眼帯少女薄命

れん月さくら

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眼帯少女薄命 01

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「私、歩太の子供を産みたい」
 高校一年生になったばかりの佐藤歩太に、眼帯をつけた同い年の少女は温度もなくまた言い放つ。
 夕暮れの中、長い艶やかな黒髪をたなびかせ、左目に眼帯をし軍服のようにきっちりと制服を着込んでいても可愛いと思える容姿端麗な彼女を見ながら歩太は思う。
 これは、彼女に眼帯をつけさせる原因となった、彼女の人生を滅茶苦茶にした自分への、復讐なのだろうかと。



 一時間にも満たない、ほんの少し前まで、歩太は唯教室内に居た。
 
 確かに、唯そうしてそこにいるだけで歩太には影が付き纏っていた。自分のせいで人生を台無しにされた女の子がいるという事実。それは常に、歩太の影として付き纏っていた。
 自分のせいで人生を滅茶苦茶にされた女の子は、今頃何をしているのだろうかと何かと思い出し、歩太は笑顔が引き攣る。
 生きながら死んでる気分だなどと、無駄なことを考えながらプリントを見て、そして歩太は空を見ていた。
 高校一年生としての新生活がスタートして一ヶ月程が経ち、新生活にもすっかり慣れ始めた頃だ。クラスにも慣れ、授業を受ける行為も、ぼんやり外の青空を眺めても問題ない授業の選別も既にだいぶ理解している。友達もできて、楽しい放課後も度々過している。 
「佐藤ー、いつまで外を見ているんだー」
 ひゅん、と有り得ない音がしてマジックペンが歩太の脳天に直撃する。
「いっだ!!」
 冗談抜きで激痛が走り、歩太は涙目になる。わざわざ霊力を込めて投げられたであろうマジックペンを拾い上げ、殺す気ですかと文句を言いながら歩太はニヤニヤ笑っている教師にペンを投げ返す。
「手加減したさ。それでも痛かったのはお前が弛んでいるからだ」
 ポニーテールを翻し、Tシャツにジーンズという機動力のみを重視し教師らしさを捨てた彼女は板書を再開する。
「まぁ、常に力んでいろとは言わないが、授業は聞いてくれよ。君達は、冗談抜きで世界を守る存在になる予定なのだからね」
 少し緩んでいた教室の空気が、引き締まった。堅くて苦くて、重い空気だ。
「世界を守るとか、未だに実感がないんだけど、ナナせんせー」
「だよなー」
「まぁ、皆そんなものだ。気負いすぎるなよ。しかし授業は聞いてくれ、なぁ、佐藤」
「ちゃんと聞いてます……」
 クラスに微かな笑いが満ち、そして静かになった。
 ナナ先生という愛称で呼ばれる武山奈々先生は好かれているので、授業妨害は誰もしない。退屈な授業ではないからというのもあるが、皆それなりに真面目な顔をして先生の説明を聞いていた。
「ざっと説明した通り、まずは基礎鍛錬だ。霊力のコントロールと使用を完璧に仕上げる」
 片手のプリントを持ち上げひらりと揺らす先生を一瞥し、そして歩太はプリントに目を遣った。
 この世界には、“ヨゴレ”というものがある。
 人間の霊魂には霊魂の力があり、その霊力が全く無いという人はいない。霊力を一般的な多くの人達は垂れ流しにしているが、それは個々の量だけ見れば大した問題にはならない。
 しかし、垂れ流された霊力に混じってしまった憎悪や嫉妬などは、やがて“ヨゴレ”となる。
 “ヨゴレ”は常人には見えない靄で、人や物を破壊し人間の魂を食べ、人々から垂れ流される霊力を吸い込み成長し、やがて人の形に近くなる。すると知能は多少悪知恵が働く程度に成長し、簡単な会話すら可能な程の成長を遂げる。
 有り体に言えば霊能力者と呼ばれる自分達は、その“ヨゴレ”に対し特化して進化した人類とも言えるだろう。
 常人には見えない“ヨゴレ”を目視し、それを倒す程に力強い霊力を持つ霊能力者達は“ヨゴレ”を倒すことを生業にして歴史の影で生きてきた。
 歩太も霊力がある人間で、当然クラスメイト全員も同じ立場だ。しかし全員が、戦う未来を具体的に思い描けている訳でもないし、できれば戦わない方向でいきたいと思っている者だって当然いる。
 だからこそ流れる微妙な空気だ。使命に燃える者もいれば、いまいち乗り気になれない人間もいる。
 所詮、自分達はたかが高校一年生でしかないのだ。
「それでは以上が、今後の霊能力授業の予定だ。一学期の間は基本と自身の向いてることを探すことに費やすぞ!」
 プリントを見ていたがぼんやりしていた歩太は、ナナ先生の言葉を心中で反芻する。
 自分に向いていること。
 それが何にせよ、歩太は懸命に生きなければならない。自分のせいでまともに生きられなかった女の子の分も、懸命に。
 しかしそれでは自分の人生は何なのか。そんな我儘な思いが、最近になって歩太の中で芽生えはじめていた。
「そして、このまま放課後のHRを始める。重大発表があるぞ。何と転校生だ!」
「はぁ!?」
 マイペースな担任教師の発表に、教室の空気はまた一変する。
「驚いただろう。本当は朝に紹介する予定だったんだが、彼女が心の準備ができないと言い出して放課後になったんだ」
「いや、そっちじゃないよ。ナナ先生!」
「そうよ、この学校に転校生って、有り得るの!?」
 霊能力者の住まう学園都市は、様々な理由もあって基本一国に一つだ。国土の広い国でやっと増えて二つ程になる。すなわち日本国で霊能力者の転校生は有り得ないのだ。
「あぁ、すまない。正確には入学の遅れだな。色々あったんだよ、彼女も」
 マイペースな教師に対し、諦めてしまったように生徒達は溜息を吐く。
「入り給えー。森ノ宮美霊ちゃん」
 がらりと開いた教室の扉。その向こうから黒髪の綺麗な女の子が入室してくる。
「森ノ宮?」
「森ノ宮家の奴じゃん」
「え? いたっけ、あんな子?」
「女の子だ」
「眼帯してるー」
 どよめきが溢れ、皆が好き勝手に品評している間、歩太は啞然としていた。目を見開いて、教室内に入ってくる黒髪の美しい彼女を凝視していた。
「はじめまして、森ノ宮美霊です」
「美霊……?」
「歩太……、会いたかった!」
 そんなの自分の台詞だとか、どうしてだとか、自分も会いたかったとか、ごめんとか会えて嬉しいとか、口から出ようとした言葉が渋滞を起こして、歩太は何も言えなくなる。
「私、貴方の子供を産みたいの!!」
 静まり返った。
 教室内が、歩太が今までに暮らした学園生活史上で一番静まり返り、冷えきった瞬間であった。
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