26の夏

たつや

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26歳フリーター

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 26歳フリーター、彼女もいない。世間一般的にみたらこれだけでもう俺という人間がどういう人間が判断されてしまうのだろう。でもフリーターといっても親から仕送りなども貰わずに一人暮らししているし猫だって飼っている。別に寂しさを感じたこともない。
 そんなことを考えながら深夜のコンビニバイトという退屈な時間を過ごしていた。ただでさえ暇なのに今日は梅雨の真っ只中でもう4日連続で雨が降っていた。
 「そりゃ客も来ないよな」
 外を見てボソッと呟いた。
 別に暇なのが嫌なわけではない。むしろサボっても誰にもバレないしずっと暇でもいいほどだ。
 ポッケからスマホを取り出して天気予報を見た。この長い梅雨はいったいいつ終わるのかと。
 長かった梅雨も明後日まで本格的な夏がもう目の前まで来ています。気温も急激に上がりますので熱中症には十分注意しましょう。
 文章でそう書いてあって下にある週間天気には雨のマークは明後日まででそこからは晴れマークが続いていた。7月も半ばになってようやく梅雨が終わるのか。俺は自動ドアの近くに立ちぼんやりと空を見上げた。


ミーンミンミンミーン。ジワジワジワ。ジージー。
 目がさめると、まるで昨日までの雨が嘘のように夏の音がした。また今年も夏が来た。ベッドから起き上がり右手でカーテンを開け空を見た。雲ひとつ無い青空が広がっていた。
 「みゃあ」
 ベッドの下から声がした。猫のアオが物欲しげな目でこっちを見ていた。
 「ああ、ご飯か。ちょっと待ってな」
 「待てないよ。早くしてよー」
 アオが名前の由来の青い目をまっすぐに俺に向けてそう言った。別に驚きはしない。アオが喋るようになったのは四年前からだ。それも夏の間だけ。今年はアオにとっても今日から夏なんだろう。
 「久しぶりだな。アオ。」
 「去年の夏以来ね。それはそうと1年ぶりに来てお腹減ってるの。早くご飯ちょうだいよ。」
 死んでいてもお腹が減るというのが不思議でしょうがない。あっそういえば2年前くらいに聞いたな。普通はお腹は減らないけどアオは生きた猫に取り憑いてるからお腹が減るんだって言ってたな。
 「キャットフードしかないけどいいか?」
 アオはちょっと怒った。
 「いいわけないでしょ!そんな猫が食べるものなんか食べられるわけないでしょ!」
 俺は思わず笑った。猫が食べるものなんか食べれないと猫が言っている。俺はサバの缶詰をお皿に出してアオの前に出した。アオは、これよ、これ。と言いながらサバを夢中で食べ始めた。
 さてアオが食べている間に外に出る支度でもするか。今日はバイトは休みだし久しぶりに天気も良いし本屋でも行こう。
 一通り支度が終わるとアオもご飯を食べ終わったのか久しぶりの猫の体に慣れるためかぴょんぴょん跳ねたりしていた。
 「あれ、どこか行くの?」
 今度は大きく全身で伸びをしながらアオが聞いてきた。
 「ああ、ちょっと本屋に行って来る。一緒に行くか?」
 アオはちょっと悩んでるような仕草を見せた。
 「いや、いいや。1人で適当に散歩してくるよ。なんせ1年ぶりだからね」
 ドアを開ける俺の後ろを付いてきたアオは外に出ると俺の前に出て、純弥また後でね。そう言って歩いて行った。
 それにしても昨日と今日でこうも極端に天候が変わるものか。雨が降り続いていた空は雲ひとつ無く真っ青だった。少し肌寒かった気温も半袖一枚でも暑いほどだ。なんて説明したらいいかわからないが夏の音と夏の匂いがした。どんな音?どんな匂い?と聞かれてもうまく言葉では表せないと思う。ただ夏が来たことを実感させてくれた。
 家から歩いて大体10分で最寄りの駅に着く。本屋は確か駅に隣接しているビルの4階にあったと思う。駅はアルバイトしているコンビニとは逆側にあるし普段あまり駅に行く用事がないから駅のほうに行くこと自体久しぶりだった。久しぶりの道を歩いてるとより強く季節の移り変わりを感じられた。
 駅ビルに着くと、前来た時にはあった大きな作り物の桜の木が無くなっていた。このスペースには季節ごとにクリスマスツリーや桜の木といった作り物のオブジェのような物が置かれている。 
 そういえば夏の間だけはこのスペースには何も置かれてないな。まあ夏の代名詞になるような木ってないもんな。1人で勝手にそう納得した。
 4階に上がっても本屋は無かった。フロア一帯電気屋だった。案内図を見ると5階のマップに本屋の文字があった。そういえばけっこうな確率で4階と5階を間違えることに気づいた。ひとまず5階に上がってほとんど来ることのない本屋を探した。 


 純也と分かれて歩きはじめたアオは毎年夏の最初の日、アオがただの猫ではなくなる日必ず行く場所に向かっていた。ちょっと遠いいけど毎年必ず行くことにしている。
 それにしても良い天気ね。まだそんなに暑くもないしちょっと遠くまで歩くには悪くない天気だ。
 初めのうちは行くのも気が重かったが4回目ともなると恒例行事。という感覚になっ
た。
 家を出て駅の方に向かった純也とは逆側に歩き出したアオは20分ほど歩くと建物も少なくなり周りを見渡しても歩いてる人はほとんどいなくなった。目の前には長い上り坂が見えた。この坂を登れば目的の場所はもうすぐそこだ。アオは少し深呼吸をして坂を登りだした。
 猫の体だと進むのが遅いなぁ。体が軽いからあんまり疲れはしないけどね。一定のペースで軽々と坂を登っていった。
 坂を登りきると目的の場所。この町に唯一ある墓地についた。初めは自分が死んだのが信じられなくてこの場所に来たっけ。自分のお墓を見つけると自分の名前が書いてあるのをみてお墓の前で涙を流したっけ。何時間も泣いてそれでも受け入れられなくてでも夜になって墓地にいるのが怖くなって帰ったんだ。私がはいってる猫アオの家に。  
 そんなことを考えながら歩いていたら自分のお墓の前に着いた。私が死んでから4回目のお墓参り。自分の名前が書いてあるそのお墓の前にはお墓にあるにはあまりに不似合いな花が供えられていた。毎年私が自分のお墓参りに来る日決まってこの花が供えられていた。昨日の夜か今日の朝に供えられたであろう花を私は座って見つめた。


 5階で本屋を探すとわりとすぐに見つけられた。エスカレーターから降りてすぐ左に本屋はあった。そこそこ大きいこの本屋なら目当ての本は置いてあるだろう。ただこの広さで欲しい本を探すのは至難の技だなと思った。普段本屋によく来ているならまだしも久しぶりに来るとなにがどこにあるのか全く分からなかった。
 本屋をうろうろしていると今年の1人目に会った。いや、アオに会ってるから正確には2人目かな?今年の2人目は観光ガイドのコーナーではたから見たらどこに旅行に行こうか迷ってる人のような様子で立っていた。
 彼女は俺の視線に気付いたのか俺に近づいて来た。俺はまずいと思ったがもうすでに遅かった。彼女は俺の目の前に立ち
 「あなた私のこと見えてるでしょ!」
そう言った。
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