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HO2.女教皇の弟(5話)
5.救済者の価値
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「和也くんの手術が成功したそうだ」
数日後、多摩分室で三人が仕事をしていると、メールチェックをしていた哲夫が声を上げた。
「もともと、有機体もあの程度で済んでいたから、予後も良いらしいが、右手は回復に時間が掛かるみたいだな」
有機体の束が出てきたのは右手の指先だった。あの腕の筋肉が一部、変質しているわけだから、当分は不便な生活を強いられることになるだろう。
「本人はどうしてます?」
「メンタル面は落ち込みが見られるそうだ」
「そうでしょうねぇ。元々の悩みは何も解決していませんから」
テータは肩を竦めた。
「そういえば浪越さん」
そこで、哲夫は探るような目で彼女を見た。
「あの後どこへ?」
それは杏も気になっていた。
和也が救急車で搬送されると、テータは二人に言った。
「私、ちょっと寄るところがあるので、お二人は分室に戻っていてください。すみませんが今日は早退、このまま直帰します」
テータの家がどこにあるのか、実は哲夫も杏も知らない。オブザーバーの非常勤用に用意された携帯端末、それが、彼女と連絡を取る唯一の方法だ。
「構わないけど……どこへ?」
きょとんとして、哲夫は言う。彼女がこんなことを言うのは、どうやら初めてのようだった。
「私にもプライベートがあるんです。お金は持っていますからご心配なく」
そう言うと、券売機で切符を買い、すたすたと改札の中に吸い込まれていった。残された男二人は顔を見合わせた。
「浪越さんのプライベート、知ってます?」
「何も知らん」
「追いますか?」
杏は不安よりも、好奇心で提案したが、
「いや……彼女なら大丈夫だろう。それに、尾行はバレるし怒られそうだ」
和也に正論で詰め寄っていたのを見てもわかるように、彼女は地球の常識を心得ている。宇宙人が何言ってんだ、と笑い飛ばすには、彼女からは世話になっているので、哲夫も強くは言えないのだろう。二人はそのまま、哲夫の運転で多摩分室に戻り、解散した。
「ちょっとした野暮用ですよ。プライベートのね」
「……和也くんが誰も助けてくれなかったって言った時、浪越さん、『仕方ないですねぇ』って言ったよな」
哲夫は責めたり問い質すと言うよりも、確認するような口ぶりで言った。
「俺はあれを、『仕方のない坊やですね』と言う意味だと思ったんだけど、もしかして……彼の為に一肌脱ごうとした?」
「おやおや、何を言っているのか」
テータはにこにこして肩を竦めた。付き合いの浅い杏にもわかる。これは、テータが「天啓」被害者たちの思い込みを傾聴するときの顔だ。聞き流そうとしている……。
「私はただ、健康不安がありそうな人にアドバイスしに行っただけですよ。ええ。私にも人付き合いがあるので」
どうやら、詳細の聞き取りは難しいらしい。本当にプライベートなのかもしれない。そうすると、ただの「上司」や「同僚」がこれ以上尋ねることはできない。
その時、哲夫のパソコンから通知音が聞こえた。メールの音だな、と杏は頭の片隅で思う。
「あれ、珍しい人から来たな……」
意外そうに呟いて、哲夫は画面を覗き込んだ。マウスホイールを回す、小さくて軽い音が断続したかと思いきや……。
「えっ!?」
突然彼は目を丸くして声を上げた。
「ど、どうしたんですか?」
「すごいニュースなんですか?」
杏が身を竦めて、テータが首を傾げて尋ねると、彼はぽかんとした顔を上げた。
「……腹部膨満で受診して、CT撮影で謎の腫瘍が見つかった患者がいるんだが……」
現在秘密裏に、画像診断が可能な病院に、結晶の画像を送って、似たような物が撮影されたら調べて貰うように伝えている。その結果、その病院の医師がおかしいと気付いて宇宙対策室と提携している病院に紹介した患者がいたそうだ。実際に画像を確認すると、どうも結晶であるようだと。
