二次元の反乱

梅枝

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1章

第4話 二次元種の力

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 俺達は四足歩行に近い体勢で身を屈め、前進。草木を陰に音も隠し、慎重に進む。十数メートル先、俺達がいる場所より下った先の雑木林に奴がいた。

 胸元に赤いリボンを付けた紺色の制服。セミロングの黒髪に大きな瞳。

「いた。やっぱり制服姿の二次元種だ」

「制服姿の二次元種……! 「先輩」って呼んでるので――後輩の「こーちゃん」と呼びましょう!」

「敵にわざわざ親しみやすそうなあだ名を……もう、好きにしろ」

 どうやらまだ俺達には気づいていない様子。先輩こと俺を呼びながら辺りを見回している。乃蒼が声を抑えながら問う。

「ところで、先ほどのメイドさんもそうでしたが、あの二次元種さん達は言葉を一つしか言えないのでしょうか?」

 あぁ、と俺は頷く。

「あいつ等は、所謂「低クオリティ」な二次元種だ。さっきのメイドにしても、こーちゃん――制服姿のあいつにしろ、よく見ると欠陥がある。例えば……ほら、制服の袖の部分を見ろ。色の塗り忘れた所があるだろ? 袖端が白い。他にも関節の位置が微妙におかしい。さっきのメイドも足の細部が適当な描き込みだった」

 批評されているとはつゆほども知らない制服姿の二次元種。未だに辺りをキョロキョロと見回している。

「言われてみればたしかに……でもそれと喋れる言葉に何か関係が?」

「大ありだ。さっき説明したとおり、『クオリティ』が低いってことは、潜在能力が劣った二次元種ってことだ。知能も幾分か劣ってるんだろう。だから言葉が一つしか話せない」

「ふむふむ、なるほど!」

 乃蒼は感心するように頷いた。
 
 さきほど蒐集したメイドも然り。――だが、そんな劣っている二次元種ですら、俺を掃除用具で軽く吹き飛ばすほどの腕力はある。二次元種という存在そのものの潜在能力が三次元種とは桁外れだということだ。

 自らの非力さを再認識でき、躍起になっていた感情が幾分か冷めてきた。俺は今一度、現状把握のためにもう一人のパジャマ姿の幼女の容姿を思い出す。逃げるので必死だったため鮮明には覚えていないが、髪の一部が白かった。恐らく奴も低クオリティ。ならば、蒐集可能だろう。
 
 と、考え込んでいる内にこーちゃんがどこかに行ってしまいそうだ。(もう面倒だから「こーちゃん」と呼ぼう……)

 やはり手分けして探しているらしく、眼前にはこーちゃん一人。この機を逃す手はない。

「じゃあ、さっき言った通り、適当な絵を頼むぞ。今、俺の手元にあるのはさっきのクレヨンの剣一本とちょっとした小道具しかない。さっきのメイドとこーちゃんが同じくらいの強さなら、クレヨンの剣一本でなんとかなる。が、用心に越したことはない。俺が戦ってる間に、予備の武器の作成を頼んだぞ」

「え! そんなカツカツな状態だったんですか!? じ、じゃあ今すぐ描かないと……」

 慌てて紙と絵の具をリュックから取り出す乃蒼を尻目に、俺は敵に集中する。

 まずは状況整理。先ほどのメイドとは違い、まだこちらは見つかっていない。しかも単独。つまり、奇襲をかけるチャンスがある。先手必勝! 後ろから奇襲するなんて、また「絵面的に酷い」とか言われそうだが、そんなこと気にしてる場合じゃあない。

 俺は乃蒼にこの場で待つよう指示し、地面を這いながらこーちゃんに近づく。死角を狙っての移動。草木は揺れるが見つかる心配は無い。山を吹き抜ける小さな風が音をかき消してくれる。

 そして、順調に忍び寄ることができた。俺は草むらに紛れ、こーちゃんの背後、距離にしておよそ三メートルの所まで近づいていた。こーちゃんは依然として遠くにいるはずの俺を探している。後方のすぐ後ろには意識を向けていない。

