悪役令嬢が最弱(モブ)勇者を育ててみたらレベル99の最強に育った

タチバナ

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#52 おはよう

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 殺されるのなら好きな人がいい。
 もしもそんなアンケートをとったら「YES」の回答率はどれくらいあるんだろう。だけどたぶんそこに「好きな人と一緒に生きたい」という選択肢を加えたなら、九割以上の人はそこに票を入れる気がする。
 つまらないことを考えてしまった。

 刻一刻と迫る『勇者』の――アレクくんの気配を感じながらわたしは自嘲した。設定の書き換えと一緒にアレクくんたちの体力と魔力も回復しているはずだから、今度は難なくこの場所までたどりつけるだろう。
 やがてわたしを何重にも覆っていた魔力の壁がやぶられる。現れたのは黒い短髪の、勇者の剣をたずさえた勇者だ。その長身を見とめ、わたしは両目を閉じる。何度も見てきた彼のやさしいひとみやわたしを好きだって言ってくれるひとみを思いだそうとしたけれど、最後にみたアレクくんの悲しみに満ちた表情が重なってしまった。

「言ったはずだよ」

 少し怒っているような声で勇者がいう。
「きみの嘘は、俺にはもうきかないって」
「どうして」
「どうしてだと思う?」

 怒ってるんだからねと言いながらアレクくんが片腕でわたしを包んだ。わたしは驚いて目を開いてしまう。そこにあったのはわたしの知っている彼のまなざしだった。「静暁の魔女」への憎しみじゃなくて、わたしを好きだと言ってくれた彼の。
 どうしてとわたしはくり返した。
 どうしてアレクくんはまだわたしを覚えているの?

「やっぱり信じてなかったんだ。そんな気はしてたけど、こうやって直接目の当たりにすると傷つくなあ」
「だって、それは――」
「信じられない?」

 黒い髪も似合うねとアレクくんが笑う。そうして唇がかわりのようにわたしの額に触れた。それから、頬へ。
「好きだよ。きみが好き」
「……わたしも」
 おずおずとアレクくんの胸元に手を伸ばす。たとえこの次の瞬間アレクくんが我に返って、わたしを殺してもいいと思った。そうはならなかったけれど。

「わたしも、アレクくんが、……好き」
「うん」

 目を閉じると今度はくちびるにキスが落ちてきた。しあわせだなあと思って、わたしは胸に満ちていくぬくもりに身をゆだねる。このまま時間が止まっちゃえばいいのになって柄にもないことを考えた。
 体を離す。
「みんなが待ってる」
 さあ、とアレクくんをうながした。わたしたちの外では依然世界の崩壊が進行している。『勇者』が『静暁の魔女』を倒さないと終わらない。
 だけどアレクくんは首を横に振った。

「オレはね、ジアンナさん。ずっと『勇者』になりたかった。ただ予言をうけただけの形のない勇者じゃなくて、ユグノくんのような。だけど俺には力がなくて――。そんな俺にきみが力をくれた。俺を『勇者』にしてくれた」
 ありがとう、とアレクくんが言う。その手の中で勇者の剣が不思議な光をまといはじめていることに、わたしは気づいた。敵をしりぞけるための強さではなく、治癒呪文のような淡くてやわらかい光だ。
「きみを殺さなきゃ勇者になれないなら、俺は『勇者』じゃなくていい」
 その瞬間、剣が砕けた。



       *



 そのあとに起こったこと。魔女と「大いなる闇」の邪悪な力に満ちていた世界が、『勇者』の発した清らかな光によっておおわれた。木漏れ日さえ思わせる光なのに、魔女の厚い垣のような魔力を散らしてそれから奔流のように地上へ、空へと広がってまさに世界に訪れようとしていた滅びを押し流していく。
 世界中を文字通り洗い流した光がきらきらと余韻のように宙に舞って、鳥の声がどこからか聞こえたようだった。あたたかい陽光がそそぎ、物言わぬがれきの積みあがるだけの第二番聖都にやがて小さな緑が芽吹くころ、わたしの場違いな悲鳴が響く。

「アレクくん!」

 すでに彼の体は冷たくなっていて、その胸元には深く砕けた剣のかけらがつきささっていた。『勇者』であることをアレクくんが拒否したから、勇者の剣が怒ったのだろうか?
 どうして、とわたしは彼の上に顔を伏す。
「どうして! どうしてわたしじゃなくて、アレクくんが死んじゃうの!?」
 暴走するほどだった魔女の魔力も気配も、わたしの中に感じない。おどろくほど静かで意識が鮮明にあった。まるでアレクくんの死とひきかえだったかのように。

「ひどいよ……」

 アレクくんの頬へ手を伸ばす。迎えたかったのはこんな結末じゃない。どうせなら一緒に連れていってくれればよかったのに。思っても、刃物一つ視界にはみあたらない。かわりにフィブラを見つけた。
 一度だけ持ち主の身代わりになってくれるという効果がいつかアレクくんを危機から守ってくれればと思って彼に贈ったものだ。それからずっと彼はそのフィブラを大切にしてくれていたけれどフィブラは金属質な光を返すばかりで奇跡を起こす気配はない。
 テイラーのお兄さんがでたらめを言ったとは思いたくないけれどわたしは行き場のない怒りをぶつけるようにフィブラを握りしめた。

「あの、ジアンナ……さん?」

 背後から声をかけてきたのは花村祥子だ。ラアルさま、それにコセムくんとユグノくんもいる。表情から察するにコセムくんたちの記憶はリセットされているようだったけれど、こちらへの敵意はないようだった。『静暁の魔女』からもとの可憐な美少女の姿を取り戻した花村祥子が言う。
「その方の命のともしびはまだ消えてはいません。この世界に留め置かれています」
「……。だから?」
「祈りましょう。わたしたちは聖暁の乙女。あなたとこの方の、これまで培ってきた絆がきっと彼の魂を呼び戻してくれるはず」
「わたくしも」

 にわかには花村祥子の言うことが信じられずいぶかしむばかりのわたしに、ラアルさまが言った。悼むようにわたしのそばに膝をついて、手を握ってくれる。あたたかい。
「わたくしも、祈ります。あなたと、アレクさんのために」
 コセムくんとユグノくんが花村祥子の両脇にそれぞれ位置どると、全員でアレクくんを囲むような形になる。アレクくんに刺さったままの勇者の剣が真珠色に光を発したのはそのときだ。呼応するようにフィブラが同じ色の光をはらみ、やがて一つのシルエットを浮かび上がらせる。

『ありがとう……勇者たちよ』

 パンディオさま、とラアルさまとコセムくんの声が重なった。パンディオ。その魂をもって静暁の魔女を封じていた最初の人間。
 見えたのは一瞬だけで、けれどすぐにその姿は光となってはじけてしまう。フィブラが乾いた音とともに割れて、その音でわたしはハッと顔をあげた。
 わたしだけじゃない、コセムくんもユグノくんもラアルさまも。花村祥子も。
 白昼夢というよりは催眠術から覚めたような感覚のなか、そして、わたしはその人がゆっくりと上体を起こすのを見る。

「……おはよう、ジアンナさん」
 少しはにかむように、アレクくんがわたしに言った。



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