Magic_and_Sorcery~生活魔法すら使えなかった俺が精霊に魔術を教わって真の勇者となるまで~

篠日記

文字の大きさ
7 / 38
chapter.001《邂逅》

#006_朝食と複製術式

しおりを挟む
「む……」

 カーテンの隙間から差し込む陽光が、俺の意識を呼び起こした。
 陽の傾き具合がいつもより高い気がする。すこしだけ寝過ごしたようだ。
 上体を起こして背伸びをし、ベッドから出ようとすると、

「ん……」

 すぐ隣で、なにかが蠢いた。
 そっと視線を向けてみると、そこには白い髪の少女が眠っている。

「…………!」

 もしやこれが朝チュンってやつか……?
 いや待って、なんで……?

 俺の意識が寝起きとは思えないほど覚醒し、さらに脳裏には昨晩のことが鮮明に思い出される。
 昨晩、俺は彼女に魔術講義の報酬を支払った……というか徴収された。
 言ってしまえば、俺に主導権などなかったのだ……。

 いや、それでも充分に甘美な時間であったのは間違いない。
 初めてではあったが失敗することもなく(というか少女主導のもと動いていただけというか)、むしろ互いに満足して尽き果て、そのまま寝落ちした……んだと思う。最後のほうの記憶がない。

 けど……改めて少女を見ていると、昨晩のことが本当は夢だったのではないかと疑いたくなってしまう。
 だって、それくらい美しいのだ、この少女は。
 きめ細やかな柔肌に、華奢でか細い身体、小さな唇に白く長いまつげの一本に至るまで、すべてが繊細で美しい。精緻な氷像のようで、ふとしたことをきっかけに、溶けてなくなってしまいそうだ。触れることすら躊躇われる。

 でも、昨日は触れる以上のことをしたんだよな……。
 なにより乱れたシーツと汗やらなにやらまみれのねっとりした身体が証明してくれる。

 ていうかシーツがかなりアレなことになってる……。少女に言ったら痕跡を消してくれたりするだろうか。魔術でやってみなさいとか言われたりしないだろうか……。

 すやすやと寝息を立てている少女は一向に起きる気配を見せない。
 起こしては悪いので、俺は静かにベッドを出て、少女の裸体に布団をかけ直す。

 さて、風呂にでも入ってさっぱりしようか。
 昨日は大浴場に行ったが、どうやらこの部屋にも浴室があるようだ。
 以前に使っていたスイートルームよりは小規模で質素で、設備は浴槽と洗面台のみ。それでも戸建て一軒家の風呂以上の大きさはある。

 俺は魔法で出した温水を頭から被り、石鹸で身体を洗っていく。
 洗ってるあいだに風呂を溜めよう。念動力魔法で金属栓を排水溝に押し込み、水魔法で浴槽にお湯を張る。
 この部屋の浴槽には、排水口が備えられているだけで蛇口はない。洗面台も同様で、洗面ボウルに排水口、そして金属の栓のみ。もちろん設計ミスというわけではなく、ただ水魔法を使うことを前提とした設計となっているだけだ。

 シャワー代わりの温水とか、小さな浴槽を満たすだけの水量とかは俺の魔法でも簡単に賄える。ドライヤー代わりの風魔法も、寝癖を抑える念動力も、朝の支度のほとんどが初等魔法以下で事足りる。生活魔法と呼ばれる所以はこれなのだろう。

 風呂から上がると、よくやく少女がベッドから這い出しているところだった。

「んん……おはよ」
「おはよう……ございます。ティー」

 やば、どういう顔で接すればいいんだ。
 恥ずかしいというかなんというか……。そして当然のごとく裸だし……。
 そんな俺の気も知らず、少女が見せたのはきょとんとした表情だった。

「……そうね、私はティー。つけてもらっておいて、忘れていたわ」
「ええ……」
「いままで自分を文字列で表現するなんて、なかったから」

 文字列て……そうなんだけど、なんか急に名前のありがたみがなくなる表現だな。
 少女は欠伸を一つ、背伸びを一つして、

「お腹が空いたわ」
「さいですか……」

 廊下へと通じる扉を出て、すぐ目の前。そこに設置されていた机の上に。銀色のドーム……食事に被せるアレが置いてある。使用人が用意してくれた朝食だ。爆睡してたり呼びかけに答えられないとき、こういうふうに置いていってくれるのだ。