 ――今だ。

 ゆっくりと中腰になり、呼吸を止め、腰のバインダーの留め金を外し、取り出す。剣のページを開き、いざ、抜刀――と、思った、瞬間。

「あ、お兄ちゃん、発見~~!」

 本日二度目の背筋も凍る萌えボイスに襲われた。氷水をかけられたかのように硬直した。

 幻聴か? と願うように思ったがどうやら違うらしい。

 背を向けていたこーちゃんもその声に反応し、急に振り向いた。感情の無いこーちゃんの笑顔は少しだけ驚いた様子だ。なにせ探していた獲物がすぐ後ろにいたのだから。こーちゃんと俺はばっちり目が合い、互いに不動。

 (何故? 誰が? 逃げねば! もう一人いる!?)

 どこでしくじったのか自問自答、俺の存在をバラした声の主の疑問、危機的状況への焦り――いくつもの思考が脳内で重なる。

 しかし、すぐさま思考を止め、現状把握を優先。俺は声の聞こえた方角を探る。たしか、後方上部から聞こえた。

 振り返ると、木々の上から再び幼女の声がした。

「いやぁ~~釣れた釣れた。ようやく見つけたよ~~お兄ちゃん!」

 数メートル後方のとある木の枝に、腰を掛けているパジャマ姿の幼女がいた。

 寝癖のついたボサボサの髪。右半分が黒く左半分が白い。ピンクのパジャマには所々白いウサギの刺繍が施されている。まるでついさっき目覚めたかのように目頭に涙を浮かべ、わざとらしく欠伸をかいている。
 
「よっと~~!」

 眠たげな幼女は掛け声と共に木から飛び降りる。三次元種の――人間の子供なら、その高さから飛び降りたら怪我をしてしまう程の高さだったが、目の前の幼女は難なく着地した。流石は二次元種。幼女でも――否、か弱い幼女だからこそ強靭な肉体なのだ。
 
 と、考えている間にも幼女は歩きながらこちらに迫っていた。

「いやぁ~~メイドちゃんが帰ってこないし、もしかしてやられちゃったのかなぁ~~? って考えてたんだけど、どうやら当たってたみたいだね~~。お兄ちゃん、蒐集家っぽいし~~」

 語尾の長いフワフワとした口調でそう言い、指差すのは俺の両手に着けたDIG。

 二次元種がDIGの存在と『蒐集家』のことを知っているとは、少し意外だった。すでに各地でDIGを使用した蒐集家の活動が始まっているのは知っていたが、敵に名称までも知れ渡っているとは思っていなかった。この二次元種は一体どこまで知っているのか……?

 そんな疑問が真っ先に浮かんだが、それより先に、気にしなければならない問題点があった。俺は震える口で幼女に問う。

「……お前、喋れるのか」

「うん~~。まぁね~~」

 その脱力感ある回答に、俺は再び戦慄した。

 喋れる。つまりは、「知能がある」ということ。即ち『クオリティ』が高いということだ。そして、先ほど蒐集したメイドよりも確実に強いということだ。

「お前……髪に塗り忘れがあるじゃねぇか」

 白黒の髪を指摘すると、幼女は両手で髪をクルクル弄りながら言う。

「ん~~? あぁ、これ~~? これね、こういうデザインなの~~。真ん中でモノクロに分けてるんだよ~~」

 なんて紛らわしい。塗り忘れの欠陥かと思いきや、この姿が完成形だったのか!

「素敵でしょ~~? お兄ちゃ~~ん」

「先、輩……」

 じりじりとにじり寄る幼女。後ろからもこーちゃんが近づいてきている。

 ――マズい。二対一だ。最悪の形勢になってしまった。しかも一人は先ほど倒した敵よりも更に強い敵。数でも質でも負けている。

 万事休す。四面楚歌。四面どころか上下合わせて六面楚歌と言いたいくらいだ。

 紫苑先生の次回作にご期待ください――という言葉が脳裏をよぎるが、まだ続きのページが残っていた。俺が開いていた剣のページには続きが残っていた。

 俺はにじり寄る敵を刺激しないよう、ゆっくりと次のページを開き、そこの描かれているモノを見つめる。

 (コイツだけは出したくなかったが……そうも言ってられねぇよなぁ……)

 そこには、一体の「棒人間」が描かれていた。
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