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第15話「外交会議での沈黙と主張」
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「――“セリル=アルディナス”の引き渡しを求める」
その一言で、会議室の空気が凍りついた。
エランディス王国・王宮会議室。
アルディナス王国からの使節が読み上げた王命書は、明らかに挑発だった。
「セリル……?」
「どこの……?」
貴族たちがざわつく中、イツキだけが表情ひとつ変えずに立ち上がった。
「その名の人物は、当国に正式な登録がなされておりません」
ピシャリとした声音に、静けさが戻る。
「現在、我が国が保護している庇護民“ノア”は、本人の申告および証明に基づいて記録されており、
該当の人物とは別人と認識しております」
使節の代表が口を開いた。
「王家にしか現れぬ“紋章の痕”を有していると聞いている。素性は明らかだ」
「伝聞と“痕”だけで法的な身柄を動かす国は、法治国家とは言えません」
淡々と、けれど冷たく。
「そちらが“セリル”と称する少年に関する書面、戸籍、証拠資料をお持ちでしたら、正式な外交ルートにて提出をお願いします。
我が国も、保護対象としての正当性を以て対応いたします」
⸻
使節は不満げに黙り、会場にざわめきが戻る。
「おい、これ……問題になるぞ」
「王族の血だぞ? 国際問題じゃないのか?」
一部の貴族が慌てた声を上げる中――
レオン・アルミステッドがすっと立ち上がった。
「当国の法に基づき、庇護民“ノア”として登録された子供です」
静かだが、議場を貫くような声。
「たとえ他国の血筋を引いていたとしても、それだけで“引き渡す理由”にはなりません」
会場が一瞬、しんと静まり返る。
「その子が“誰であるか”を決めるのは、血ではなく――この国で生きてきた証です」
会場が静まる。
「我々は、誰に“名”を与え、誰に“居場所”を許すか。
その決定権を、他国の血統に委ねるほど、愚かではない」
⸻
会議は一時中断となった。
王は判断を保留し、使節団は返答を翌日に持ち越した。
会議室を出たイツキは、レオンに軽く会釈だけを送って歩き出す。
レオンも何も言わなかった。ただ、隣を歩きながらひとつだけ呟いた。
「……君は、あの子をどうしたいんだ?」
「守るわよ」
即答だった。
「だって、私が“ノア”って名前を与えたんだから」
⸻
その夜、イツキは屋敷の書斎で再び資料を広げていた。
“引き渡し要求に対する拒否法案草案”
“非常時緊急庇護移送ルート地図”
“ノア=仮名義下での医療・戸籍記録一式”
(外交問題化した場合、第一段階は法的正当性。第二段階は人道的訴え。第三は、国外移送と保護拡張の交渉)
(……準備は、整ってる)
⸻
その頃、屋敷の寝室。
ノアは布団の中で、天井をぼんやり見つめていた。
(ご主人様、今日は……帰ってこなかったな)
(会議、長いのかな……それとも……)
そっと、掛け布団を握りしめた。
「……ただいまって言ってくれるまで、ちゃんと起きて待ってよう」
声に出した自分が恥ずかしくなって、慌てて布団に顔をうずめる。
⸻
静かに夜が更けていった。
“名”を巡る戦いは、すでに始まっている。
けれどその名を、自分のものとしてまだ知らない彼は――
今夜も、ただ誰かの帰りを待っているだけだった。
その一言で、会議室の空気が凍りついた。
エランディス王国・王宮会議室。
アルディナス王国からの使節が読み上げた王命書は、明らかに挑発だった。
「セリル……?」
「どこの……?」
貴族たちがざわつく中、イツキだけが表情ひとつ変えずに立ち上がった。
「その名の人物は、当国に正式な登録がなされておりません」
ピシャリとした声音に、静けさが戻る。
「現在、我が国が保護している庇護民“ノア”は、本人の申告および証明に基づいて記録されており、
該当の人物とは別人と認識しております」
使節の代表が口を開いた。
「王家にしか現れぬ“紋章の痕”を有していると聞いている。素性は明らかだ」
「伝聞と“痕”だけで法的な身柄を動かす国は、法治国家とは言えません」
淡々と、けれど冷たく。
「そちらが“セリル”と称する少年に関する書面、戸籍、証拠資料をお持ちでしたら、正式な外交ルートにて提出をお願いします。
我が国も、保護対象としての正当性を以て対応いたします」
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使節は不満げに黙り、会場にざわめきが戻る。
「おい、これ……問題になるぞ」
「王族の血だぞ? 国際問題じゃないのか?」
一部の貴族が慌てた声を上げる中――
レオン・アルミステッドがすっと立ち上がった。
「当国の法に基づき、庇護民“ノア”として登録された子供です」
静かだが、議場を貫くような声。
「たとえ他国の血筋を引いていたとしても、それだけで“引き渡す理由”にはなりません」
会場が一瞬、しんと静まり返る。
「その子が“誰であるか”を決めるのは、血ではなく――この国で生きてきた証です」
会場が静まる。
「我々は、誰に“名”を与え、誰に“居場所”を許すか。
その決定権を、他国の血統に委ねるほど、愚かではない」
⸻
会議は一時中断となった。
王は判断を保留し、使節団は返答を翌日に持ち越した。
会議室を出たイツキは、レオンに軽く会釈だけを送って歩き出す。
レオンも何も言わなかった。ただ、隣を歩きながらひとつだけ呟いた。
「……君は、あの子をどうしたいんだ?」
「守るわよ」
即答だった。
「だって、私が“ノア”って名前を与えたんだから」
⸻
その夜、イツキは屋敷の書斎で再び資料を広げていた。
“引き渡し要求に対する拒否法案草案”
“非常時緊急庇護移送ルート地図”
“ノア=仮名義下での医療・戸籍記録一式”
(外交問題化した場合、第一段階は法的正当性。第二段階は人道的訴え。第三は、国外移送と保護拡張の交渉)
(……準備は、整ってる)
⸻
その頃、屋敷の寝室。
ノアは布団の中で、天井をぼんやり見つめていた。
(ご主人様、今日は……帰ってこなかったな)
(会議、長いのかな……それとも……)
そっと、掛け布団を握りしめた。
「……ただいまって言ってくれるまで、ちゃんと起きて待ってよう」
声に出した自分が恥ずかしくなって、慌てて布団に顔をうずめる。
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静かに夜が更けていった。
“名”を巡る戦いは、すでに始まっている。
けれどその名を、自分のものとしてまだ知らない彼は――
今夜も、ただ誰かの帰りを待っているだけだった。
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