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ダイヤモンドの懐中時計
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その懐中時計は、蓋の表面に雪の結晶の意匠があしらわれている。文字盤の周囲には、六つの小粒ダイヤモンドが飾られており、モチーフはまさしく「雪」であるらしい。
政争のため頻繁に命を狙われていた貴族からの依頼で秘密裏に作られたと伝わるが、真偽のほどは定かではない。ただ、そう言われるだけの力をこの時計は持っていた。
僅かな間だけ、時間を止めてしまえるのだ。まるで凍り付いたかの様に。
その力が発揮されている間、時間が止まっている範囲ではダイヤモンドダストが発生する。それらが全て消えるとき、時間は再び動き出すのだ。
暗殺者の存在に気付いた時、あるいはその実力行使が実行されようとするとき(例えば、落石による事故に見せかけた暗殺だとか)、その懐中時計の力を行使するのだ。
ただし、この時計が時間を止めた時、その力から逃れることができるのは、時計を使った者だけだ。
例えば、馬車に家族で乗っていて、落石「事故」にあったとき、逃げ出せるのは自分一人だけ。配偶者も、子も、御者も、馬も見捨ててしまうしかない。
例えば、パーティ会場で、配偶者と二人、人気のない所に出て暗殺者からの襲撃を受けた場合、その場を去れるのは自分だけ。配偶者は置いていくしかない。
ある意味では、他者の命と引き換えに自分の命を救う魔術であるとも言える。
時間を止めるなどという強力な魔法を行使するには、それくらいの代償、否制限が必要なのだろう。
「まあそういうことだから、こいつは俺たちみたいな破落戸の手元にある方が良いのさ」
と、暗殺者の男は笑う。
逃げ出せるのが一人だけなら簡単だ。
仕留める際に使って、殺してから逃げれば良い。急所もじっくり選び放題だ。
きらきら光るダイヤモンドダストの中で、驚愕する標的の心臓を一突きにする。
何も映さない、映さなくなる瞳に、氷の煌めきが映っているのを見る度に、彼はこの不思議を思わずにいられない。
時間が止まっている間のことを、彼らは覚えているのだろうか。
ただ動けないだけなのか、それともその間彼らは何も認識していないのか。
それを知ることはできない。なぜなら、死人に口なしとしているのは自分たちだし、そうしなくてはならないから。
「それを知ることができるのは、多分俺がこの時計を奪われて殺される時なんだろうなぁ」
彼はそう言って時計を懐にしまう。寒い日で、互いの鼻や口からは呼吸の度に曇った息が漏れていた。話を聞いていた情報屋は、
「誰かに試したりしないのか? それこそ暗殺者の仲間とか、信用できる人に」
「信用できる奴なんているわけないだろ。俺は暗殺者だぞ。仲間なんていねぇ」
「じゃあ俺に使ってみるかい?」
「その必要はない」
彼は首を横に振った。
「そういうものだと知った奴が実際に体験したら、抜け道を見つけられてしまうかもしれない。だからやらない」
「まだ俺を殺すつもりはないと言うこと?」
「お前、俺たちをなんだと思ってんだ? 金積まれてお前を殺せって言われなきゃ殺さねぇよ」
つまらなさそうに言う。
「だから、もしお前がこれを見ることがあったら、それはお前をすごく恨んでるか邪魔に思ってる奴がいるときってことだよ。せいぜい善行を積むんだな」
そう言って彼は笑った。渡した情報の代金を支払うと、振り返りもせずに去って行く。
さて、自分も帰ろうか、と情報屋が歩き出そうとしたとき、目の前にちらりと光るものが漂っているのが見えた。どきりとする。だってそれはまるでダイヤモンドダストで……。
振り返るが、客の遠ざかる背中はそのままだった。自分は今動いている。動けている、筈だ。
息を詰める。まさか時間が止められているのではないか。そんな恐怖心が胸中を占める。
金を積まれれば、陣営に関係なく情報を流す。そんな自分の存在を、厭う者もあるだろう。もしかしたら、やはり彼は自分の殺害を依頼されているのではないか。
けれど、無邪気な子供の声が耳に届いた時、その疑いは氷解するように消失した。
「ママ、見てきれい。空気がきらきらしてる」
「今日は寒いからね。空気の中のお水が凍っているのよ」
ああ、なんだ。本物のダイヤモンドダストだったか。
ふぅー……と息を吐き出す。現金なもので、安心すると急にその眺めは美しく見えた。
