声をかけていた。

「あっ、あの! もしかして、普段は世田谷ダンジョンにいらっしゃいますか?」
「はい! 昨日家族でこの街を散策したんですが、その時にこのダンジョンを見つけたので来ちゃいました」
「そうですか……あの、受付をしている西川那奈という者をご存知ですか?」
「西川さんなら知ってますよ! デビューの頃からお世話になってる、俺のお姉ちゃんみたいに思ってる人です」

 あ、やっぱり。この人が姉さんの言っていた「世田谷の至宝」だ。

「私、西川妃那と申します。いつも姉がお世話になっています」
「あっ! だからプレートに西川……妹さんでしたか! そんな方の前でお姉ちゃんみたいだなんて、すみません」
「いえいえ、姉も喜ぶと思います。昨日も三上さんのことを自慢してましたよ」
「えへへ、それは嬉しいな。お姉さんによろしくお伝えください。それじゃあ行ってきます!」

 確かに、よく見れば違和感はあった。

 ダンジョンには似合わないスーツ姿。女性のような見た目。そして「幹部構成員」という職業。


 姉の言っていた「組のボス」という言葉が、ようやくすとんと腑に落ちた。

 笑顔で立ち去る彼の後ろ姿を、妃那はぼーっと眺めていた。

 死んでいた彼女の瞳に、ほんの少しだけ、熱い光が戻っていた。


.........


 ゲートを潜り、神楽坂ダンジョンの第一層に足を踏み入れた三上ひよりは、まずは周囲に誰もいないことを確認してから、自身の影に向かって静かに意識を向けた。

「みんな、お待たせ。……出ておいで」

 ひよりが指を鳴らすと、漆黒の影が床一面に広がり、そこから涼、ライくん、フウくん、そして19名の「影の軍団」が音もなく這い出してきた。

世田谷を揺るがす軍勢が、初心者用ダンジョンである神楽坂に揃い踏みする。

「ボス、ご命令を」

 涼が恭しく頭を下げる。

「うん。世田谷と同じように、二つのチームに分かれて探索しようか。僕はライくんのAチームと行くね。涼が指揮官でフウくんとBチームをお願い。……ここは初めての場所だから、みんな丁寧に探索してね」
「御意」

 「丁寧」という主の言葉を、軍団は「一匹残らず、塵一つ残さず殲滅せよ」と脳内変換し、二手に分かれて進軍を開始した。

 神楽坂の一層は、ゴブリンやスライムが徘徊する長閑なフロアだ。

 ひよりたちが歩いていると、前方に数人の探索者グループが見えた。装備からして、まだ登録したばかりの初心者だろう。

(あ、探索者の人たちだ。挨拶しなきゃ)

 ひよりはニコニコと愛想よく「こんにちはー」と笑顔で、その横を通り過ぎた。

 その後ろを、殺気を微塵も隠せていない集団と岩のような巨躯の見たこともないモンスターが軍隊のような足取りで続いていく。

「………………」

 初心者たちは、石像のように固まっていた。誰一人として声を出さず、瞬きすら忘れ、通り過ぎていく異形の集団をただぼーっと眺めている。

(……あれ? みんな動かない。魔物が来たら危ないのに……心配だなぁ)

 そんなひよりの懸念を余所に、探索は「丁寧」に、確実に進んだ。

 A・B両チームが通った後は、更地へと変わる。

 1層のフロアボスを一撃で葬り、2層、3層、4層……。

 世田谷で鍛え上げられた彼らにとって、6層までの道のりは散歩ですらなかった。

 ――そして数時間後。

 予定の時間になったため、ひよりは軍団を再び影の中へと戻し、一人で受付へと戻ってきた。

 カウンターには、先ほど挨拶を交わした西川妃那が、期待と不安の混じった表情で待っていた。

「三上さん! おかえりなさい!」
「ただいま戻りました、西川さん」
「……で、今日はどんな感じでしたか? うちのダンジョン、気に入ってもらえるといいんだけど……」

 妃那は祈るような気持ちで問いかけた。ひよりは少し申し訳なさそうに、眉を下げて言う。

「はい、楽しかったです。……ただ、さっき一層にいた初心者の人たちが、道端でぼーっとしてましたけど、大丈夫なんですか? 危ないと思うんですけど……」
「えっ、あ、はい! 大丈夫です! 次から受付するときに、私からしっかり注意喚起しておきますので! ……それで、ええと、今日はどこまで行かれたんですか?」
「今日はゆっくり7層まで行って、フロアボスを倒して帰ってきましたよ! やっぱりダンジョン毎に色々違うから楽しいですね」

 ひよりの言葉に、妃那の時間が止まった。
「えっ……ゆっくり……7層? 7層、ですか……?」
「はい」
「……な、7層!?!? あの、三上さん、うちの踏破階層、今まで6層だったんです……。今、記録が更新されました。……神楽坂の歴史が動いちゃいました……」
「えっ、なんか勝手に進んじゃってごめんなさい……」

 縮こまるひよりに、妃那は首を大きく横に振った。

「いやいや! この日を待ってたんです!! 私……こんなに嬉しいこと、ありません! ……あの、三上さん。ちなみに……次は、いつ来てくれますか? ……もう、来ないなんてことは……」

 不安そうに上目遣いで尋ねる彼女に、ひよりは優しく微笑んだ。

「明日も来ますよ。……西川さんって呼ぶとお姉さんと一緒になっちゃうから、妃那さん、でいいですか? 妃那さんも優しくて嬉しいですし、この街もダンジョンも気に入ったので」

 その瞬間、妃那の目から大粒の涙が溢れ出した。

 毎日、死んだ魚のような目で、やる気のない探索者を眺めていた日々。

 姉への憧れと、現実の落差に泣きそうになっていた心。

 それが、目の前の青年の一言ですべて報われた。

「……っ、ありがとうございます……。今日ほど、この仕事に就いて良かったと思った日はありません。……メインは世田谷かもしれませんが、末永く、この神楽坂ダンジョンもよろしくお願いします……!」

「はい! その際は妃那さん、よろしくお願いします。……じゃあ、また明日!」

 軽やかな足取りで出口へと向かうひよりの背中を見送りながら、妃那は何度も涙を拭った。

 ひよりは思う。妃那さんのような人がいれば、このダンジョンもきっとすぐに活気が出るだろうな、と。

(明日も、楽しみだ)

 夕暮れの神楽坂。石畳を踏むひよりの心は、家族と食べたあのお団子のように、とても甘く温かかった。
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