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chapter.001《邂逅》
#004_魔術講義
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非日常が始まる。
……なんてモノローグをかましたわけだけど。
「じゃあ、まずは魔術の仕組みから」
座学である。
読書スペースで、ティーセットをあいだに、俺と少女は向かい合って座っている。
「魔術というのは、魔術式を使って現象を起こす技術体系のこと。これから貴方が学ぶのは、魔術式の構築法とか、その技法とか、そういうものになるわね」
言いながら、少女はお菓子を口にする。
「どうして術式で現象を起こせるのか、といった魔術の根幹に関わる部分はあとで教えるわ。いきなり難しいことを言っても、退屈でしょう。実践ベースで教えていくから、そのつもりで」
そういう配慮はあるのか。たしかに、机についてカリカリやるより、実験とかしながら進める授業のほうが楽しいもんな。
「まずは実際に、単純な構成の魔術式を見てみましょう」
そう言って少女が差し出したのは、ルーズリーフとボールペンだった。……どちらも俺のもといた世界のもの、というか俺の所持品である。
「これ、貴方のよね?」
「そうですけど……これを、どこで?」
「近くの部屋にあったわ。ずいぶんと質のいい紙ね。。それに、不思議なペン……機構を見る限り、このうしろのボタンを押したら、インクを内蔵した筒の先が出るのよね。そして先端のボール部分を紙に押し当ててインクを出す……」
近くの部屋って……俺の私物は使用人たちに新しい部屋に移動してもらってるはずだから、俺ですら場所を把握できてないんだが……。
そのことに関して説明する気のなさそうな少女は、ルーズリーフの一行目に、異世界語で『赤き光を放て』と記述した。
「はい、これは三つの小さな術式を組み合わせた魔術式」
「えっ? ……ただの『赤き光を放て』って文にしか見えないんです……けど」
「そうよ。ただ『赤き光を放て』と書いただけ。けれど、これはもう正常に作動する魔術式なの。試しに、起動してみて」
そう言われて、俺はなんとなく『赤き光を放て』に手を伸ばし……、
「……あの、魔術ってどうやって使うんですか?」
「魂を……と言ってもわからないわね。魔法を使う感覚と言ってわかるかしら?」
それならなんとかわかる。初等以下ではあるが、俺も魔法は使えるのだ。
形容し難い感覚であるが、一番近いのは『集中することそのもの』だろう。現象を起こしたい場所に意識を集中させる、それから現象のイメージ……炎や電撃をイメージする。これが魔法を使うための手順だ。
俺は『赤き光を放て』に意識を向けて、集中を高める。
「そう。魔法を使う感覚で、けれど魔法は使わないで。現象のイメージをする直前の感覚を維持して、魔術式全体へと広げるの、包み込むように」
集中した意識を広げる、という判然としない言葉を、なんとなく理解できてしまう。
現象のイメージはせずに、集中を保ったまま、意識を広げ、術式を包む。広げる、包む、広げる、包む……、
すると『赤く光を放て』が記述された紙面に、ぽっ、と赤い光が灯った。
「おお……」
「成功ね」
俺はいま、光という現象のイメージをしていなかった。
にもかかわらず、文字通り光が放たれた。それも赤色の光だ。俺が使える光魔法のカラーバリエーションは白色だけ。これはまさしく、魔術で起こした光だ。
『赤き光を放て』という短い文章に意識を集中させただけで、本当に赤い光を灯すことができるとは……。
これが、魔術か。
言っちゃなんだが、拍子抜けするほど簡単だ。
それに、思っていた感じのとすこし違う。
異世界モノのラノベとかで言えば、詠唱なんか唱えずとも現象のイメージがしっかりしていれば、強力な魔法が使える。そして無詠唱だと驚かれる……みたいなのが定番だった。
しかし、たったいま俺が体験した魔術というのはむしろ真逆の感覚だ。
