悪役令嬢が最弱(モブ)勇者を育ててみたらレベル99の最強に育った

タチバナ

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#28 勇者と聖女(♂)

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 第四番聖都に到着したのは昼をやや過ぎた頃のことだった。重苦しい空気に満ちて、ひとびとの悲しみに沈んでいる様子を見、一足遅かったようだとジアンナさんが言った。
 第四番聖人の聖騎士が俺たちの前に現れたのは、それからすぐのことだ。彼らが言うには、俺たちの到着するちょうど一日前の夜、第四聖人ジルが“ジアンナ”なる女によって殺害されたのだという。

「そんなバカな!」

 俺たちは抗議したけど聞き入れられることはなかった。俺とラアルさんは牢に、ジアンナさんはジルさま殺害の罪でウフタ・サボエイジ国王のもとに移送後、処刑されることが告げられた。
「いったい、どうして」
「五番聖都でも、彼らはこれみよがしにおねえさまの名前を出していました。もう少しあなたたちが五番聖都を出るのが遅かったら、おそらく同じことになっていたでしょう」

 取り乱す俺とは対照的にラアルさんが静かに考察を述べる。
「非常に巧妙なやり方です。失意と悲しみの底で、愛する人の死が誰かによってもたらされた理不尽であったと知ったとき、人は冷静でいられるでしょうか。憎まずにいられるでしょうか」
 聖騎士たちはジアンナさんを拘束する根拠として、犯人の姿を目撃したという証人の存在を挙げた。曰く、証人が物音に気づいてジルさまの寝所に駆けつけると、そこに犯人がいたのだという。そして“ジアンナ”であると名乗ったのだそうだ。

「目撃させられたのでしょう」

 ラアルさんが言う。真犯人たちはわざとジアンナさんを装い、名を出したのだろうと。自分たちから人びとの目をそらすために。
「だからって、俺たちはジルさまがどんな方なのかさえ知らないのに」
「誰もが失う悲しみに耐えられるわけではありません。憎むことの方がよほど簡単なときもあるのです」
「そんな」

 証人がいて、条件の合致する人物が現れた。わざわざどうしてそれ以上の証拠を探す必要があるのかということなのだろう。誰も真実なんか求めちゃいない、手っ取り早く「聖人殺しの犯人」がいて、それを裁くことができればいい。
 ジアンナさんはその贄となったのだった。俺は力なく座りこむ。

「聖なる獣の化身って、いったいなんなんだろう」

 聖暁の乙女であるジアンナさんを、どうしてこんな目に遭わせるのだろう。本来彼女ととともに世界を守る役目にあるはずなのに、どうして彼女を守るのではなく、陥れようとするのだろう。
「わかりません。だからおねえさまはそれを知りたがっていたのかなと」
 言いながら、ラアルさんが突然髪を解き、なぜかワンピースを脱ぎ始めた。あらわになった肩のミルクのような白さに驚いて、俺はあわてて背中を向ける。

「何やってんの!?」

 前にもこんなことがあったような気がする。 さらに両手で両目を隠し、厳重態勢を敷いたうえで俺が非難すると、ラアルさんはくすくすと笑った。大丈夫ですよとなだめるように言い、それから人を呼んでほしいという。何か考えがあるようだけど。
「いくらきみが強いからって、女の子にそんな真似させられないよ! 俺が何か考えるから、ふ、服を着てくださいっ」
「あらあら、しかたがないですねえ」

 ラアルさんが笑った。それから衣擦れの音がして、ふわりと彼女のにおいが近づく。ジアンナさんとは違うしとやかなにおいにドキッとした刹那、目を覆っていた手の一つがやさしく剥がされた。うっすら開いた視界に、誘うように笑む彼女のととのった顔と、それからやっぱりミルク色の鎖骨が視界に飛び込んでくる。

(目、目の毒――)

 大きく嚥下した正直な喉を拒絶するようにぎゅっと目を閉じると、ラアルさんにとられたままの手のひらが何かに触れた。怖くて指を動かせないけど、……胸? にしてはこう、やわらかさが足りないような気がする?
 けど。別にジアンナさんと比べてるわけじゃない。くすぐられたときにふわって、すごくやわらかい何かが腹に押し当てられたアレと比べてるわけじゃないんだから!
 お願いだからもうちょっと自分がどういう体してるのか理解して! なんて泣きたくなったわけじゃないんだからね!

