悪役令嬢が最弱(モブ)勇者を育ててみたらレベル99の最強に育った

タチバナ

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#15 悪役令嬢、ナンパされる

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 宿の確保ができたところで、わたしたちはここまでの汚れを落とすべく、公衆浴場へ向かった。寄付でまかなわれているので、誰でもいつでも無料で使用することができる。というかこの世界では、富裕層以外は公衆浴場を利用するのがふつうなのだとか。ヴェルニさまも公衆浴場に通ってるんだって。

 大理石をぜいたくに使った大きなお風呂はとても気持ちよかったです。ところで「ジアンナ」の世界とアレクくんの世界では文字も言葉も違うはずなのに、なんで会話成り立ってるんだろうね。このへんはクロスオーバーの補正なのかもしれない。便利なことだ。

 公衆浴場ではヴェルニさまについての話を聞いた。男の子と女の子の双子、ジャンとラアルがいて、ジャンは騎士、ラアルは聖女さまと呼ばれているそうだ。御年十六。聖人さまって結婚できるんだね。なお奥さまは孤児院の院長さんをやっていらして、聖女さまは普段そちらで生活しているとか。

「お二人とも銀の御髪で、とても神秘的な方ですのよ。一度でいいから、お二人が一緒に並んだところを拝見してみたいものだわ。さぞ絵になることでしょうに」
「聖女さまは幼いころに病で喉を痛めてらして、お声が出ないの。きっと神様が嫉妬して、お預かりになっているのね。本当に、月の女神のような美しさでいらっしゃるのよ」
「いったい何を食べて育ったら、あんなふうに美しくなれるのかねえ」
「きっと星の光とか花の蜜に違いないわ」

 聖女さまを知る女性たちがめいめいにため息をつく。ほか、おいしいランチを楽しめるお店や流行の美容法といった、さまざまな情報を得ることができた。
(みんな気さくだなー)
 お互い初対面のはずなのに、まるで顔見知りみたいにたくさんお話ししてくれた。男湯の方も男湯の方で、なにやら騒がしかったし。聖都ってもっとこう厳粛でにぎやかさや活気といったものを嫌うイメージがあったけど、ここは普通の街みたいだね。

(アレクくんは、まだお風呂かな)

 アレクくんと待ち合わせた場所にアレクくんの姿がなかったので、わたしは待つことにする。お風呂ひさしぶりだって言ってたもんね、ゆっくりしてほしい。
「ちょっと、あなた」
 のんびり待っていたら声をかけられた。ジアンナは美人だからナンパかと思ったけど、ちょっと違ったようだ。

「わたし?」

 ベンチのような設備もなく、あとは裏通りに通じる細い道があるだけの場所だ。ほかに人の姿はなかったけどあえて問い返してみる。
 ひょこっと建物の柱から姿を現したのは、頭から日よけ用の布をかぶった人物だった。率直に言って不審である。
「そうよ、あなた以外に誰がいるというの」
 不審人物はシンプルな黒のワンピースに同じ色のブーツといったいでたちをしていた。膝下まで届く長さのブーツは紐をたっぷりと使ってあって大変かわいらしい。華奢な体型やほっそりした肢体から、女の子と解釈していいのだろう。男の子でも女の子でも通じるような中性的な声が高圧的に告げる。

「あなた、わたくしを『パティスリー・イザヨイ』に連れてゆきなさい」
「『パティスリー・イザヨイ』?」

 そういえばお風呂でそんな名前のお店を聞いたなと、復唱しながらわたしは思いだした。なんでも聖都で一番人気のスイーツ専門のお店で、はるばる遠方から通う熱心なファンもいるほどなのだとか。
「ハニーハニーストロベリーオンホワイトオレンジキャラメルナッツオンキャラメルクランチアドショットホイップアンドホイップを食べてみたいの」
「ハ、ハニーハニー?」

 この子すごい、全58文字にもわたる呪文を噛まずに言いきった。前世はス○バのスタッフさんだったのかな?
「ハニーハニーストロベリーオンホワイトオレンジキャラメルナッツオンキャラメルクランチアドショットホイップアンドホイップですわ。ああ、なんて胸の高鳴る響き!」
 曰く、ハニーハニー以下略の呪文スイーツは『パティスリー・イザヨイ』の新作で、一日限定二十個しか販売されないパンケーキなんだって。そして彼女はそこまでハニーハニー以下略を熱望しておきながらお店の場所がわからないんだって。

「なんでやねん」

 思わずつっこんだ。
「てか、わたしもさっき聖都に到着したばっかりだし、残念だけど力にはなれないと思う」
 どっちかっていうとわたしがそのすてきスイーツのお店に連れて行ってほしい。だって呪文から察するに、フルーツがたっぷり乗ったパンケーキってことだよね。フルーツたっぷりなそこにふわふわホイップクリームとたっぷりハチミツとキャラメルナッツがまぶしてあるんでしょ。絶対おいしいじゃん。
 ふん、と女の子が薄い胸をそらした。

「そんなの、観察してたらわかります。だからあなたに声をかけたんですわ」
「どういうこと」
「むろんタダでとはいいません。あなたにもごちそういたします。悪い話ではないでしょう?」

 言って、女の子が呪文スイーツのプレゼンをつづけた。やはりわたしがイメージした通りのスイーツのようだ。すっかり呪文に魅せられたわたしは、ぐらぐらと心が揺れるのを感じる。それに彼女、わたしに出合うまで一時間以上ここで張っていたのだそうだ。
(こまったな)
 わざわざ人目を避けて待ち伏せていたことといい、わたしみたいな「おのぼりさん」に声をかけたことといい、絶対事情があるよね。
 わたしは落ち着かない気持ちで公衆浴場の入り口の方へと目をやった。アレクくんはあとどれくらいで戻ってくるだろうと思う。わたしがいなかったらきっと心配するよね。

「だめ、……ですか?」

 わたしがなかなか返事をしないからか、女の子がしょんぼりと問うた。そうしながら、わたしだけに見えるように顔の布をとる。
(うわあ、)
 わたしは息を呑んだ。
 布の下からあらわれたのは、とんでもない美少女でした。

 美少女は流れ星の光の尾で織ったようなきらきらの銀髪をかわいらしいピンク色のおリボンでまとめていた。自分でやったのか、ちょっとリボンが曲がっている。
 一等きれいな黒曜をはめこんだような両のひとみに映されて、わたしの鼓動が一層高鳴った。ようするに大変好みの美少女だった。
 そんなわたしに追い打ちをかけるように、選択肢が出現する。曰く、「放っておけないから一緒に探してあげよう」、「アレクくんに迷惑をかけちゃうし、お断りしよう」。

(どうしよ)

 『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』にはいわゆる「バッドエンド」なるものが用意されていて、特定のシーンで間違った選択肢を選択すると主人公が死んでしまう仕様だったと記憶している。それを踏まえて考えると、前回の「死亡」はそのバッドエンドに相当するのだろう。アレクくんに現れたあの謎のキラキラといい、うすうす感じてたけど、もしかしてわたしってば、リアル乙女ゲーをプレイしてない?

 アレクくんは依然戻ってくる様子はない。たぶんこのイベント(?)が終わらないと、アレクくんと合流できないのだろう。
 わたしは選択した。
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