イメージしても使えなかった魔法が、イメージなしの魔術で使えた。それも魔法を使うよりも簡単に。この世界の魔術というのは、イメージよりも術式に依るところが大きいらしい。
「簡単だったでしょう? 魔術とは、そういうものよ」
俺の感情を見透かすように、少女は微笑んだ。
「さて、本題に入りましょう。いまから教えるのは、魔術式の構成。術式を構築するうえで、もっとも基礎となる部分よ」
少女はまたどこからか赤ボールペンを取り出した。
「この術式は、三つの要素に分けることができる」
ルーズリーフに書かれた、術式であると言った文章を三つに分割する。
『赤き/光を/放て』
「一つ目は『赤』、色を表している。二つ目は『光』、属性を表している。三つ目は『放つ』、処理を表している。当たり前だけれど、どれも文字通りの言葉を表しているわね。こういった魔術式の最小単位のことを、魔術師たちは術式素と呼んでいたわ」
少女の説明は続く。
術式素とは、一つの意味を持つ、これ以上は分割できない式要素のこと。
けれど、これだけで現象が起こせる、というものではないらしい。
『赤』と記述しただけでは、なにが赤なのかわからない。
『光』だけでもだめらしい。光をどうしたいのか、という記述が必要とのこと。
『放て』だけでも、なにを放つのかわからないため、動作しない。
『輝け』だと動作するが、一つの意味を持つ要素であれば術式素と呼んでいい。
動作するか否かにかかわらず、これ以上の分割ができない式要素が、術式素である。
次に、最低限動作する術式の組み合わせを術式単位と呼ぶそうだ。
これは現象的に一つの意味を持つ、これ以上は分割できない式である。
『光を放て』は発光という現象意味を持つ術式単位。これを『光を』『放つ』と別々のところに記述すると動作しなくなるので、術式単位の要件を満たしている。
『赤き光』は術式単位ではない。『赤き光』をどうするのか、という処理の術式がないため、発動しないのである。『放て』などの記述が必要となる。
『輝け』は『光を放て』同様、発光という現象意味を持ち、動作する。なので、術式素であり術式単位でもある単語だ。
「一つの術式単位に多くの術式素を盛り込む単式術式もあれば、複数の術式単位を複合利用する複式術式もあるわ。どれをどれだけ組み込んだほうが効率がいいとか燃費がいいとか、魔術師たちはよく討議していたわね」
懐かしむように言う少女。
ベースは『光を放て』。
単式術式なら、術式素を追加して『赤き光を放て』とする。最初から赤い光を出す、と決めている場合は、こちらのほうが短い文章で済む。
複式術式なら『光を放て、光よ赤く成れ』。光を放ったあとに、追加の術式単位で現象を操作するのである。これは単式より長文となるのが一般的だが、柔軟性が高い。状況に応じて、現象の選択(ここでは色の選択)が可能となるからだ。
「単式と複式、うまく織り交ぜることができれば、柔軟性をそのままに素早い運用が可能となるわ」
少女の説明を聞いて、なんとなく理解はできた。要するに、望む現象を起こすための術式素を集めて組み合わせればいいわけだ。単式や複式と言った効率や柔軟性の考慮はあとでもいいだろう。
俺がまず覚えるべきは、術式素からだ。
「実際のところ、どういうのが術式素なんですか? 単語ならなんでも?」
「なんでもではないけれど、魔法でできそうな単語はある程度、ね。それに、術式素というのは言葉だけではないわ」
少女はルーズリーフに図形を描く。炎のような図形だ。
これも術式素の一つであるという。
術式素には言葉と記号があり、言葉は発生でも成り立つのだとか。
「この言語や記号、発声など、魔術式として利用できる要素は魔術コードと呼ばれていたわ。これらは区別なく、一つの術式に組み込むことも可能よ」
「記号と文字を織り交ぜた術式でも動くってことですか?」
「そう。事前に記号と文字だけで術式を記述しておいて、あとから発声で追加することもできるわ」
かなり柔軟だな、魔術って。
「術式を立てるうえで必要な知識は、これくらいかしら。あとは、実際に術式素を見てみましょう」
