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謝罪
神楽坂ダンジョンの入口のロビーは、朝から奇妙な緊張感に包まれていた。
普段なら攻略へと急ぐ探索者たちが、足を止めてロビーの片隅に視線を送っている。
そこには、神楽坂の攻略最前線を走るトップ探索者、三上ひよりと、昨日の爆音の主である白鷺透の姿があった。
ひよりは、昨夜のスレッドで宣言した通り、今日は攻略装備を一切身につけていない。
白のシャツに黒のパンツという、探索者というよりはどこか育ちの良い学生のような出で立ちだ。
隣に立つ透も、昨日の興奮が嘘のように消え失せ、俯いて自身の指先を見つめていた。
「ひよりん、本当にごめん……」
「ああもういいよ。大丈夫だから。ただ俺たちのミスで怖い思いをさせた人がいるんだ。直接謝って、安心してもらいたいからね」
ひよりの決意は固かった。
そこへ、ロビーの自動ドアが開き、一組の男女が入ってきた。
昨日のスレッドで激しく噛みついていた、あの新人探索者の青年だ。
隣には、まだどこか怯えた表情を見せる小柄な少女――彼女が、青年の服の裾をぎゅっと掴んで寄り添っている。
青年はロビーの中央に立つひよりを見つけると、一瞬たじろいだが、すぐに顔を強張らせて歩み寄ってきた。
「おい……本当にいたのか。掲示板の書き込み、偽物じゃなかったんだな」
ひよりは即座に、周囲が驚くほどの速度で深々と頭を下げた。
横にいた透も、直角に近い角度でそれにならう。
「昨日は、本当に申し訳ありませんでした」
ひよりの通る声が、静まり返ったロビーに響く。
「俺が周囲の確認をしたにもかかわらず、閉鎖空間での音響や衝撃波への配慮が欠けていました。あなたたちがどれほど怖い思いをしたか、後になって気づきました。……本当に、ごめんなさい」
あまりに真っ直ぐな謝罪に、詰め寄ろうとしていた青年の言葉が詰まった。
「……あ、いや……。俺はともかく、こいつが……。昨日からずっと、ダンジョンに行くのが怖いって震えてて……」
ひよりは顔を上げ、青年の隣で震える少女の目線に合わせて、少し腰を落とした。
「怖い思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。あれは防げた事故だったんです。私たちももっと早くに気づいていれば……。……約束します。もう二度と、低層で、あんな音は鳴らさない。神楽坂の空気を乱すようなことはしません」
ひよりの瞳には、一切の嘘も、トップ探索者としての慢心もなかった。
ただ純粋に、一人の探索者がもう一人の探索者の心を折ってしまったことへの、深い悔恨だけがそこにあった。
「それに」と、ひよりは優しく話し始めた。 「あなたの彼氏さんは、すごく立派でした。掲示板であなたのために立ち向かってまで、あなたのことを守ろうとしたんです。そんな素敵なパートナーがいるなら、ダンジョンはきっと大丈夫です。少しずつ、慣れていけば大丈夫です」
少女は、ひよりの穏やかな声と、嘘のない笑顔に触れ、少しずつ強張っていた肩の力を抜いていった。
「……三上さん……わざと、じゃなかったんですか?」
「もちろん。私たちも、自分たちの出す音にびっくりしちゃったくらいで」
ここで、ずっと沈黙を守っていた透が、消え入りそうな声で口を開いた。
「……私が、愚かだった。新しい武器のデータに目が眩んで、周囲に人がいるという当たり前のことを忘れていた。ひよりんに……ボスに、こんな風に頭を下げさせてしまったことも、私の責任だ。……本当に、申し訳ない」
透の目には、うっすらと涙が溜まっていた。昨日の「撃ちたがり」な姿とは正反対の、責任に打ちひしがれた少女の姿。
それを見た青年は、大きくため息をつき、頭を掻いた。
「……もういいよ。そこまでされたら、こっちもこれ以上言えねぇわ。……正直、もっと高圧的に追い返されると思ってたんだよ。トップ探索者様がロビーで謝るなんて、普通ありえねぇだろ」
「俺にとっては、攻略よりも家族や仲間の信頼の方が大事ですから」
ひよりが立ち上がる。
「もし、また神楽坂で困ったことがあったら、俺のことは嫌いかもしれませんが、周りの探索者を頼ってください。絶対に力になってくれます。……謝罪の代わりにはならないかもしれないけど、あなたたちが安心して探索できるまで、俺たちができる限りのサポートはさせていただきます」