「その患者の名前が、山中英俊……」
「ええーっ!?」
杏も思わず叫んだ。
「そ、そんなことあるんですか? だって『救済』の『きゅ』の字も出てこなかったでしょ……?」
「あらー、『彼女は僕といるべき』と言うからまるで自分といると救済されるとでも言わんばかりの言い草だなと思ったんですが、本当にそうだったんですねぇー」
テータも言うが、誰がどう聞いても棒読みだ。
確かに、過去の報告書を見ても、「天啓」や「救済」のワードを使って新興宗教を疑われないように、言葉を選んで行動に移る被害者もいた。山中もその手合いだったのだろう。
「……あのときの浪越さんの行き先って……」
「プライベートですよ」
哲夫がそっと質そうとするのを、テータはぴしゃりとはね除けた。
(結局今回、大したことできなかったなぁ)
和也が「天啓」を受けたことを、杏の存在で確認することはできたが、説得も失敗したし、逃がしてしまった。その上、テータは自分なしでも山中英俊が「天啓」を受けていると看破し、受診を勧めて発見にこぎ着けている。
(もっと、役に立ちたい)
けれど、この立場では、能動的に動くことはできない。次の連絡を待つばかりだ。
「ねえ、浪越さん、怒らないから、俺たちだけにはほんとのこと教えて? ねっ? ねっ?」
「えー、やだぁー、国成さんしつこいですぅー」
「いや俺は単純にどういうやりとりがあったか興味があるだけなんだよ! 話を聞くだけで厄介な、山中を受診させたんだろ!? な? 神林さんもそう思うよな!?」
「え? そ、そうですね。僕も知りたいです」
「神林さん、困ってるじゃないですか。国成さん無理に賛成させてるー」
テータはけらけら笑った。
この二人の絆も、いくつも事件を解決した積み重ねなのだろう。哲夫は杏を輪に入れようとしてくれているが、その気遣いも、少しの疎外感を感じさせた。
(もっと頑張らなくちゃ)
<もっと人を救わなきゃ>
杏はしばらく、事務所内でテータを縋るように追い回す哲夫を見て笑っていた。
数日後、多摩分室で三人が仕事をしていると、メールチェックをしていた哲夫が声を上げた。
「もともと、有機体もあの程度で済んでいたから、予後も良いらしいが、右手は回復に時間が掛かるみたいだな」
有機体の束が出てきたのは右手の指先だった。あの腕の筋肉が一部、変質しているわけだから、当分は不便な生活を強いられることになるだろう。
「本人はどうしてます?」
「メンタル面は落ち込みが見られるそうだ」
「そうでしょうねぇ。元々の悩みは何も解決していませんから」
テータは肩を竦めた。
「そういえば浪越さん」
そこで、哲夫は探るような目で彼女を見た。
「あの後どこへ?」
それは杏も気になっていた。
和也が救急車で搬送されると、テータは二人に言った。
「私、ちょっと寄るところがあるので、お二人は分室に戻っていてください。すみませんが今日は早退、このまま直帰します」
テータの家がどこにあるのか、実は哲夫も杏も知らない。オブザーバーの非常勤用に用意された携帯端末、それが、彼女と連絡を取る唯一の方法だ。
「構わないけど……どこへ?」
きょとんとして、哲夫は言う。彼女がこんなことを言うのは、どうやら初めてのようだった。
「私にもプライベートがあるんです。お金は持っていますからご心配なく」
そう言うと、券売機で切符を買い、すたすたと改札の中に吸い込まれていった。残された男二人は顔を見合わせた。
「浪越さんのプライベート、知ってます?」
「何も知らん」
「追いますか?」
杏は不安よりも、好奇心で提案したが、
「いや……彼女なら大丈夫だろう。それに、尾行はバレるし怒られそうだ」
和也に正論で詰め寄っていたのを見てもわかるように、彼女は地球の常識を心得ている。宇宙人が何言ってんだ、と笑い飛ばすには、彼女からは世話になっているので、哲夫も強くは言えないのだろう。二人はそのまま、哲夫の運転で多摩分室に戻り、解散した。