どこからか、ふらふらと一冊の本が飛んできた。
黄褐色で分厚い辞書のような書籍が机へと着陸する。
「これは電磁気系の魔術書。そこまで高度な術式は載っていないみたいだから、ミキヒトでも読めると思うわ。本当は基礎から学べるものがよかったのだけれど……さすがは王城の図書室、置いてないわね」
使うのが国家級の魔術師だったから、基礎本は置いてないってわけですか。
難しい本でいきなり自習とか言い渡されたら詰むわけですが……、
「まず、起こしたい現象の確認からしましょうか」
ティーカップ片手にだが、少女は講義を続行してくれるらしい。
「今回、貴方に立ててもらう術式は、私がやってみせた姿をくらませる現象にしてもらおうと思っているのだけれど、かまわないかしら?」
「はい、大丈夫です」
そう答えると、少女とのマンツーマン魔術講義が始まった。
***
少女が起こしてみせた現象は、簡単に言ってしまえば光を歪めて視界を騙す、というものだった。
人間の眼は、物体が反射した光を捉えることによって、物体を認識している。
だから、俺の姿を隠すためには、俺が反射する光を相手に見せないことが、最低限。
けど、ただ光を隠すだけではいけない。俺の背後の風景を見せる必要もある。
本当に俺がいないのなら、相手には俺の背後の景色が見えているはず。けれど俺がそれを遮っているため、背景の光は相手には届かない。そのうえで俺の光だけを隠してしまったら、相手には俺の形をした黒い影が見えてしまうことになる。
じゃあ、俺の光を隠したうえで、背後の光をコピーして俺の前方から出す?
いや、それよりも屈折させたほうが簡単か? 俺の背後から迫る光を屈折させ、俺の前方に流す。簡単に言えば、光に俺を避けさせる。
魔術的にはどちらが簡単なのだろう。
少女に尋ねると、自分で考えなさいという返答と、いくつかのアドバイスが得られた。
魔術の仕組み、その説明の中で引き合いに出されていた魔術式『光を放て』。これは自ら光を出す術式だ。
けれど、なにも光の術式はこれだけではない。
すでに存在する光に干渉する。そう言う類の術式素もあるらしい。
というか、複式術式のときに聞いた『光を放て、光よ赤く成れ』の後半部分がそれだという。
試しにスマホのライトに『光よ赤く成れ』と唱えたら、光が赤くなった。すでに光が存在していることが前提になるが、これも術式単位であるとのこと。
となると『光よ曲がれ』や『光よ複製し前に出ろ』みたいな術式が可能だろうか。
いや、わざわざ言葉で書く必要もないか。
少女から選んでもらった魔術書には、文章術式だけでなく、記号の術式素もふんだんに使われた術式が載っていた。文章だけというものはなく、また、記号だけという術式もない。一つの魔術しきに文章も記号も両方とも組み込まれていたのだ。
なにか特殊な効果でもあるのか、と尋ねたら、自分で考えてみなさい、とまた言われてしまった。ずいぶん教育的だ。
少女に言って追加で出してもらったルーズリーフに、魔術書の術式単位を書き出し、実際に動作させてみて現象を確認。自分で術式単位を考えて、書いて、確認。術式単位を複数組み合わせたり、単式でとにかく長く書いてみて、実際に動作させてみて確認。
……なんてことを繰り返していると、あっという間に時間が経っていた。
「入浴の支度が整いました。夕食にはもうすこし時間がかかりますが、どうなさいますか?」
メイド長がやってきて、そう訊いた。もうそんな時間か。
「あ、えっと、じゃあお風呂から」
風呂は大浴場を利用しているので、いつも早めに入ることにしている。後続で入る使用人たちのためだ。
なので、ほとんど反射的にそう答えてしまった。そのあとで、少女にも意見を訊くべきだったかと思い至る。
その少女のほうを見ると、彼女はなにやら虚空を見つめていた。
いや、もっと遠くを見てるのか? いったいなにが見えているのだろう。
「……今日はこのあたりにしておきましょうか」
こっちを見ないまま、少女はそう言った。
メイド長のいる手前、俺が返事できずにいると、
