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第4話「それは、謝っていない」
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(……“不愉快にさせたのなら、申し訳ありません”――か)
ふとした瞬間、あの声がよみがえる。
礼儀正しく、澄んでいて、どこまでも事務的だった。
イツキ・フローレンス。
第一王子による公開断罪の場で、彼女は一歩も引かず、冷静に、淡々と“謝罪”を述べた。
(いや、違う。あれは――謝っていなかった)
あれは、“限定謝罪”。
相手の感情にのみ言及し、自身の行為の是非については一切触れていない。
(……完璧だ。論理的にも、儀礼的にも)
だが、完璧すぎた。
まるで人間ではないようにさえ、感じた。
レオン・アルミステッドは、侯爵家の嫡男であり、次代の宰相候補と目される存在。
政治の世界では、感情を殺すことが求められる。だからこそ、理屈で動く人間を尊重してきた。
(それでも――)
あの女には、何か、引っかかる。
⸻
レオンは、仕事の合間に馬を走らせていた。
息抜きのはずだったが、思考はまとまらない。
(私は、なぜ“あの程度”の令嬢に、こんなにも気を乱されている?)
論理が正確、答弁が明晰、態度も一貫。
それだけのはずだ。
(それだけで、こんなにも……)
ふと、視線の先に見知った人影を見つけ、手綱を引いた。
⸻
市場の外れ。ごみ捨て場のような一角。
イツキ・フローレンスが、何かを見下ろしていた。
その足元には――少年。痩せて、傷だらけで、まるで捨てられた猫のようだった。
レオンは、茂みの陰に馬を止めたまま、動けずにいた。
(……何をしている?)
イツキは、しばらくその少年を見つめていた。
冷静な顔のはずなのに、どこか、優しい。
彼女がしゃがみ込み、少年の頬にそっと手を伸ばした。
「この子、拾って帰るわ。庇護民として登録。名前は……ノア」
その口調は、いつも通り淡々としていた。
だが次の瞬間。
彼女は、少年の髪を、指でそっと撫でた。
(……あの女が、そんな目を……)
驚愕とも、戸惑いともつかぬ感情が胸を満たした。
(あの手。あの表情。……私には、向けられたことのない)
不意に、指先が冷たくなったような気がした。
⸻
その夜。
レオンは書斎に戻り、机に向かっていた。
だが、筆は進まない。
書類に目を通しても、内容が頭に入らない。
あの時の表情が、何度も浮かぶ。
(……あれは、ただの合理主義者じゃない)
(ただの理屈屋なら、あの少年を“拾う”ことはない)
そして、自分の中に芽生えた、もうひとつの感情に気づく。
(……嫉妬?)
理不尽だと、思う。
だが確かに、自分には向けられたことのない温度だった。
レオンは、筆を置いた。
静かな書斎に、ぽつりと呟く。
「……興味深い、では済まされないな」
それは、まるで感情の名を、認めるように。
ふとした瞬間、あの声がよみがえる。
礼儀正しく、澄んでいて、どこまでも事務的だった。
イツキ・フローレンス。
第一王子による公開断罪の場で、彼女は一歩も引かず、冷静に、淡々と“謝罪”を述べた。
(いや、違う。あれは――謝っていなかった)
あれは、“限定謝罪”。
相手の感情にのみ言及し、自身の行為の是非については一切触れていない。
(……完璧だ。論理的にも、儀礼的にも)
だが、完璧すぎた。
まるで人間ではないようにさえ、感じた。
レオン・アルミステッドは、侯爵家の嫡男であり、次代の宰相候補と目される存在。
政治の世界では、感情を殺すことが求められる。だからこそ、理屈で動く人間を尊重してきた。
(それでも――)
あの女には、何か、引っかかる。
⸻
レオンは、仕事の合間に馬を走らせていた。
息抜きのはずだったが、思考はまとまらない。
(私は、なぜ“あの程度”の令嬢に、こんなにも気を乱されている?)
論理が正確、答弁が明晰、態度も一貫。
それだけのはずだ。
(それだけで、こんなにも……)
ふと、視線の先に見知った人影を見つけ、手綱を引いた。
⸻
市場の外れ。ごみ捨て場のような一角。
イツキ・フローレンスが、何かを見下ろしていた。
その足元には――少年。痩せて、傷だらけで、まるで捨てられた猫のようだった。
レオンは、茂みの陰に馬を止めたまま、動けずにいた。
(……何をしている?)
イツキは、しばらくその少年を見つめていた。
冷静な顔のはずなのに、どこか、優しい。
彼女がしゃがみ込み、少年の頬にそっと手を伸ばした。
「この子、拾って帰るわ。庇護民として登録。名前は……ノア」
その口調は、いつも通り淡々としていた。
だが次の瞬間。
彼女は、少年の髪を、指でそっと撫でた。
(……あの女が、そんな目を……)
驚愕とも、戸惑いともつかぬ感情が胸を満たした。
(あの手。あの表情。……私には、向けられたことのない)
不意に、指先が冷たくなったような気がした。
⸻
その夜。
レオンは書斎に戻り、机に向かっていた。
だが、筆は進まない。
書類に目を通しても、内容が頭に入らない。
あの時の表情が、何度も浮かぶ。
(……あれは、ただの合理主義者じゃない)
(ただの理屈屋なら、あの少年を“拾う”ことはない)
そして、自分の中に芽生えた、もうひとつの感情に気づく。
(……嫉妬?)
理不尽だと、思う。
だが確かに、自分には向けられたことのない温度だった。
レオンは、筆を置いた。
静かな書斎に、ぽつりと呟く。
「……興味深い、では済まされないな」
それは、まるで感情の名を、認めるように。
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