無課金で魔王になったので静かに暮らします

カレス

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第26話 招かざる訪問者

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こちらへ来てから全てが順調そのものだった。

自らの身体を蘇生してアキオの脳に残った記憶からこの世界の基本を知り、彼自身がどうやってこれまで生きてきたのかも知った。
中には色んな意味で見なきゃよかったと思う様な記憶も多々あったけれど、おかげでスマホの使い方も理解できたし、スムーズに情報を得られて助かっているので不問としよう。

あと幸いだったのは、物理法則が支配するこの世界では自然界の魔素が手付かずのまま大量に残されていた事。
その膨大な魔素を利用すれば、以前とほぼ同じ魔力をこの世界でも行使できることがわかった。
特にその魔素が役立ったのは偽装魔術を行使した時だ。

そこらの魔素を凝縮加工して私専用の式神を作り、まずはアキオの勤め先へ偽装魔術を仕込んだ式神を飛ばす。
「アキオが不在であることを誰にも気付かせない」という偽装魔術が、遠隔地(勤め先)にいる式神によって発動。

アキオの仕事場は空席のままだけど、誰の目にも留まらず、しかも誰にもそれを「おかしい」とは気付かせない。
彼の不在分の仕事は偽装魔術の効力によって、他の同僚に自然に分配、処理されるので正直、職場は火の車になるのだが、まぁ何とか頑張ってもらいましょう。
そしてこれだけ職場に迷惑をかけているのも関わらず、給料はしっかりとアキオの口座に毎月入るのが嬉しいところ。
(職場の皆さんごめんなさい)

この様に、この世界では私の魔術(式神)を妨害する魔術師もいないので、非常に完璧で揺るぎない生活基盤を構築できた訳である。

次に実行したのが TAKIDANの開発元、いわゆる「運営」に式神を飛ばし、偽装魔術を使ってアキオへの提訴を無かったことにした事。
あのバグは偶発的に起きたバグで、特定のプレーヤーが起こしたテロではないという内容に彼らの意識を改変しておいた。
まぁ、あのバグはもともとアキオが起こしたものでも無いから、これは偽装というよりも若干真実に近くなった訂正というべき処置なんだろうけど。
でもこれで運営から訴えられることは無くなり社会的抹殺も避けられたのでヨシ!


まぁここまではよかったよ。
うん、とてもよかった。


あの訪問者がくるまでは…


私がこの世界に転生してから数日が経ったある日、初めての訪問者が玄関の扉を叩いた。
それが全ての始まりだった。


そして今日も。

ドンドンドン!

「秋緒さん、おるかね?」

扉の向こうから枯れた声が聞こえる。

やつがきた。
一階に住むセイジロウじいさんだ。
しかしなんで毎日くるんだ?

初めの頃は私の身体を心配して様子を見にきてくれていると思ったけど。
それから何かに理由をつけて毎日訪問してくるようになった気がする。
(ひょっとして私の身体が目当てだろうか?とつい勘ぐりたくも…)

しかし、ここで正当な理由もなく、居留守や追い返したりするのは私の気持ち的に不本意。
ということで今日も私はつい扉を開けてしまう。

「あ、これはどうもセイジロウさん」

あれから学習してこの世界では苗字の方を呼ぶのが一般的らしいことがわかったけど、今更、変えるのも変なのでそのまま名前で彼を呼んでいる。
彼は正式には樋口 正二郎というらしい。
しかし彼は私のことをずっと名前で呼び続けている。
私の正式名は加藤 アキオらしいが、なぜ加藤と呼ばない?
私に合わせてくれているのか?
それとも苗字の方を知らないのか?
うんやっぱり、苗字を知らない可能性が高い。

この世界では人間同士の繋がりはかなり薄いものらしい。
同じ建物に住む隣同士でもお互いの顔や名前すら知らないのが普通だというから驚きだ。
TAKIDANでは牢獄の隣部屋同士の奴隷でさえ、お互いの顔や名前を知っているというのに。


「それで今日は何を… 」

「あぁ、これうっかり作りすぎたんじゃが良ければ貰ってくれんかね?」

セイジロウの手にしたタッパの中には一個一個が紙カップに詰められたお菓子的なものが6個ばかり入っていた。

「え、えーと、それは一体…」

「秋緒さんの好きだったマフィンじゃよ。以前と同じ様に作れたか自信はないんだけど… 」

!?