「私は、すこし街を見てくるわ」
少女はそう言い残して、
「……え?」
忽然と、姿を消したのだった。
……なんてモノローグをかましたわけだけど。
「じゃあ、まずは魔術の仕組みから」
座学である。
読書スペースで、ティーセットをあいだに、俺と少女は向かい合って座っている。
「魔術というのは、魔術式を使って現象を起こす技術体系のこと。これから貴方が学ぶのは、魔術式の構築法とか、その技法とか、そういうものになるわね」
言いながら、少女はお菓子を口にする。
「どうして術式で現象を起こせるのか、といった魔術の根幹に関わる部分はあとで教えるわ。いきなり難しいことを言っても、退屈でしょう。実践ベースで教えていくから、そのつもりで」
そういう配慮はあるのか。たしかに、机についてカリカリやるより、実験とかしながら進める授業のほうが楽しいもんな。
「まずは実際に、単純な構成の魔術式を見てみましょう」
そう言って少女が差し出したのは、ルーズリーフとボールペンだった。……どちらも俺のもといた世界のもの、というか俺の所持品である。
「これ、貴方のよね?」
「そうですけど……これを、どこで?」
「近くの部屋にあったわ。ずいぶんと質のいい紙ね。。それに、不思議なペン……機構を見る限り、このうしろのボタンを押したら、インクを内蔵した筒の先が出るのよね。そして先端のボール部分を紙に押し当ててインクを出す……」
近くの部屋って……俺の私物は使用人たちに新しい部屋に移動してもらってるはずだから、俺ですら場所を把握できてないんだが……。
そのことに関して説明する気のなさそうな少女は、ルーズリーフの一行目に、異世界語で『赤き光を放て』と記述した。
「はい、これは三つの小さな術式を組み合わせた魔術式」
「えっ? ……ただの『赤き光を放て』って文にしか見えないんです……けど」
「そうよ。ただ『赤き光を放て』と書いただけ。けれど、これはもう正常に作動する魔術式なの。試しに、起動してみて」
そう言われて、俺はなんとなく『赤き光を放て』に手を伸ばし……、
「……あの、魔術ってどうやって使うんですか?」
「魂を……と言ってもわからないわね。魔法を使う感覚と言ってわかるかしら?」
それならなんとかわかる。初等以下ではあるが、俺も魔法は使えるのだ。
形容し難い感覚であるが、一番近いのは『集中することそのもの』だろう。現象を起こしたい場所に意識を集中させる、それから現象のイメージ……炎や電撃をイメージする。これが魔法を使うための手順だ。
俺は『赤き光を放て』に意識を向けて、集中を高める。
「そう。魔法を使う感覚で、けれど魔法は使わないで。現象のイメージをする直前の感覚を維持して、魔術式全体へと広げるの、包み込むように」
集中した意識を広げる、という判然としない言葉を、なんとなく理解できてしまう。
現象のイメージはせずに、集中を保ったまま、意識を広げ、術式を包む。広げる、包む、広げる、包む……、
すると『赤く光を放て』が記述された紙面に、ぽっ、と赤い光が灯った。
「おお……」
「成功ね」
俺はいま、光という現象のイメージをしていなかった。
にもかかわらず、文字通り光が放たれた。それも赤色の光だ。俺が使える光魔法のカラーバリエーションは白色だけ。これはまさしく、魔術で起こした光だ。
『赤き光を放て』という短い文章に意識を集中させただけで、本当に赤い光を灯すことができるとは……。
これが、魔術か。
言っちゃなんだが、拍子抜けするほど簡単だ。
それに、思っていた感じのとすこし違う。
異世界モノのラノベとかで言えば、詠唱なんか唱えずとも現象のイメージがしっかりしていれば、強力な魔法が使える。そして無詠唱だと驚かれる……みたいなのが定番だった。
しかし、たったいま俺が体験した魔術というのはむしろ真逆の感覚だ。
イメージしても使えなかった魔法が、イメージなしの魔術で使えた。それも魔法を使うよりも簡単に。この世界の魔術というのは、イメージよりも術式に依るところが大きいらしい。
「簡単だったでしょう? 魔術とは、そういうものよ」
