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第8話 掴めない正体
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森澤の制止を聞く約束を破ったことは、そこまで相手の機嫌を損ねていなかった。
「お疲れ様でした。ご無事で何より」
どうやら、会計カウンターの裏に何者かが潜んで、浅見に襲いかかると言うことを想像していたらしい。
「いや、悪かったね」
「いえ、気になるのは自分もわかりますし」
「ていうか、あの女喋ったよ」
「えっ」
森澤は驚いた様だった。
「すげぇ小さい声だったから、ロボット拾えなかったんじゃねぇの? 結構離れてたし、口の動きも小さかったからわかんなかったんだと思うけど」
「何て言ってました?」
「それが俺も全然聞き取れなくて。『ナントカしゃ、ナントカ……で』って感じだった」
何かを伝えようとしたことは間違いない。けれど、まったく聞き取れなかった上に、聞き返しても反応はなかった。
「じゃあ、何かを伝えたくて出てるんでしょうか。しかし、何の目的で?」
「うーん、わかんねぇなぁ。山下さんに明日もう一度会ってもらうわけにもいかねぇしなぁ」
山下は引き受けてくれるだろうが、なんとなく彼を巻き込むのには抵抗があった。森澤も、サーモカメラに映らないと言う点がネックになっているようだ。
サーモカメラ。そこで浅見は思い出した。女が出て来る直前に感じたことを。
「あ、そう言えばさ。ちょっとサーモカメラで見て欲しいことあるんだけど、良い?」
「はい。何ですか?」
「幽霊が出る前、ちょっと寒いような気がしてんだよね。配置したところからサーモで再生して、幽霊が映るところでちょっと比べたいんだけど」
「と、おっしゃいますと?」
「幽霊が通り掛かると悪寒がするって言うじゃん?」
「有意に気温が下がっているかどうか、と言う事ですね」
森澤は頷いた。どうも、検証するようなアプローチはすんなり受け入れられるらしい。浅見は、この真面目な青年との接し方について、徐々にコツを掴み始めている。
「そう言うこと。できる?」
「このサーモ、どこからどこまでの温度を色分けするっていうのが設定されてるんですよ」
「うん」
「もともと、人間や動物などの、熱源を検知するものなので、室温以下は拾えないんですよね」
「ど、どう言うこと?」
「このサーモだと、25℃以下はみんな同じ青色なんです」
浅見は天井を睨んで考えた。
「はぁー……つまり、温度の範囲をもっと低い方にずらさないと幽霊は見つかんないってこと?」
先日サーモカメラの画面を見たときは、壁や天井、床は全て青色だった。気温もそこまで高くないだろう。と言う事は、それより寒かったところで画面の色は変わらない、と言う事だ。森澤は頷き、
「そうですね。幽霊がその範囲の温度を発していれば、の話ですけど」
「設定って変えられないの?」
「会社で変えられますけど、それって本来の趣旨とは外れますから、まず無理ですね」
それはそうだ。今回の実験はあくまで「警備ロボット」としての実験である。何のために警備をするのか。それは、人間や動物……つまり、熱源となる存在の侵入を防ぐ、あるいは追及するためだ。室温より低いかもしれない幽霊を探すためではない。2人は異常なものを目の当たりにしているので突き止めたいとは思うが、そんなことを言ったら、森澤も浅見も、この案件から外されるだろう。浅見は恐らく病院での検査を勧められるだろうし、森澤は退職勧告をされかねない。
「じゃあ、このまま?」
「あれが人間でなく、なおかつ騒ぎを起こそうとしなければ、そうなりますね。調査はまた別でやった方が良いとは思いますが、自分たちがやることではないですね。ノウハウもないし」
一応、運営会社には伝えておかなくてはならないだろう。あの女が何の目的でここにいるにしても、次の施設にするのであれば、住み着かれていては困る筈だ。
「最後の最後にこれとは、可哀想な建物だよな」
浅見は肩を竦めた。
「お疲れ様でした。ご無事で何より」
どうやら、会計カウンターの裏に何者かが潜んで、浅見に襲いかかると言うことを想像していたらしい。
「いや、悪かったね」
「いえ、気になるのは自分もわかりますし」
「ていうか、あの女喋ったよ」
「えっ」
森澤は驚いた様だった。
「すげぇ小さい声だったから、ロボット拾えなかったんじゃねぇの? 結構離れてたし、口の動きも小さかったからわかんなかったんだと思うけど」
「何て言ってました?」
「それが俺も全然聞き取れなくて。『ナントカしゃ、ナントカ……で』って感じだった」
何かを伝えようとしたことは間違いない。けれど、まったく聞き取れなかった上に、聞き返しても反応はなかった。
「じゃあ、何かを伝えたくて出てるんでしょうか。しかし、何の目的で?」
「うーん、わかんねぇなぁ。山下さんに明日もう一度会ってもらうわけにもいかねぇしなぁ」
山下は引き受けてくれるだろうが、なんとなく彼を巻き込むのには抵抗があった。森澤も、サーモカメラに映らないと言う点がネックになっているようだ。
サーモカメラ。そこで浅見は思い出した。女が出て来る直前に感じたことを。
「あ、そう言えばさ。ちょっとサーモカメラで見て欲しいことあるんだけど、良い?」
「はい。何ですか?」
「幽霊が出る前、ちょっと寒いような気がしてんだよね。配置したところからサーモで再生して、幽霊が映るところでちょっと比べたいんだけど」
「と、おっしゃいますと?」
「幽霊が通り掛かると悪寒がするって言うじゃん?」
「有意に気温が下がっているかどうか、と言う事ですね」
森澤は頷いた。どうも、検証するようなアプローチはすんなり受け入れられるらしい。浅見は、この真面目な青年との接し方について、徐々にコツを掴み始めている。
「そう言うこと。できる?」
「このサーモ、どこからどこまでの温度を色分けするっていうのが設定されてるんですよ」
「うん」
「もともと、人間や動物などの、熱源を検知するものなので、室温以下は拾えないんですよね」
「ど、どう言うこと?」
「このサーモだと、25℃以下はみんな同じ青色なんです」
浅見は天井を睨んで考えた。
「はぁー……つまり、温度の範囲をもっと低い方にずらさないと幽霊は見つかんないってこと?」
先日サーモカメラの画面を見たときは、壁や天井、床は全て青色だった。気温もそこまで高くないだろう。と言う事は、それより寒かったところで画面の色は変わらない、と言う事だ。森澤は頷き、
「そうですね。幽霊がその範囲の温度を発していれば、の話ですけど」
「設定って変えられないの?」
「会社で変えられますけど、それって本来の趣旨とは外れますから、まず無理ですね」
それはそうだ。今回の実験はあくまで「警備ロボット」としての実験である。何のために警備をするのか。それは、人間や動物……つまり、熱源となる存在の侵入を防ぐ、あるいは追及するためだ。室温より低いかもしれない幽霊を探すためではない。2人は異常なものを目の当たりにしているので突き止めたいとは思うが、そんなことを言ったら、森澤も浅見も、この案件から外されるだろう。浅見は恐らく病院での検査を勧められるだろうし、森澤は退職勧告をされかねない。
「じゃあ、このまま?」
「あれが人間でなく、なおかつ騒ぎを起こそうとしなければ、そうなりますね。調査はまた別でやった方が良いとは思いますが、自分たちがやることではないですね。ノウハウもないし」
一応、運営会社には伝えておかなくてはならないだろう。あの女が何の目的でここにいるにしても、次の施設にするのであれば、住み着かれていては困る筈だ。
「最後の最後にこれとは、可哀想な建物だよな」
浅見は肩を竦めた。
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