「ちょっとした野暮用ですよ。プライベートのね」
「……和也くんが誰も助けてくれなかったって言った時、浪越さん、『仕方ないですねぇ』って言ったよな」
哲夫は責めたり問い質すと言うよりも、確認するような口ぶりで言った。
「俺はあれを、『仕方のない坊やですね』と言う意味だと思ったんだけど、もしかして……彼の為に一肌脱ごうとした?」
「おやおや、何を言っているのか」
テータはにこにこして肩を竦めた。付き合いの浅い杏にもわかる。これは、テータが「天啓」被害者たちの思い込みを傾聴するときの顔だ。聞き流そうとしている……。
「私はただ、健康不安がありそうな人にアドバイスしに行っただけですよ。ええ。私にも人付き合いがあるので」
どうやら、詳細の聞き取りは難しいらしい。本当にプライベートなのかもしれない。そうすると、ただの「上司」や「同僚」がこれ以上尋ねることはできない。
その時、哲夫のパソコンから通知音が聞こえた。メールの音だな、と杏は頭の片隅で思う。
「あれ、珍しい人から来たな……」
意外そうに呟いて、哲夫は画面を覗き込んだ。マウスホイールを回す、小さくて軽い音が断続したかと思いきや……。
「えっ!?」
突然彼は目を丸くして声を上げた。
「ど、どうしたんですか?」
「すごいニュースなんですか?」
杏が身を竦めて、テータが首を傾げて尋ねると、彼はぽかんとした顔を上げた。
「……腹部膨満で受診して、CT撮影で謎の腫瘍が見つかった患者がいるんだが……」
現在秘密裏に、画像診断が可能な病院に、結晶の画像を送って、似たような物が撮影されたら調べて貰うように伝えている。その結果、その病院の医師がおかしいと気付いて宇宙対策室と提携している病院に紹介した患者がいたそうだ。実際に画像を確認すると、どうも結晶であるようだと。
「その患者の名前が、山中英俊……」
「ええーっ!?」
杏も思わず叫んだ。
「そ、そんなことあるんですか? だって『救済』の『きゅ』の字も出てこなかったでしょ……?」
「あらー、『彼女は僕といるべき』と言うからまるで自分といると救済されるとでも言わんばかりの言い草だなと思ったんですが、本当にそうだったんですねぇー」
テータも言うが、誰がどう聞いても棒読みだ。
確かに、過去の報告書を見ても、「天啓」や「救済」のワードを使って新興宗教を疑われないように、言葉を選んで行動に移る被害者もいた。山中もその手合いだったのだろう。
「……あのときの浪越さんの行き先って……」
「プライベートですよ」
哲夫がそっと質そうとするのを、テータはぴしゃりとはね除けた。
(結局今回、大したことできなかったなぁ)
和也が「天啓」を受けたことを、杏の存在で確認することはできたが、説得も失敗したし、逃がしてしまった。その上、テータは自分なしでも山中英俊が「天啓」を受けていると看破し、受診を勧めて発見にこぎ着けている。
(もっと、役に立ちたい)
けれど、この立場では、能動的に動くことはできない。次の連絡を待つばかりだ。
「ねえ、浪越さん、怒らないから、俺たちだけにはほんとのこと教えて? ねっ? ねっ?」
「えー、やだぁー、国成さんしつこいですぅー」
「いや俺は単純にどういうやりとりがあったか興味があるだけなんだよ! 話を聞くだけで厄介な、山中を受診させたんだろ!? な? 神林さんもそう思うよな!?」
「え? そ、そうですね。僕も知りたいです」
「神林さん、困ってるじゃないですか。国成さん無理に賛成させてるー」
テータはけらけら笑った。
この二人の絆も、いくつも事件を解決した積み重ねなのだろう。哲夫は杏を輪に入れようとしてくれているが、その気遣いも、少しの疎外感を感じさせた。
(もっと頑張らなくちゃ)
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