俺の感情を見透かすように、少女は微笑んだ。
「さて、本題に入りましょう。いまから教えるのは、魔術式の構成。術式を構築するうえで、もっとも基礎となる部分よ」
少女はまたどこからか赤ボールペンを取り出した。
「この術式は、三つの要素に分けることができる」
ルーズリーフに書かれた、術式であると言った文章を三つに分割する。
『赤き/光を/放て』
「一つ目は『赤』、色を表している。二つ目は『光』、属性を表している。三つ目は『放つ』、処理を表している。当たり前だけれど、どれも文字通りの言葉を表しているわね。こういった魔術式の最小単位のことを、魔術師たちは術式素と呼んでいたわ」
少女の説明は続く。
術式素とは、一つの意味を持つ、これ以上は分割できない式要素のこと。
けれど、これだけで現象が起こせる、というものではないらしい。
『赤』と記述しただけでは、なにが赤なのかわからない。
『光』だけでもだめらしい。光をどうしたいのか、という記述が必要とのこと。
『放て』だけでも、なにを放つのかわからないため、動作しない。
『輝け』だと動作するが、一つの意味を持つ要素であれば術式素と呼んでいい。
動作するか否かにかかわらず、これ以上の分割ができない式要素が、術式素である。
次に、最低限動作する術式の組み合わせを術式単位と呼ぶそうだ。
これは現象的に一つの意味を持つ、これ以上は分割できない式である。
『光を放て』は発光という現象意味を持つ術式単位。これを『光を』『放つ』と別々のところに記述すると動作しなくなるので、術式単位の要件を満たしている。
『赤き光』は術式単位ではない。『赤き光』をどうするのか、という処理の術式がないため、発動しないのである。『放て』などの記述が必要となる。
『輝け』は『光を放て』同様、発光という現象意味を持ち、動作する。なので、術式素であり術式単位でもある単語だ。
「一つの術式単位に多くの術式素を盛り込む単式術式もあれば、複数の術式単位を複合利用する複式術式もあるわ。どれをどれだけ組み込んだほうが効率がいいとか燃費がいいとか、魔術師たちはよく討議していたわね」
懐かしむように言う少女。
ベースは『光を放て』。
単式術式なら、術式素を追加して『赤き光を放て』とする。最初から赤い光を出す、と決めている場合は、こちらのほうが短い文章で済む。
複式術式なら『光を放て、光よ赤く成れ』。光を放ったあとに、追加の術式単位で現象を操作するのである。これは単式より長文となるのが一般的だが、柔軟性が高い。状況に応じて、現象の選択(ここでは色の選択)が可能となるからだ。
「単式と複式、うまく織り交ぜることができれば、柔軟性をそのままに素早い運用が可能となるわ」
少女の説明を聞いて、なんとなく理解はできた。要するに、望む現象を起こすための術式素を集めて組み合わせればいいわけだ。単式や複式と言った効率や柔軟性の考慮はあとでもいいだろう。
俺がまず覚えるべきは、術式素からだ。
「実際のところ、どういうのが術式素なんですか? 単語ならなんでも?」
「なんでもではないけれど、魔法でできそうな単語はある程度、ね。それに、術式素というのは言葉だけではないわ」
少女はルーズリーフに図形を描く。炎のような図形だ。
これも術式素の一つであるという。
術式素には言葉と記号があり、言葉は発生でも成り立つのだとか。
「この言語や記号、発声など、魔術式として利用できる要素は魔術コードと呼ばれていたわ。これらは区別なく、一つの術式に組み込むことも可能よ」
「記号と文字を織り交ぜた術式でも動くってことですか?」
「そう。事前に記号と文字だけで術式を記述しておいて、あとから発声で追加することもできるわ」
かなり柔軟だな、魔術って。
「術式を立てるうえで必要な知識は、これくらいかしら。あとは、実際に術式素を見てみましょう」
どこからか、ふらふらと一冊の本が飛んできた。
黄褐色で分厚い辞書のような書籍が机へと着陸する。