「ちょ、ちょっと」
「うーん、わかりませんか」

 腕をあげて逃れようとしても思いのほか強い力がそれを阻む。そのまま布越しに手がさらに位置をくだっていくから、俺は悲鳴をあげた。まさかこんな形で脱童貞をすることになるなんて!
 そのときはっきりと脳裏を一人の女の子の姿がよぎっていく。ここで断っておきたいのは、けして前述のすごくふわっとしてたアレをひきずっているわけではないということだ。たしかにしばらく感触が離れなくてジアンナさんの顔見られなかったけどね!

 最初に彼女の姿を見たときの印象と、実際に接したときの印象が全然違うからおどろいたんだよね。そんなに機会が多いわけじゃないけど、俺が知っている貴族の令嬢と全然違った。なんていうかすごく「普通」の女の子だったから。
 素直で明るくて物おじしない。楽しいときには笑って、初めて見るものや心を打ったものがあれば、屈託なく申告してしまえるような、そんな無邪気な女の子に見えた。そのくせ他人行儀なところがある。まあ、相手が俺だったからかもしれないけど、助けが必要なときに助けをよばない。なるべく他人を巻き込むまいと動くというか。

 イドの町でもそうだった。困っているはずなのに、彼女は最後の最後まで一人でどうにかしようとしていた。そういうところが放っておけなくて、彼女についていくことにしたんだけど……。
(不思議な、ひとだなあ)
 普通の女の子だと思う。だけどときどき、奥行きが見えない。たとえば彼女のしてくれた聖暁の乙女の話がそうだ、いろいろ思うことがあったのだろうけれど、ここまで彼女はじっと話すタイミングをうかがっていたということになる。俺たちを見極めるために。

 だからかなと思った。あのひとは、感情の読み方が絶妙なのだ。ひとの快不快や本人が表さない「言葉」にすごく敏感というか。なんだろう、深くつっこまないでほしいとき、あるいは逆に話を聞いてほしいとき。そういうのを的確に拾ってくれる。
 それは返せば、観察されているということだ。なぜ「観察」する必要があるのか。それはいち早く身の危険を察知するため、不安だからだ。だから彼女は、彼女の世界の話をしてくれたんじゃないかと思う。

 たぶんジアンナさんは、まだ俺たちに話していないことがある。そこまでの「合格」を得るまでの何かが、俺には足りないということなのだろう。
 俺はジアンナさんがフィブラをくれたときのことを思った。それから宿で手を握ってくれたこと。船の上でくすぐられたこと。たぶんあれ、俺を笑わせようとしてくれたんだろうなあ。

(俺は、だめだなあ)

 情けなさで天井を仰いだときだった。俺は手のひらにとてもよく知っている、むしろずっと知っている、なじみのある感触があることに気づいた。え、とそのまま視線を降ろせば、にこにこと微笑んでいるラアルさんの整った顔がある。
 双子の騎士、ジャンくんにとてもよく似た――。

「って、えええええええええ!?」

 思わず声をあげる。
 え、ちょっと、待って。
 青ざめ、なお混乱する俺の手をそこでようやく解放し、ラアルさんが――いや、ジャンくんが困ったように小首をかしげてみせる。

「てっきりアレクさんは最初の時点で気づいたのかと思ってましたが」
 そう、第五番聖都の聖女は、第五聖人ヴェルニの聖騎士ジャンくんだったのだ。



       *



「でも、なんで変装を?」
 聖騎士のままだと不都合があったのだろうか。いや、そんなことは今はどうでもいいんだ。俺はジットリとジャンくんを睨む。

「ずっとジアンナさんと、同じベッドで寝てたよね……?」

 それだけじゃない。ジアンナさんはラアルさんのことが目に見えて大好きだったから、だいたいラアルさんに抱きついたり抱きついたり抱きついたりしていた。つまりジアンナさんのあのフワッとしたアレを彼は、常に背中や腕や頭に感じていたということになる。
 思いだしたのか、ジャンくんが真っ赤になった。

「だから、断ってたじゃないですかっ。それに、ジアンナさまが寝入ったあとはちゃんと床に移ってましたよ!」
「だったらなんでいつも朝ジアンナさんの腕の中にいたの!? ぎゅってされてたじゃん! ぎゅってぇ!」
「それはっジアンナさまが、オレを!」

 うるさいぞ、と怒鳴られた。俺たちはどちらからともなく互いに目を合わせ、それぞれに深呼吸をする。そうだ、こんな争いをしている場合じゃない。

「ここを、出よう」
 俺が言うのへ、ジャンくんがうなずいた。
 一刻も早く、ジアンナさんを助けにいかなければ。

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