人造人間の運命の輪

三枝七星

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1月 白玉椿

 家の者が決して首を落とされないように、と言う願掛けで、その家では秘密裏に人造人間を仕入れ、首を切り落とす儀式を行っていた。

 当初は奉公人の中から選んでいたが、ある代で、心配性の当主の胸に不安が兆した。

 こんな、位の低い者たちの首で、神はご納得されるのだろうか。

 そこで、当主はありとあらゆる文献を漁り、情報を集め、人造人間を制作している術師の存在を突き止めた。当主自らその術師の元に赴き、事情を話し、人造人間の製造を依頼したのだ。そこでどんなやりとりがあったのか、知る者は当主と術師のみだ。従者は外で待たされていたから、二人の会話など聞いていないのだ。

 ただ、長い話し合いの末、術師はこの家に人造人間を作ることにしたらしい、大人になった状態で送り届けるから時間をくれと言われ、当主はそれを了承した。

◆◆◆

 この頃はまだ、この家が領地を持つ地域に戦の火はそこまで迫っていなかった。だから、この家も戦に出るかもしれない、と言う予想が付いた時点で術師に注文し、大人の人造人間が納品されるまで待つことができたが、戦局は変動する。情勢は激化し、それに伴い不安も高まり、儀式も頻回に行わなくてはならなくなった。予想は悪い方に外れ、短い期間で出陣しなくてはならなくなった。

「子供でもいい。数をくれ。育てておいて、大きくなった者から儀式に使うから」

 とはいえ、命一つ作るのも大変な作業だ。術師はひとまず三体の、幼体の人造人間を納品した。

「まあ、玉のよう。お肌も白くて、まるで白玉椿のようですね」

 参謀はころころと丸っこいかたちの人造人間たちを見て、笑った。

 他の家が見れば、この家は狂っていると糾弾しただろう。だが、長くここに仕えている者たちは、とっくにそんな倫理観など失っていた。あるいは、他の家にも、とてもよそには漏らせない、独特の、死を避ける、あるいは勝利を呼ぶ儀式を行っているだろうと開き直る。

 この時から、この家での人造人間の隠語として「白玉椿」が用いられた。桜が咲いても、朝顔がしぼんでも、楓が色づいても、ひっそりと送り込まれる人造人間たちは「白玉椿」と呼ばれるのだ。

 ある一月、本当に椿の時期に、その白玉椿はやってきた。感情も表情も乏しい人造人間たちは、生贄としての役割しか期待されなかったから、何も教わらずに、ただ花でも育てるように扱われた。綺麗で、大きくなることだけを求められた命。

 この頃には、もうこの家の財政も厳しいものになっていた。この時はなけなしの金を払って、一体だけ納品された。それもかなり値切っていたから、術師からは取引の終了を申し渡されていた。

 死を避けること、そのために人造人間を生贄にすること。もはや目的と手段がめちゃくちゃになった当主は、砕けた鋼の様に胡乱に光る目で人造人間を見た。
「お前には、この戦を終わらせてもらわねば困るのだ」
 果たして、首切りの儀式にどれくらいの効果があったのか。形だけの儀式に囚われて、他に疎かにしたことがなかったのか。最早誰も振り返ることはしない。これが最後の生贄。だから、当主は恐怖でもはや正常な思考能力を失っていた。もう出せる生贄はないのだから、ここで終わらせないといけない。だから、期待する。人造人間に、生贄以上のことを。

「わたしが、おわらせる? わたしが、おわるのではなくて?」
「そうだ! お前が、終わって、終わらせないといけないんだ! だから、だから早く大人に……ああ、いや、そうか」

 七つ前は、神の内。神の元へお返しする。どうして気付かなかったんだろう。最初から、子供の状態で納品させていれば。違う違う。最初から、子供を捧げていれば、こんなことには。

 大人であるから、、首を落とすという見立てに意味があるのだと言う、儀式の成り立ちを、当主はすっかり忘れていた。理由をこねくり回して、元の形に戻せなくなった、ただただ醜悪な儀式に固執している。

「来い」

 当主は子供の人造人間の手を引いて、空き部屋の一つに連れて行った。城内は荒れ果て、誰も当主の奇行を咎めない。抜き身の刀を持って、子供を連れていたとしても。ついにおしまいになったか、あの当主も。と、逃げ出す算段、敵側に付く際の手土産について考え始める者もいる。