 その食事を部屋の机に配膳するころには、少女はもう白いワンピースを身に着けて座っていた。

 ドームを開けると、中には白パンと燻製肉入りの野菜スープ、そして半分に切られたレモンが丁寧に盛りつけられていた。朝食はいつもこんな感じだ。
 ファンタジー中世のパンと言えば固い黒パンのイメージがあるけど、ここの食事で出てくるパンは柔らかい白パンが多い。
 ほかの食材も、さまざまな種類の野菜が入ったスープだとか、肉だって鳥も豚も普通に出てくる。
 みずみずしい果実だって、食べるのではなく、ただの味つけにしか使わない場合だってある。このレモンでいえば、コップに魔法で水を注いだあと、搾って味つけをする用だ。

 そして肝心の味はというと……まぁ、なんだ、コンビニ食に数歩劣るくらい。おいしいが薄味。やっぱりコショウとかスパイスとかって珍しいのだろうか。
 また、量的にはそんなに多くない。朝食にはちょうどいい一人分の分量だ。

 ……そう、一人分である。使用人が用意してくれた食事は一人分しかない。
 この精霊の少女ティーの存在は、まだ使用人たちには明かしていない。まだ、っていうか明かすかどうかもわからない。
 だから、ティーの分の食事がなくて当然である。
 じゃあどうするか……という話なんだが、

「いただくわね」

 ティーはトレイの端をつまみ、自分のほうへ引き寄せるようにして、
 複製のもととなった食事の量が減るとか、劣化するとかいうことはいっさいない。まったく同じものを、まったくの無から生成しているようだ。

 昨夜の夕食も同じように複製していた。あのときは驚きすぎて声も出なかったが、ある程度は予想ができたいまは、落ち着いて尋ねることができる。

「それ、どうやってやってるんですか?」
「? なにが?」
「その……複製魔法?」
「複製というか、ただの物質生成だけれどね」

 なんでもないことのようにティーは言う。

「物質生成なら貴方もできるじゃない」
「魔術を使えばってこと?」
「いえ、魔法で」
「えっ、そうなんですか?」
「……そうもなにも、それは物質でしょう」

 ティーが指差したのは、俺がいましがた水を注いでレモンを搾ったコップ……あっ、

「水って物質か」
「いったいなんだと思っていたのかしら……」

 少女は呆れたような顔を見せる。

「生成自体はたいしたことのない魔法よ。難しいのは、より複雑な物質を生成すること」
「複雑な物質?」
「物質については、どこまで知っているのかしら? 原子はわかる? 原子の構成は?」
「えっと……陽子、中性子、電子」
「正解。じゃあ、水素原子と酸素原子の組成は?」
「水素原子は陽子1つに電子1つ。酸素原子は陽子と電子が8つずつと、中性子も8つ?」
「正解。原子の組成はむこうとこちら、同じようね。では、水分子を生成するのに必要な原子は?」
「H2Oだから、水素原子2つに酸素原子1つ」
「次、金原子の組成は?」
「覚えてません……」
「陽子・電子が79、中性子が118」

 そんなに多いのか。

「じゃあ、問題。水と金なら、どちらの生成が難しいでしょう?」

 さっきティーは、物質生成はより複雑な物質のほうが難しいと言った。
 ここで言うというのはどういう意味だろう。

 構造? 体心立方格子とか面心立方格子とか?
 いや、問答の内容からして質量数とかか。

「……たくさんの電子とかを作らないといけない、金のほうが難しい?」
「正解。陽子や電子などの構成要素を、時間的な遅延ラグをほとんどゼロにして作り続けなければならないから難しいの。各要素を生成するタイミングがあまりにずれると、要素同士の結合が難しくなる。金原子を作ろうとして、水素なんかの細かな原子がたくさん生成されてしまったり、電子や陽子がそのまま放出されてしまったりね」