「これは電磁気系の魔術書。そこまで高度な術式は載っていないみたいだから、ミキヒトでも読めると思うわ。本当は基礎から学べるものがよかったのだけれど……さすがは王城の図書室、置いてないわね」
使うのが国家級の魔術師だったから、基礎本は置いてないってわけですか。
難しい本でいきなり自習とか言い渡されたら詰むわけですが……、
「まず、起こしたい現象の確認からしましょうか」
ティーカップ片手にだが、少女は講義を続行してくれるらしい。
「今回、貴方に立ててもらう術式は、私がやってみせた姿をくらませる現象にしてもらおうと思っているのだけれど、かまわないかしら?」
「はい、大丈夫です」
そう答えると、少女とのマンツーマン魔術講義が始まった。
***
少女が起こしてみせた現象は、簡単に言ってしまえば光を歪めて視界を騙す、というものだった。
人間の眼は、物体が反射した光を捉えることによって、物体を認識している。
だから、俺の姿を隠すためには、俺が反射する光を相手に見せないことが、最低限。
けど、ただ光を隠すだけではいけない。俺の背後の風景を見せる必要もある。
本当に俺がいないのなら、相手には俺の背後の景色が見えているはず。けれど俺がそれを遮っているため、背景の光は相手には届かない。そのうえで俺の光だけを隠してしまったら、相手には俺の形をした黒い影が見えてしまうことになる。
じゃあ、俺の光を隠したうえで、背後の光をコピーして俺の前方から出す?
いや、それよりも屈折させたほうが簡単か? 俺の背後から迫る光を屈折させ、俺の前方に流す。簡単に言えば、光に俺を避けさせる。
魔術的にはどちらが簡単なのだろう。
少女に尋ねると、自分で考えなさいという返答と、いくつかのアドバイスが得られた。
魔術の仕組み、その説明の中で引き合いに出されていた魔術式『光を放て』。これは自ら光を出す術式だ。
けれど、なにも光の術式はこれだけではない。
すでに存在する光に干渉する。そう言う類の術式素もあるらしい。
というか、複式術式のときに聞いた『光を放て、光よ赤く成れ』の後半部分がそれだという。
試しにスマホのライトに『光よ赤く成れ』と唱えたら、光が赤くなった。すでに光が存在していることが前提になるが、これも術式単位であるとのこと。
となると『光よ曲がれ』や『光よ複製し前に出ろ』みたいな術式が可能だろうか。
いや、わざわざ言葉で書く必要もないか。
少女から選んでもらった魔術書には、文章術式だけでなく、記号の術式素もふんだんに使われた術式が載っていた。文章だけというものはなく、また、記号だけという術式もない。一つの魔術しきに文章も記号も両方とも組み込まれていたのだ。
なにか特殊な効果でもあるのか、と尋ねたら、自分で考えてみなさい、とまた言われてしまった。ずいぶん教育的だ。
少女に言って追加で出してもらったルーズリーフに、魔術書の術式単位を書き出し、実際に動作させてみて現象を確認。自分で術式単位を考えて、書いて、確認。術式単位を複数組み合わせたり、単式でとにかく長く書いてみて、実際に動作させてみて確認。
……なんてことを繰り返していると、あっという間に時間が経っていた。
「入浴の支度が整いました。夕食にはもうすこし時間がかかりますが、どうなさいますか?」
メイド長がやってきて、そう訊いた。もうそんな時間か。
「あ、えっと、じゃあお風呂から」
風呂は大浴場を利用しているので、いつも早めに入ることにしている。後続で入る使用人たちのためだ。
なので、ほとんど反射的にそう答えてしまった。そのあとで、少女にも意見を訊くべきだったかと思い至る。
その少女のほうを見ると、彼女はなにやら虚空を見つめていた。
いや、もっと遠くを見てるのか? いったいなにが見えているのだろう。
「……今日はこのあたりにしておきましょうか」
こっちを見ないまま、少女はそう言った。
メイド長のいる手前、俺が返事できずにいると、
「私は、すこし街を見てくるわ」
少女はそう言い残して、
「……え?」
忽然と、姿を消したのだった。
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