サムライ・フライヤー

星野谷千里

文字の大きさ
3 / 8

3.下宿

しおりを挟む
 次の朝早く、時宗は剣道場に来ていた。朝の空気は清々しかったが、道場では張り詰めた空気が支配している。



「それでは、はじめっ」

 知世が審判となり、向かい合う父親と時宗に声を掛ける。

 二人はともに動かない。



 すると知世の父親が細かい動きで、時宗の構える竹刀の剣先を叩く。

 時宗はまっすぐ正眼に構えて動かない。



「とおりゃあっ!」

 動かない時宗にじれたのか、父親が気合いの入ったすさまじい勢いで前に踏み込んだ。

 その一瞬の間隙を突き、不思議な足さばきで時宗が前に進むと、父親の手から竹刀が吹っ飛んだ。

 父親は呆然として、そばに立つ時宗を見る。



「あの一瞬で小手と面に二撃入れたのか……信じられん」

「竹刀も打ったので三撃でござるかな」



 時宗は防具を脱ぎながらにこやかに答える。

「拙者のできる最高の技でお応えしたつもりでござるが……」

「いやはや、恐れ入った」



 父親も防具を脱ぎながら、笑顔で首を振る。そして、真顔になって時宗に向き直った。



「是非うちで働いてもらえないだろうか」

「それは大変ありがたいお申し出。 よろこんでお受け致しまする」



「まあ、こっちが弟子にしてもらいたいぐらいだがな」

 父親はまんざら冗談でもない顔で軽口を飛ばした。知世は、時宗の腕前を知ってはいたが、さらに三倍増しの尊敬の顔で時宗を見つめていた。





 しばらく三人で歓談していると、小学生くらいの男の子が道場にやってきた。

 男の子は、入り口で元気よく挨拶する。

 すぐに男の子は着流しの時宗を見つけて大喜びだ。



「うわあ、サムライだ! 兄ちゃん、サムライなの?」

「そうでござるよ」

「秘伝の必殺技、教えてよ!」

「それは基本ができてからでござるな」

「やった~、俺がんばる!」



 それからも沢山の子供がやってきては、口々に時宗に話しかけている。時宗は笑顔で答え、知世たちもにこやかに見ている。そうしてその日は穏やかに過ぎていった。



 その日から時宗は道場で師範代を務めることになった。そして、空いている部屋に下宿させてもらえることにもなった。年頃の娘が心配な父親はかなり悩んだが、時宗のまっすぐな心は疑いようもなく、母親の説得もあって最後には折れたのだった。



 それから、夏休みに入った高校一年生の知世は、しばしば時宗に剣を教わり、時宗の方は現代の暮らしぶりなどを教わって、どんどん親しくなっていった。



 堅物の時宗だったが、その風貌はややもすると女性的で、長髪なこともあってか、今風のかっこよさを備えている。そんな時宗が気になる16歳の知世だったが、実年齢22歳の時宗は、知世に思わせぶりな態度を見せることもなかった。



 そんなある日の夜、知世は時宗の部屋を訪ねてきた。



「時宗さん、ちょっといい?」

「知世殿、もう夜も遅いでござるよ。 お話なら明日に」

「どうしても聞きたいことがあるんです」



 思い詰めたような知世の言葉に、時宗は思い当たる節があって、障子を開けた。

 知世が入ってきて、障子を閉めると、おもむろに時宗の前に正座する。



「時宗さんは、この時代の人じゃないですよね?」

「ああ、拙者は高野山に籠もっており……」



「その話は聞きましたけどっ! 何か隠してますよねっ?」

 知世は、時宗の話を途中で遮って、強い口調で時宗を問い詰める。時宗は、しばらく知世の顔を見ていたが、諦めた顔になって話し始めた。



「およそ信じられない話だが、よいでござるか?」

「薄々は想像しています。 時宗さんはいつ生まれたんですか?」

「弘治3年」

「弘治3年って、あの伊達の鬼、片倉小十郎が産まれた年じゃないですか! 1557年ですよ?!」



 戦国武将マニアの知世は、その時代にかなり詳しい。今から450年以上の前に産まれたと語る時宗は、どうみても二十歳そこそこの若者だ。時宗はちょっと苦々しい顔で話を続ける。



「確かに生まれは弘治3年でござるが、元亀3年、15歳になった日の夜に、拙者はいきなり時間を飛び越えてしまったのでござるよ」



「時間を飛び越えたって、どのくらい?」

「その時は30年ぐらいでござった。 家に戻ると年老いた両親にはたいそう驚かれたが、その2ヶ月後にまた10年ほど先の未来へ飛んでしまったのでござる」



「もしかして、何ヶ月かすると未来に飛んじゃう特異体質とか……そんなわけないよね?」

「いや、そのとおりなのでござる。 拙者にはいつ飛ぶか、何年先に飛ぶかはわからぬ」

「……そんな」

「ただ飛ぶときが近づくと、目の前に透明な本が開いてわかるのでござる」



「それでこの現代まで飛び石のように飛んできたって言うの?」

「ああ、そうでござるな。 知り合いがどんどん死ぬのが辛く、高野山に籠もっていたのでござるが、また出てきてしまった」



「じゃあ、そのうち時宗さんは」

「ああ、また飛んで行くのでござろうな」

「ほんとにそんなことって……」

「本当かどうかは、何十年か先に拙者が会いに来ればわかるでござるよ」



「何年経っても、絶対会いに来てね。 もし私が死んでたらごめんだけど」

「ああ、必ずここに戻ってくるでござるよ」



 とんでもない話でびっくりしたからか、時宗の過酷な運命を思ってかはわからないが、知世はボロボロと涙をこぼしている。

 時宗はそんな知世にハンカチを渡すでもなく、ただ黙って見つめている。その表情は穏やかで、自らの定めを受け入れているように見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

元恋人が届けた、断りたい縁談

待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。 手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。 「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」 そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...