青年は、確かな「強者」の言葉の厚みに、ひよりが「調子に乗ったボンボン」などではないことを肌で理解した。
「お前、本当にいい奴なんだな。……掲示板であんなこと書いて悪かったよ」
「いやいや。それだけ彼女を大事に思ってるという証拠です。かっこいいですよ」
周囲で見ていた探索者たちからも、安堵の溜息と、ひよりの誠実さを称える声が漏れ聞こえてくる。
その様子を遠くから見守っていた妃那は、指で目尻を拭いながら、手元の端末に記録を打ち込んでいた。
「もう……本当に、三上さんは損な役回りばかり引き受けて……」
そう呟く彼女の表情は、どこまでも誇らしげで、そして少しだけ恋する乙女の顔をしていた。
その後、ひよりと透はロビーにいた他の探索者たちにも、一人一人丁寧に謝罪して回った。
攻略スピードを落としてまで誠意を見せるその姿は、神楽坂ダンジョンにおける「三上ひより」の評価を、単なる「強い探索者」から、誰もが信頼を寄せる「真のリーダー」へと押し上げていくことになった。
沈む夕陽がロビーに差し込む頃、ようやくすべての謝罪を終えた二人は、疲労困憊の様子でベンチに座り込んだ。
「……ひよりん、ありがとう。私のせいで、一日潰させちゃった」
「いいよ。これでまた、明日から気持ちよく11層に挑めるだろ?」
ひよりが笑いかけると、透もようやく、少しだけ穏やかな笑みを返した。
神楽坂の街並みは、今日も変わらず温かく、二人を迎え入れていた。
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隣に立つ透も、昨日の興奮が嘘のように消え失せ、俯いて自身の指先を見つめていた。
「ひよりん、本当にごめん……」
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ひよりの決意は固かった。
そこへ、ロビーの自動ドアが開き、一組の男女が入ってきた。
昨日のスレッドで激しく噛みついていた、あの新人探索者の青年だ。
隣には、まだどこか怯えた表情を見せる小柄な少女――彼女が、青年の服の裾をぎゅっと掴んで寄り添っている。
青年はロビーの中央に立つひよりを見つけると、一瞬たじろいだが、すぐに顔を強張らせて歩み寄ってきた。
「おい……本当にいたのか。掲示板の書き込み、偽物じゃなかったんだな」
ひよりは即座に、周囲が驚くほどの速度で深々と頭を下げた。
横にいた透も、直角に近い角度でそれにならう。
「昨日は、本当に申し訳ありませんでした」
ひよりの通る声が、静まり返ったロビーに響く。
「俺が周囲の確認をしたにもかかわらず、閉鎖空間での音響や衝撃波への配慮が欠けていました。あなたたちがどれほど怖い思いをしたか、後になって気づきました。……本当に、ごめんなさい」
あまりに真っ直ぐな謝罪に、詰め寄ろうとしていた青年の言葉が詰まった。
「……あ、いや……。俺はともかく、こいつが……。昨日からずっと、ダンジョンに行くのが怖いって震えてて……」
ひよりは顔を上げ、青年の隣で震える少女の目線に合わせて、少し腰を落とした。
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ただ純粋に、一人の探索者がもう一人の探索者の心を折ってしまったことへの、深い悔恨だけがそこにあった。
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少女は、ひよりの穏やかな声と、嘘のない笑顔に触れ、少しずつ強張っていた肩の力を抜いていった。
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「もちろん。私たちも、自分たちの出す音にびっくりしちゃったくらいで」
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それを見た青年は、大きくため息をつき、頭を掻いた。
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青年は、確かな「強者」の言葉の厚みに、ひよりが「調子に乗ったボンボン」などではないことを肌で理解した。
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