 原子核を作るとき、陽子と中性子を作るタイミングがずれると、うまく結合できずに散らばったりしてしまうってわけか。

「じゃあ水って比較的簡単な物質なのか……? いやでも酸素原子はそこそこ多くない?」
「術式さえあれば、魔術初心者でもできる程度よ。さすがに金は難しいけれど」

 術式さえあれば、か。
 それが魔術のいいところだと思う。

「物質生成に興味があるの?」

 食事の手を止めて、少女が尋ねてきた。

「まぁ、それは」
「光学魔術より、そちらを先にする?」
「……いや、まずは不可視化の術からかな。昨日ちょっとしかやってないけど、それでも中途半端で放り出すのは気持ち悪いし」
「そうね。まずはなにかひとつ、術式を完成させてみたほうがいいわ。意識づけのためにもね」
「意識づけ?」
「そう。自分は魔術師である、という意識づけ」
「魔術師? 俺が?」
「一般的には、ね。魔術の研究をしていたり、高度な術式を構築できる人物のことを魔術師と呼ぶ。不可視化の術式を完成させられるなら、魔術師くらい名乗ってもいいんじゃないかしら」

 俺が魔術師、か。
 こちらの世界に来てからはずっと『勇者様』とか『召喚者様』とは呼ばれていた。

 俺にはそれが重荷だった。
 俺はなにひとつ勇者らしいことができていない。使用人以下の魔法しか使えず、上達の見込みもない。勇者なんて呼ばれる資格はない。

 けれど、魔術師なら。
 この少女に教えを請えるのなら。
 俺は魔術師と呼ばれる資格を、得られるのかもしれない。

 それに、呼び方なんて関係なく、覚えたい魔術はたくさんある。
 ほかの召喚者みたいな大火力の現象を起こしてみたいし、物質生成もしてみたい。

 不可視化の術式だってそうだ。
 こんなにやる気がみなぎるのは、前の世界ではなかったことだ。

「それじゃあ、行きましょうか」

 食事を終え、俺と少女は図書室へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~

かくろう
ファンタジー
【ためて・放つ】という地味スキルを一生に一度の儀式で授かってしまった主人公セージ。  そのせいで家から追放され、挙げ句に異母弟から殺されかけてしまう。  しかしあらゆるものを【ためる】でパワフルにできるこのスキルは、最高ランクの冒険者すらかすんでしまうほどのぶっ壊れ能力だった!  命からがら魔物の強襲から脱したセージは、この力を駆使して成り上がっていく事を決意する。  そして命の危機に瀕していた少女リンカニアと出会い、絆を深めていくうちに自分のスキルを共有できる事に気が付いた。 ――これは、世界で類を見ない最強に成り上がっていく主人公と、彼の元へ集まってくる仲間達との物語である。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。

葉月
ファンタジー
コルネ村で、幼なじみであり恋人でもあったユリアナと、ささやかな幸福を分かち合って生きていたロイド。 だがある日、ユリアナは女神の愛子として目覚め、国王の命により王都へと連れ去られる。 突然、日常を奪われ、運命に引き裂かれたロイドは、抗う術も持たぬまま、否応なく大きな流れへと呑み込まれていく。 これは、奪われたものを取り戻すため、そして理不尽な運命に抗おうとする、一人の少年の物語である。

異世界召喚されたが無職だった件〜実はこの世界にない職業でした〜

夜夢
ファンタジー
主人公【相田理人(そうた りひと)】は帰宅後、自宅の扉を開いた瞬間視界が白く染まるほど眩い光に包まれた。 次に目を開いた時には全く見知らぬ場所で、目の前にはまるで映画のセットのような王の間が。 これは異世界召喚かと期待したのも束の間、理人にはジョブの表示がなく、他にも何人かいた召喚者達に笑われながら用無しと城から追放された。 しかし理人にだけは職業が見えていた。理人は自分の職業を秘匿したまま追放を受け入れ野に下った。 これより理人ののんびり異世界冒険活劇が始まる。

処理中です...