闇の魔法師は暗躍する

yahimoti

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第39話 ひとときの終焉

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「あんたの歌って曲はいいのに歌詞がなんだかなあ、自分好きが強すぎない?」

エリミリア大聖女がソファーに寝転がって何か小説のようなものを読みながら言う。

いろんなものをいっぺんに読んだり見たり、聞いたりしているけどなぜか全部ちゃんとわかってアドバイスしてくれる。

「フエツの町にエグドって言うライブハウスがあるからそこで歌って見たらいい。お客さんの反応も見られるし少しは稼げるわ。」

と言って手を降る。

ライブハウスには侍女が連絡を入れてくれる。

もう帰れって事。

「この小説は出版して、表紙と挿絵はクラウフにやらせて。」

出版社の人が原稿を受け取る。

作家だろうか出版社の人の手を握っている。

「この絵は王都のピーエサホテルのロビーに飾ってやって、値札をつけてね。」

やはり画商がいて絵を受け取っている。

絵描きらしい人と挨拶をしている。
かなり忙しいようだ。

俺はエリミリア教会が管理している施設エリミリア寮で育った。

もうじき15歳になるのでひとり立ちしたいと思っている。

エリミリア寮には赤ん坊から18歳迄で300人位いる。

だいたい12歳から15歳になると自分の仕事を見つけて出て行く。

下の子の面倒を見たり教育係になって残る者もいる。

エリミリア寮にはいろいろな教室があって学問や武術、音楽や文芸、美術など幅広く教育をして子供達に生きていく術を身に付けさせるための試みをしている。

魔力があれば魔法学校にも行かせてもらえる。

エリミリア寮にはペトロニウス・グローヴズ公爵に連れてこられた。

5歳位の頃ギェダ・グズムンドソン教団に拐われて手足を切り刻まれて死にそうだったところを助けられた。

他にもたくさんの子供がグローヴズ卿に助けられてエリミリア寮に連れられて来ている。

それでも公爵には恐ろしい噂がたくさんある。

奴隷商がその家族や従業員、さらに売り物の奴隷もまとめて消えてしまったとか。

娘の縁談が決まりお祝いをしていた貴族の屋敷が家族や使用人、招待客などまとめて消されたとか。

貴族が一族郎党まとめて消えてしまう事件はずっと続いている。

グローヴズ公爵の事を暗冥の王、闇の魔法師と恐れて陰口を言う者がいる。

でも俺達にとっては監禁され苦しめられて絶望の底から救い出してくれて失われた手足を直してくれた救世主だ。

そう言うと照れて赤い顔をして「違う違う。」って言うけれど。

エリミリア寮に戻ると今日はミカエカぺ・グローヴズ公爵夫人が来て子供達にお菓子を配っていた。

エリミリア様もそうだがグローヴズ公爵もミカエカペ夫人も歳を取らない。

俺が小さい頃から変わっていない。


200年は瞬く間に過ぎ去った。

ペトロニウスにとっては束の間。

ミカエカペとは何時も一緒にいた。

色んな所に出かけた。

ミカエカペが望むことはなんでも叶えた。

不老にもした。

だけど寿命を操作することは出来なかった。

それはミカエカペが望まなかったから。

二人に子供は出来なかった。

彼女の実家は陞爵して侯爵になってはいるが、両親も後を継いだ兄も亡くなり、今では縁も薄くなりミカエカペはご先祖さまぐらいのつながりになってしまった。

友人達も皆どんどん先に年老いて亡くなってしまった。

ミカエカペの孤独をペトロニウスだけでは補う事は出来なかったのかも知れない。

もちろん人にとっては老いて亡くなるのは普通の事なのだが。

その日、ミカエカペは目覚めなかった。

弔いはグローヴズ城内で行われた。

老化をとどめ、長寿とした体は亡くなるとともに形は希薄となり間もなく消滅した。

遺体は残らない。

ペトロニウスは何も言わずにずっとミカエカペが消滅するのを見ていた。

ミカエカペが幸せな人生を送れたのかペトロニウスにもわからない。

だけど、何かが足りなかったのだ。

ミカエカペがペトロニウスとともに永遠に生きることが出来なかった何かがペトロニウスに欠けていた。

それが何かはわからない。

使い魔のチェリやツッピ、テトそしてアディッサにもわからない。

彼女達も無言で、ただペトロニウスを取り囲んで腕や背中などに触れてじっとしている。

永い永い闇の年月が訪れるのを予感しながら。

バーンと扉が開いてエリミリアが部屋に入ってくる。

「何をシリアス調に物語をしめようとしてんのよ。バッカじゃない。」

「あんたがヘタレだからミカエカペはさっさと死んじゃったのよ。」

「人間だからって言って人間のままにしておいたら人間として死んじゃうに決まっているじゃない。」

「さっさと魔女にでもしてしまえば諦めてあんたと一緒に生き続けたのに。」

ペトロニウスが珍しくエリミリアに言い返す。

「死んじゃってからそんな事教えてくれても遅いじゃないか。なんでもっと早く言ってくれないんだよ。」

エリミリアが痛烈なパンチをペトロニウスにくらわす。

ありえない勢いでペトロニウスが吹き飛ぶ。

「私は何度も言ったわよ。何度も。でも、あんたが聞かなかったの、ミカエカペが可哀想だって、あんたが決めた事よ。めそめそしてんじゃないわ。」

エリミリアはチェリ達を見回して

「こいつのヘタレが治んないのはもうわかっているでしょう。300年なんてすぐよ。」

そう言い捨てて出ていってしまった。

ペトロニウスが聞いていたかどうかはわからない、パンチがかなり効いたみたいだから。

朽ちた城の中、ネズミかコウモリぐらいしか住んでいない。

3匹の白いネズミが何か話している様に見える。

コウモリのアディッサはパタパタと羽ばたいてネズミ達に近づく。

「勇者が召喚されたわ。」

「世界に魔力が満ちてきたわ。」

「暗冥の王 闇の魔法師ペトロニウス・グローヴズが目覚めるわ。」

「私たちの王ペトロニウス・グローヴズ。」

白い3匹のネズミと広大な謁見室を真っ黒にする程の大量のネズミ達が一斉に声を上げる。

「チュー。」

それは地上で溺れているかの様にひとしきりもがくと動かなくなった。

顔らしき位置に現れた目を開いた。

まだなんの意思もその目からは伺えない。

人の形となった影が立ち上がると空中に滲み出る様に着衣が現れて体を覆って行く。

真っ黒だが袖口などに細やかに金糸で魔法陣の様な模様が描かれて行く。

魔法師や魔樹師が好んで着るフード付きのコートの様だ。

彼が立ち上がると祠の先にいままで隠されていたかの様に草木が分かれて道を示す。

行手を遮っていた茨が道を開ける。
先の方へと道が伸びて行く。

半ば朽ちた古城が姿を現す。

主人の帰還を待っていたかの様に堀にかかる跳ね橋がゆっくりと降りてくる。

朽ちた門扉が勝手に開く。

バラバラになっていた甲冑がまとまり門兵として立ち上がる。

まるで息を吹き返した様に、城を覆う蔦や茨が退く。

人の形をした者が城の中を歩いて行くと崩れかけていた内装が復元されて行く。

謁見の間にたどり着くと朽ちていた王座が復元される。

ぺたりとそれは王座に座る。

王座に座った少年の年齢は15歳ぐらい。

真っ黒な髪、赤い目、ちょっと不健康な青白い肌。

童顔だが栄養失調気味、ちょっと頬がこけている。

「ふう。」

それは一段落ついたとでもいうようにため息をついた。
 
なんだここは?


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