83 / 115
死神の行軍、世田谷を呑む
夏休みが明け、9月中旬。
大学生としての日常が戻ってきたひよりだったが、その生活は以前とは劇的に変わっていた。
拠点を神楽坂に移したことで、色々と利便性は向上したものの、私生活における「参謀」透の管理は、以前にも増して徹底されていた。
「ひよりん、攻略は基本的に週末に限定しよう」
拠点の広いリビングで、透は厳格な顔でタブレットを叩きながら言った。
「えっ、でも大学が早く終わる日もあるし、平日も少しは……」
「ダメだよ。ご両親に『学生としての本業をサポートする』と約束した手前、君を中退させるわけにはいかない。卒業は絶対条件だ。平日の攻略は、私の許可が降りた特例の時だけ。いいかい?」
透の瞳には、かつての「単なる協力者」以上の、姉のような、あるいは厳しい保護者のような強い責任感が宿っていた。
三上家と交流し、ひよりの「家族」に触れたことで、彼女の中で「ひよりを真っ当に卒業させる」ことが、組織の勝利と同じくらい重要な任務に進化していたのだ。
「……わかったよ、名参謀。卒業、頑張るよ」
苦笑いしながらも、ひよりはその厳しさに含まれた愛情を嬉しく感じていた。
そして、待ちに待った最初の週末。
透がニヤリと、何かを企む時の「悪い笑顔」を浮かべてひよりを呼び出した。
「さて、以前話したサプライズを覚えているかい? 決行の時は今だ」
「サプライズ……あぁ、みんなに喜んでもらうっていう?」
「そうだね。ただ、喜ばせるのは『身内』だけでいい。ひよりん、君は世田谷では未だに『まぐれのチンピラ』だの、顔だけがいい『マスコット』だの、一部の心無い連中にバカにされているだろう?」
ひよりは神妙な顔で頷いた。
「……そうだね。掲示板でも、嘘つきって言ってる人もまだいるみたいだし」
「ひより組は今や、世田谷ダンジョンの二番手に位置する一大勢力だ。そこでだ……いつもの『可愛いひよりん』じゃなく、圧倒的な『かっこいいひよりん』を演出して、そいつらの喉元に突きつけてやろうじゃないか。任侠映画の主役みたいにさ。どうだい、そろそろ世間に君の『真の姿』を見せてやるのは?」
「可愛いって……また……。でも、そうだね。俺もやる時はやるんだってところ、見せてやりたい! みんな、びっくりするかな?」
「ああ、腰を抜かすだろうね。ライとフウを出すのは流石にオーバースペックすぎるから控えるけど……。ひよりんの後ろに私と副官。その背後に整列する100名の構成員たち。想像してごらん、圧巻だよ」
ひよりの瞳に、決意の灯が宿った。
「よし……やってみよう!」
………
世田谷ダンジョン、エントランスへと続く広大な屋外アプローチ。
土曜日の午前中ということもあり、広場にはこれからダンジョンへ向かう探索者や、それを見送る人々、そして屋台を冷やかす一般客でごった返していた。
だが、その喧騒はある一角から波及した静寂によって、一瞬にして凍りついた。
広場の入り口から、三人の人影が歩いてくる。
先頭に立つのは、小柄ながらも圧倒的なオーラを放つ少年、ひより。
右後ろに、冷徹な美貌を湛えた透。
左後ろに、鍛えられた体躯から覇気を漏らす涼。
「……おい、あれ。世田谷から消えた『三上』じゃないか?」
「なんだ、また来たのか? 相変わらず女みたいなツラして……」
アンチたちがニヤニヤと嘲笑の声を上げようとした、その時だった。
「みんな、出ておいで」
ひよりの静かな声が響く。
次の瞬間、「影」が不自然に蠢き、そこから漆黒のスーツに身を包んだ男たちが、次々と這い出してきた。
1人、2人……10人、20人。
それは止まることなく溢れ出し、やがて広場の中央を埋め尽くすほどの黒い波となった。
「な、なんだこれ……!?」
「黒スーツの軍団……百人以上いるぞ!? 全部三上の召喚体なのか!?」