私の好きだった?
いやさっき、うっかり作りすぎたって言わなかった!?
いやそもそも何を言っているの? このじい様は?
本当に頭がぼけてしまった?

「あぁ~そうじゃった! 今、味見をしてくれんか? 以前と同じ味に作れたか不安なんじゃよ」
話が全くわからないし経緯が噛み合わない。

それにも増して私は結構焦っていた。
なぜそんなに焦っているのか。
それはセイジロウには私の偽装魔術が全く効いていないからだ。

「私(ルビア)を男性のアキオとして認識させるという偽装魔術」を何度行使しても、彼は私を女性として認識したままなのだ。

最初の出会いがあまりにもセンセーショナルすぎたのが原因だろうか?
いやそれでもこの私が何度も偽装魔術を全力で行使しても効かないのはおかしい。

この男… セイジロウという人間だけが私にとってイレギュラーな存在!

そうだ。ひとつ間違うと彼は私の存在を揺るがしかねない人間になる可能性がある。
彼への対応は慎重に行わなくてはならない。

「こ、ここでは何ですからどうぞ上がってください」

私は彼を丁重に室内へと招いた。

小さなキッチンの横にある古びた木のテーブルとちょっとサイズの合わない二脚の椅子。
とても客を招き入れるような場所や設備ではないが、今は仕方がない。

しかし彼はニコニコしながら当たり前のように椅子へ座った。

「ちょうど、コーヒーを淹れたので一緒にいかがですか?」

「うんうん、ありがとうね。秋緒」

なんか知らないけどいつの間にか呼び捨てにされている。

そうだ、わかった! この男はきっと痴呆が進んでいる!
だから私の偽装魔術も効果がなかったのかも?

そう考えるとここ最近の彼の行動も腑に落ちるし、急に焦りも引っ込んできた。
そうか、いわゆる痴呆老人として対応すればいいのだ。
それで問題はないはず!


「はは…  そういうことか、良かった」

「ん?何が良かったんだい、秋緒?」

「あ、いえいえ。こちらのことですからお気になさらず」

気分が軽くなった私は、淹れたコーヒーをセイジロウに出し、自分も向かい合わせに座って、マフィンなる菓子を頂くことにした。

「ではいただきますね」

「あぁ、どうぞ!」

フォークで刺そうとすると表面はとても固い。
これは食べても問題ない食材なのだろうか?
しかも上には焦げたバナナが乗っているし、大丈夫なのこれ?

そう思いつつ、少し力を入れるとサク!といってフォークがスムーズに刺さり、マフィンとやらの一部分を取り出すことができた。

そのまま口に入れるとキメの細かい生地から控えめな甘さと濃厚なバターの旨味が溶ろけて口内に溢れかえる。
それが焦げたバナナの凝縮された風味によくマッチして異常に美味しい。

TAKIDANでの「美味しさ」はA、B、Cといった段階評価だけの単調極まりないものだけど、これは違う。
マフィンを構成するそれぞれの要素が響き合って無段階かつ無限とも言えるハーモニーを響かせているのだ。

私は気が緩んだせいもあるが、正直に感想を述べた。

「うぅ… ありえないくらい美味しい… です」

「あぁ、良かった! 残ったマフィンは明日まで置いておくと、水分が抜けてまた食感の違う風味を楽しめるからね」

えええ…!?
明日はまた違う風味になる!?
なんだこのマフィンなるものは!!

「あ、あの、セイジロウさん、こんなに凄くて美味しいものを本当にありがとう」

「うんうん、やっぱり君はかわってないね」

「…?」

「そのとっても優しい天使のような微笑み、昔と一緒で嬉しいよ、秋緒」


そう言って微笑みながら私を見つめるセイジロウの凛として澄みきった瞳。
それは決して呆けている人間のそれではなかった。
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