ああ、これが最期に見る景色であるならば、彼の犠牲者もそう悪くはないのかもな。
そんな調子の良いことを考えながら、情報屋は次の待ち合わせ場所に向かったのだった。
政争のため頻繁に命を狙われていた貴族からの依頼で秘密裏に作られたと伝わるが、真偽のほどは定かではない。ただ、そう言われるだけの力をこの時計は持っていた。
僅かな間だけ、時間を止めてしまえるのだ。まるで凍り付いたかの様に。
その力が発揮されている間、時間が止まっている範囲ではダイヤモンドダストが発生する。それらが全て消えるとき、時間は再び動き出すのだ。
暗殺者の存在に気付いた時、あるいはその実力行使が実行されようとするとき(例えば、落石による事故に見せかけた暗殺だとか)、その懐中時計の力を行使するのだ。
ただし、この時計が時間を止めた時、その力から逃れることができるのは、時計を使った者だけだ。
例えば、馬車に家族で乗っていて、落石「事故」にあったとき、逃げ出せるのは自分一人だけ。配偶者も、子も、御者も、馬も見捨ててしまうしかない。
例えば、パーティ会場で、配偶者と二人、人気のない所に出て暗殺者からの襲撃を受けた場合、その場を去れるのは自分だけ。配偶者は置いていくしかない。
ある意味では、他者の命と引き換えに自分の命を救う魔術であるとも言える。
時間を止めるなどという強力な魔法を行使するには、それくらいの代償、否制限が必要なのだろう。
「まあそういうことだから、こいつは俺たちみたいな破落戸の手元にある方が良いのさ」
と、暗殺者の男は笑う。
逃げ出せるのが一人だけなら簡単だ。
仕留める際に使って、殺してから逃げれば良い。急所もじっくり選び放題だ。
きらきら光るダイヤモンドダストの中で、驚愕する標的の心臓を一突きにする。
何も映さない、映さなくなる瞳に、氷の煌めきが映っているのを見る度に、彼はこの不思議を思わずにいられない。
時間が止まっている間のことを、彼らは覚えているのだろうか。
ただ動けないだけなのか、それともその間彼らは何も認識していないのか。
それを知ることはできない。なぜなら、死人に口なしとしているのは自分たちだし、そうしなくてはならないから。
「それを知ることができるのは、多分俺がこの時計を奪われて殺される時なんだろうなぁ」
彼はそう言って時計を懐にしまう。寒い日で、互いの鼻や口からは呼吸の度に曇った息が漏れていた。話を聞いていた情報屋は、
「誰かに試したりしないのか? それこそ暗殺者の仲間とか、信用できる人に」
「信用できる奴なんているわけないだろ。俺は暗殺者だぞ。仲間なんていねぇ」
「じゃあ俺に使ってみるかい?」
「その必要はない」
彼は首を横に振った。
「そういうものだと知った奴が実際に体験したら、抜け道を見つけられてしまうかもしれない。だからやらない」
「まだ俺を殺すつもりはないと言うこと?」
「お前、俺たちをなんだと思ってんだ? 金積まれてお前を殺せって言われなきゃ殺さねぇよ」
つまらなさそうに言う。
「だから、もしお前がこれを見ることがあったら、それはお前をすごく恨んでるか邪魔に思ってる奴がいるときってことだよ。せいぜい善行を積むんだな」
そう言って彼は笑った。渡した情報の代金を支払うと、振り返りもせずに去って行く。
さて、自分も帰ろうか、と情報屋が歩き出そうとしたとき、目の前にちらりと光るものが漂っているのが見えた。どきりとする。だってそれはまるでダイヤモンドダストで……。
振り返るが、客の遠ざかる背中はそのままだった。自分は今動いている。動けている、筈だ。
息を詰める。まさか時間が止められているのではないか。そんな恐怖心が胸中を占める。
金を積まれれば、陣営に関係なく情報を流す。そんな自分の存在を、厭う者もあるだろう。もしかしたら、やはり彼は自分の殺害を依頼されているのではないか。
けれど、無邪気な子供の声が耳に届いた時、その疑いは氷解するように消失した。
「ママ、見てきれい。空気がきらきらしてる」
「今日は寒いからね。空気の中のお水が凍っているのよ」
ああ、なんだ。本物のダイヤモンドダストだったか。
ふぅー……と息を吐き出す。現金なもので、安心すると急にその眺めは美しく見えた。
ああ、これが最期に見る景色であるならば、彼の犠牲者もそう悪くはないのかもな。
そんな調子の良いことを考えながら、情報屋は次の待ち合わせ場所に向かったのだった。
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