整然と列をなす100名の構成員たち。
武器は持たず、ただ真っ直ぐに、前を行くボスの背中を見守っている。
威圧スキルは使っていない。
だが「100人の屈強な男たちが一人の少年に絶対の忠誠を誓い、一糸乱れぬ動きで追従する」という光景そのものが、暴力的なまでの圧力を放っていた。
透が進み出て、軍団に告げる。
「みんな、ボスの威光を示す時だ。威嚇は不要。ただ堂々と、ボスの後を歩みなさい。わかった?」
「「「「「ハイッ!!!」」」」」
100人の野太い咆哮が広場に反響し、建物の窓ガラスを震わせた。
一般人は悲鳴を飲み込み、探索者たちはあまりの威容に言葉を失い、逃げるように左右へ道を開ける。
「涼兄、頼んだよ」
透が小声で笑う。
「おう、お前もかましてやれ」
涼が不敵に答え、ひよりの背後をガッチリと固めた。
ひよりは、かつて自分を嘲笑った者たちの戦慄した視線を正面から受け止め、堂々と一歩を踏み出した。
「よし、いこうか」
ひよりを先頭に、103名の軍団が支所の建物へと向かって行進を開始する。
それはもはや一探索者パーティの再訪ではない。
世田谷の常識を塗り替え、この地に「王」の帰還を告げる、漆黒の進撃だった。
………
世田谷ダンジョン。そのドアの前に、103名の黒い影が静止していた。
「みんな。言葉はいらない。威嚇じゃないよ……姿勢でわからせるんだ。わかった?」
透の冷徹な号令に、背後の100名が呼応する。
「「「「「ハイッ」」」」」
地鳴りのような返答。
それはもはや、一つの巨大な生き物の咆哮だった。
ひよりは、かつてネットや映像で勉強した「組長のハク」を必死に思い出していた。
(……えっと、背筋を伸ばして、視線は動かさず、落ち着いて……こうかな)
「……いくよ」
ひよりの一歩。それに続く102名の足音。
ドアが開いた瞬間、世田谷ダンジョンのロビーに「異界」が流れ込んだ。
「……な、なんなんだよ、こいつら……」
「三上……? あのチンピラ職の……? 嘘だろ、どこがチンピラだよ、本物じゃねぇか!」
先程まで談笑していた探索者たちが、一瞬で顔を強張らせ、壁際へと飛び退く。
100名の構成員が放つ、一糸乱れぬ規律と、暴力的なまでのレベル差から来るプレッシャー。
それは「威圧」スキルを使わずとも、凡庸な探索者を屈服させるには十分すぎる覇気だった。
受付カウンターへ向かう中央通路。
ひよりは、端の方で震えながら固まっている女性の姿を見つけた。
「透。あそこに佐藤さんがいるよ」
「ああ、ひよりんの免許を担当した『恩人』だね。挨拶くらいしていかないと失礼だ」
透の言葉に、涼が口角を吊り上げる。
103名の視線が一斉に、一人の公務員へと突き刺さった。
「ヒッ……、ア……」
佐藤は声を漏らし、膝をガクガクと震わせた。
かつて自分が「外れ職だ」と嘲笑った少年が、今は100の死神を従えた「王」として目の前に立っている。
「佐藤さん、お久しぶりです。覚えてますか? あなたに免許を担当してもらった、三上です。……わかりますか?」
ひよりが首を傾げて微笑む。
その瞬間、背後の100名の圧が、物理的な衝撃波となって佐藤を襲った。
「は、はい……お、おぼえて、おります……」
「そうですよね。チンピラなんて変なジョブでしたから、佐藤さんも笑ってましたもんね」
ひよりの言葉に、涼と透の瞳から温度が消えた。
背後の構成員たちから放たれる殺気が膨れ上がり、ロビーの空気がミシミシと軋む。
佐藤はもはや立っていられず、壁にもたれかかって崩れ落ちた。
「でもこうして、家族に恵まれて、なんとか探索者を続けられてます。これからも頑張りますから……見ててくださいね?」
「は、はいっ……!」
涙をこらえながら絞り出した、情けない返事。
(だめだ、殺される。三上はバケモノだ。こんなの見たことない、早く……ここから逃げたい!)