 まだ咲いてもいない、白玉椿。その小さな身体を、畳に押しつけるように座らせて。

 当主は刀を振り上げて。

 

 白玉椿は、泣きも喚きもせず、ただ突然倒れた当主を見ていた。やがて、意思を持った足音を聞く。

「ガキのことだから泣いているかと思ったが、根性があるんだな。いや、なんもないだけか?」

 障子が開いた。弓を担いで、甲冑を着た男がつまらなさそうに死体と自分を見ている。

「俺と来い」

 男は手を差し出した。白玉椿は意味がわからないでただただ彼を見上げる。

「……ったくよ、人造人間ってのはこれだから。こんなのを長く城に置くから間違いが起こるんだよ」

 舌打ちすると、男は白玉椿を抱き上げて部屋を出た。彼はそのまま、城も出て、どんどん山の中を歩いて、人がいっぱいいるところに到着した。白玉椿には状況がわからなかった。

「手土産の白玉椿だ。何もわかっちゃいねぇ。本当に生贄以外に使い道がねぇぞ」

 武装した者たちの中から、一段立派な甲冑を着た人間が出てきて、男を出迎えた。

「いや、構いません。それで、当主は?」
「そのガキ殺そうとしてて、止めようとしたら当たり所が悪くて死んだ」
「本当に?」

 話している相手は、うっすらと笑みを浮かべた。

「まあ、良いでしょう。あなたを歓迎しますよ」

◆◆◆

 裏切り者の手土産として、他家に連れて行かれた白玉椿は、労働力として扱われた。裏切った武士は新しい家で着実に成果を上げて信頼を得た。

 ある冬の晩。彼は、あの日迎え入れたこの家の三男と酒を酌み交わしていた。それほどまでに受け入れられたのだ。

「それにしても、あなたは随分とあの人造人間を大事にしているようですが」
「大事って言うか、腹が立ったから生き延びさせてやろうと思っただけだよ」
「腹が立った? かつてのご当主にですか?」
「おう。あの家、ああやって人造人間を仕入れては生贄にしてたんだが、最初は大人にしてから仕入れてたんだよ」

 そこまで聞いて、三男は合点がいった。

「戦が起こりそうな頃合いの予想と、術師が人造人間を大人にするまでの時間が、たまにずれることがある。思ったより戦がないとかな。そうすると、人造人間はその分長く家にいることになる」

 彼は言った。少しの間、沈黙。

「綺麗な方でした?」

 先に問いを投げたのは三男だった。

「そりゃ『白玉椿』だからな」

 それ以上のことは言わなかった。

「情の恨みは怖いですねぇ」
「あんな、誰のものでもないものを長く置くからそう言うことになる。ジジイは元々使ってた人間の生贄すら道具にしか思ってなかったよ。俺が人間すぎたんだ。戦いに向いてねぇのかも」
「それは困りますね」

 二人して忍び笑いを漏らしていると、襖の外から声がした。

「お兄様、お仕事終わりました。椿はもう寝ます」

 白玉椿の声だ。一日の奉公を終えると、こうやって彼に報告しに来るのだ。

「おう、俺はまだここにいる。良い夢見ろよ」
「わかりました」

 返事があって、小さな足音が遠ざかる。

「やっぱり」

 再び酒を飲み始めた彼の顔を見て、三男はあの時と同じ笑い方をした。当主は当たり所が悪くて死んだ、と告げた時に「本当に?」と聞き返した、あの時の顔。

「あなたは戦いに向いていないのかも」
「馬鹿言え。もう他の生き方なんかできねぇよ。あのジジイに報いるためにも、椿が大人になるのは見届けてぇってくらいだ」
「そうしてください」

 三男は頷いた。

 外ではしんしんと雪が降っている。庭の椿にも雪が積もる。

 恨みが、情が、人の営みで剥がれ落ちる気持ちの全ても、同じように積もっていく。

 白玉椿はその様を、ただ何もわかっていないような瞳に映して、「お兄様」の言いつけ通り、良い夢を見ようとして自分の寝部屋に向かった。
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