佐藤の本能が、警鐘を乱打していた。
「じゃあ、みんな行こうか。佐藤さん、またお会いしましょう」
ひよりが再び歩き出す。だが、数歩進んで、ふと思い出したように足を止めた。
「あ、そうだ。佐藤さん。……色々と、探索者の皆さんに俺の話をされていると聞きましたけど。……あんまり、つまらないこと言わないでくださいね?」
ひよりが、小首をかしげて佐藤を見つめる。
その無垢な瞳に宿った、底知れない冷たさ。
佐藤はひよりが背を向けた瞬間、文字通り脱兎のごとく、ロビーの出口へと駆け出していた。プライドも職務も捨て、ただ「この怪物の前から消えたい」という一心で。
………
騒然とするロビーを横切り、ひよりは馴染みの受付嬢、那奈の前へ立った。
「那奈さん、こんにちは。……びっくりさせちゃいましたよね。ごめんなさい」
那奈は目を丸くしていたが、やがてふっと顔をほころばせた。
「……本当にびっくりしたよ! でも、いつもと違う三上くんが見れて、なんだか安心しちゃった」
「え?」
「私だって、ずっと悔しかったのよ。三上くんがどれだけ努力してるか知ってるから……あることないこと言う連中に、受付として何も言えない自分が、ずっと……」
那奈の瞳に、少しだけ涙が浮かぶ。ひよりは胸が締め付けられる思いだった。
「ごめんなさい……もっと早く、こうしておけばよかった。俺のために悲しんでくれる人がこんなにいてくれたなんて、気づけなかったから」
「いいんだよ、ひよりん」
透が優しく肩に手を置く。
「大事なのはこれからさ。実力で示していこう。君なら、その背中で示せるから」
「……うん。那奈さん、行ってきます!」
「ええ! 応援してるよ、三上くん!」
那奈の明るい声に見送られ、一行はダンジョンゲートへと向かう。
周囲の探索者たちは、もはや道を開けるどころか、地面に這いつくばるようにして彼らを見送っていた。
ひよりは、道すがら顔色の悪い一人の探索者の前で足を止めた。
その男は、かつて掲示板でひよりを叩いていたアンチの一人だ。
「なにかありました? 大丈夫ですか?」
「い、いえ……! なんでもありません! 申し訳ありませんでしたっ!!」
探索者は、ひよりの純粋な心配の言葉に、恐怖で心臓が止まりそうになりながら叫んだ。
「そうですか。では」
ひよりがゲートを潜り、その後ろを102名が飲み込まれるように消えていく。
最後にゲートが閉じた時、ロビーには、ただ腰を抜かして動けない探索者たちと、ひよりが残した圧倒的な余韻だけが漂っていた。
世田谷は、今、黒に塗り替えられたのだ。
大学生としての日常が戻ってきたひよりだったが、その生活は以前とは劇的に変わっていた。
拠点を神楽坂に移したことで、色々と利便性は向上したものの、私生活における「参謀」透の管理は、以前にも増して徹底されていた。
「ひよりん、攻略は基本的に週末に限定しよう」
拠点の広いリビングで、透は厳格な顔でタブレットを叩きながら言った。
「えっ、でも大学が早く終わる日もあるし、平日も少しは……」
「ダメだよ。ご両親に『学生としての本業をサポートする』と約束した手前、君を中退させるわけにはいかない。卒業は絶対条件だ。平日の攻略は、私の許可が降りた特例の時だけ。いいかい?」
透の瞳には、かつての「単なる協力者」以上の、姉のような、あるいは厳しい保護者のような強い責任感が宿っていた。
三上家と交流し、ひよりの「家族」に触れたことで、彼女の中で「ひよりを真っ当に卒業させる」ことが、組織の勝利と同じくらい重要な任務に進化していたのだ。
「……わかったよ、名参謀。卒業、頑張るよ」
苦笑いしながらも、ひよりはその厳しさに含まれた愛情を嬉しく感じていた。
そして、待ちに待った最初の週末。
透がニヤリと、何かを企む時の「悪い笑顔」を浮かべてひよりを呼び出した。
「さて、以前話したサプライズを覚えているかい? 決行の時は今だ」
「サプライズ……あぁ、みんなに喜んでもらうっていう?」
「そうだね。ただ、喜ばせるのは『身内』だけでいい。ひよりん、君は世田谷では未だに『まぐれのチンピラ』だの、顔だけがいい『マスコット』だの、一部の心無い連中にバカにされているだろう?」
ひよりは神妙な顔で頷いた。
「……そうだね。掲示板でも、嘘つきって言ってる人もまだいるみたいだし」
「ひより組は今や、世田谷ダンジョンの二番手に位置する一大勢力だ。そこでだ……いつもの『可愛いひよりん』じゃなく、圧倒的な『かっこいいひよりん』を演出して、そいつらの喉元に突きつけてやろうじゃないか。任侠映画の主役みたいにさ。どうだい、そろそろ世間に君の『真の姿』を見せてやるのは?」
「可愛いって……また……。でも、そうだね。俺もやる時はやるんだってところ、見せてやりたい! みんな、びっくりするかな?」
「ああ、腰を抜かすだろうね。ライとフウを出すのは流石にオーバースペックすぎるから控えるけど……。ひよりんの後ろに私と副官。その背後に整列する100名の構成員たち。想像してごらん、圧巻だよ」
ひよりの瞳に、決意の灯が宿った。
「よし……やってみよう!」
………
世田谷ダンジョン、エントランスへと続く広大な屋外アプローチ。
土曜日の午前中ということもあり、広場にはこれからダンジョンへ向かう探索者や、それを見送る人々、そして屋台を冷やかす一般客でごった返していた。
だが、その喧騒はある一角から波及した静寂によって、一瞬にして凍りついた。
広場の入り口から、三人の人影が歩いてくる。
先頭に立つのは、小柄ながらも圧倒的なオーラを放つ少年、ひより。
右後ろに、冷徹な美貌を湛えた透。
左後ろに、鍛えられた体躯から覇気を漏らす涼。
「……おい、あれ。世田谷から消えた『三上』じゃないか?」
「なんだ、また来たのか? 相変わらず女みたいなツラして……」
アンチたちがニヤニヤと嘲笑の声を上げようとした、その時だった。
「みんな、出ておいで」
ひよりの静かな声が響く。
次の瞬間、「影」が不自然に蠢き、そこから漆黒のスーツに身を包んだ男たちが、次々と這い出してきた。
1人、2人……10人、20人。
それは止まることなく溢れ出し、やがて広場の中央を埋め尽くすほどの黒い波となった。
「な、なんだこれ……!?」
「黒スーツの軍団……百人以上いるぞ!? 全部三上の召喚体なのか!?」
整然と列をなす100名の構成員たち。
武器は持たず、ただ真っ直ぐに、前を行くボスの背中を見守っている。
威圧スキルは使っていない。
だが「100人の屈強な男たちが一人の少年に絶対の忠誠を誓い、一糸乱れぬ動きで追従する」という光景そのものが、暴力的なまでの圧力を放っていた。
透が進み出て、軍団に告げる。
「みんな、ボスの威光を示す時だ。威嚇は不要。ただ堂々と、ボスの後を歩みなさい。わかった?」
「「「「「ハイッ!!!」」」」」
100人の野太い咆哮が広場に反響し、建物の窓ガラスを震わせた。
一般人は悲鳴を飲み込み、探索者たちはあまりの威容に言葉を失い、逃げるように左右へ道を開ける。
「涼兄、頼んだよ」
透が小声で笑う。
「おう、お前もかましてやれ」
涼が不敵に答え、ひよりの背後をガッチリと固めた。
ひよりは、かつて自分を嘲笑った者たちの戦慄した視線を正面から受け止め、堂々と一歩を踏み出した。
「よし、いこうか」
ひよりを先頭に、103名の軍団が支所の建物へと向かって行進を開始する。
それはもはや一探索者パーティの再訪ではない。
世田谷の常識を塗り替え、この地に「王」の帰還を告げる、漆黒の進撃だった。
………
世田谷ダンジョン。そのドアの前に、103名の黒い影が静止していた。
「みんな。言葉はいらない。威嚇じゃないよ……姿勢でわからせるんだ。わかった?」
透の冷徹な号令に、背後の100名が呼応する。
「「「「「ハイッ」」」」」
地鳴りのような返答。
それはもはや、一つの巨大な生き物の咆哮だった。
ひよりは、かつてネットや映像で勉強した「組長のハク」を必死に思い出していた。
(……えっと、背筋を伸ばして、視線は動かさず、落ち着いて……こうかな)
「……いくよ」
ひよりの一歩。それに続く102名の足音。
ドアが開いた瞬間、世田谷ダンジョンのロビーに「異界」が流れ込んだ。
「……な、なんなんだよ、こいつら……」
「三上……? あのチンピラ職の……? 嘘だろ、どこがチンピラだよ、本物じゃねぇか!」
先程まで談笑していた探索者たちが、一瞬で顔を強張らせ、壁際へと飛び退く。
100名の構成員が放つ、一糸乱れぬ規律と、暴力的なまでのレベル差から来るプレッシャー。
それは「威圧」スキルを使わずとも、凡庸な探索者を屈服させるには十分すぎる覇気だった。
受付カウンターへ向かう中央通路。
ひよりは、端の方で震えながら固まっている女性の姿を見つけた。
「透。あそこに佐藤さんがいるよ」
「ああ、ひよりんの免許を担当した『恩人』だね。挨拶くらいしていかないと失礼だ」
透の言葉に、涼が口角を吊り上げる。
103名の視線が一斉に、一人の公務員へと突き刺さった。
「ヒッ……、ア……」
佐藤は声を漏らし、膝をガクガクと震わせた。
かつて自分が「外れ職だ」と嘲笑った少年が、今は100の死神を従えた「王」として目の前に立っている。
「佐藤さん、お久しぶりです。覚えてますか? あなたに免許を担当してもらった、三上です。……わかりますか?」
ひよりが首を傾げて微笑む。
その瞬間、背後の100名の圧が、物理的な衝撃波となって佐藤を襲った。
「は、はい……お、おぼえて、おります……」
「そうですよね。チンピラなんて変なジョブでしたから、佐藤さんも笑ってましたもんね」
ひよりの言葉に、涼と透の瞳から温度が消えた。
背後の構成員たちから放たれる殺気が膨れ上がり、ロビーの空気がミシミシと軋む。
佐藤はもはや立っていられず、壁にもたれかかって崩れ落ちた。
「でもこうして、家族に恵まれて、なんとか探索者を続けられてます。これからも頑張りますから……見ててくださいね?」
「は、はいっ……!」
涙をこらえながら絞り出した、情けない返事。
(だめだ、殺される。三上はバケモノだ。こんなの見たことない、早く……ここから逃げたい!)
佐藤の本能が、警鐘を乱打していた。
「じゃあ、みんな行こうか。佐藤さん、またお会いしましょう」
ひよりが再び歩き出す。だが、数歩進んで、ふと思い出したように足を止めた。
「あ、そうだ。佐藤さん。……色々と、探索者の皆さんに俺の話をされていると聞きましたけど。……あんまり、つまらないこと言わないでくださいね?」
ひよりが、小首をかしげて佐藤を見つめる。
その無垢な瞳に宿った、底知れない冷たさ。
佐藤はひよりが背を向けた瞬間、文字通り脱兎のごとく、ロビーの出口へと駆け出していた。プライドも職務も捨て、ただ「この怪物の前から消えたい」という一心で。
………
騒然とするロビーを横切り、ひよりは馴染みの受付嬢、那奈の前へ立った。
「那奈さん、こんにちは。……びっくりさせちゃいましたよね。ごめんなさい」
那奈は目を丸くしていたが、やがてふっと顔をほころばせた。
「……本当にびっくりしたよ! でも、いつもと違う三上くんが見れて、なんだか安心しちゃった」
「え?」
「私だって、ずっと悔しかったのよ。三上くんがどれだけ努力してるか知ってるから……あることないこと言う連中に、受付として何も言えない自分が、ずっと……」
那奈の瞳に、少しだけ涙が浮かぶ。ひよりは胸が締め付けられる思いだった。
「ごめんなさい……もっと早く、こうしておけばよかった。俺のために悲しんでくれる人がこんなにいてくれたなんて、気づけなかったから」
「いいんだよ、ひよりん」
透が優しく肩に手を置く。
「大事なのはこれからさ。実力で示していこう。君なら、その背中で示せるから」
「……うん。那奈さん、行ってきます!」
「ええ! 応援してるよ、三上くん!」
那奈の明るい声に見送られ、一行はダンジョンゲートへと向かう。
周囲の探索者たちは、もはや道を開けるどころか、地面に這いつくばるようにして彼らを見送っていた。
ひよりは、道すがら顔色の悪い一人の探索者の前で足を止めた。
その男は、かつて掲示板でひよりを叩いていたアンチの一人だ。
「なにかありました? 大丈夫ですか?」
「い、いえ……! なんでもありません! 申し訳ありませんでしたっ!!」
探索者は、ひよりの純粋な心配の言葉に、恐怖で心臓が止まりそうになりながら叫んだ。
「そうですか。では」
ひよりがゲートを潜り、その後ろを102名が飲み込まれるように消えていく。
最後にゲートが閉じた時、ロビーには、ただ腰を抜かして動けない探索者たちと、ひよりが残した圧倒的な余韻だけが漂っていた。
世田谷は、今、黒に塗り替えられたのだ。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日発売!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~
華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』
たったこの一言から、すべてが始まった。
ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。
そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。
それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。
ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。
スキルとは祝福か、呪いか……
ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!!
主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。
ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。
ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。
しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。
一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。
途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。
その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。
そして、世界存亡の危機。
全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した……
※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
現代ダンジョン奮闘記
だっち
ファンタジー
15年前に突如としてダンジョンが登場した現代の地球。
誰が何のために。
未だに解明されていないが、モンスターが落とす魔石はすべてのエネルギー源を代替できる物質だった。
しかも、ダンジョンでは痛みがあるが死なない。
金も稼げる危険な遊び場。それが一般市民が持っているダンジョンの認識だ。
そんな世界でバイトの代わりに何となくダンジョンに潜る一人の少年。
探索者人口4億人と言われているこの時代で、何を成していくのか。
少年の物語が始まる。