上 下
1 / 1

バレンタインっ……などっ……!

しおりを挟む


バレンタイン。


ああ、なんと業の深い日だろう。
己が異性にどれだけ好かれているか、渡されるチョコレートの数と質でハッキリと思い知らされる日。普段の扱いで分かりきっている事実を、改めて突きつけられる残酷な日。
学園がチョコの持ち込みを禁止するのも頷けるというものだ。こんな極一部の生徒にしか益がないイベントなど……。


けれどたとえ学園が禁止しても無駄なのだ。どうしたってチョコは学園に持ち込まれる。むしろ禁止された分、トキメキのスパイスになったと言わんばかりに。
体制への反逆は燃える。それには同意する。
だが、この日ばかりは。……この日ばかりは同意などするものか!






バレンタインの朝。いつものように校門に学生が吸い込まれていく。
それを一足早く入った教室から見下ろす。

……決して「もしかしたらチョコ貰えるかも」とか思っていつもより早く学園に着いてしまった訳ではない!訳ではないっ!!


……コホン。
このくだらないイベントに浮かれる学生に対して権力は無力だ。いくら校門で持ち物検査をしようとも、弁当箱や筆箱の中まで確認している時間はない。精々、ラッピングそのままにカバンに入れてきた間抜けな生徒が没収される程度だ。
今も一人の女子がカバンを開けさせられチョコレートを発見された。真っ赤な顔で、検査担当の風紀委員に何かを訴える女子。どうせ「返してくれ」とでも言っているのだろう。

ざまぁみろ。浮かれて何も対策しないからーー


……!?……目当ての風紀委員に渡す為にわざと見つかった……だと……?


そして……告白された風紀委員も満更でもない……だと……!?


仕事しろ風紀委員!!何デレデレしながら受け取って自分のカバンにしまってるんだよ!
おい無罪放免にしてんじゃねぇよ!



……あの野郎、何食わぬ顔で仕事に戻りやがった。そしてさっきまでより明らかにチェックが甘くなっている。

クソっ……風紀委員の教師にチクってやる。

イライラしながら爪を噛む。
なんて事だ。規律を守る側の人間でさえこの体たらく。たかがチョコの一つごときで懐柔されやがって。


……これは堕落だ。
学園とは、勉学の場であるべきだ。だから菓子類などの持ち込みは普段から禁止されているというのに。バレンタインだからといって許される訳がない。むしろ学生の分際で恋愛に現を抜かすなどとんでもない。

……こんな事態は正さなければならない。
そう、誰かが正さなければならない。
誰も……風紀委員でさえ正せないと言うのなら……

……他人任せにしていた俺がバカだった。結局、最後に頼りになるのは自分なのだ。
だから俺は……この手を汚す事に決めた。







しかし、人一人にできる事には限界がある。それに、あまり派手に動いては明日から学園に俺の居場所がなくなってしまう。どうしたものか……

考えながら、チラホラと人が増えてきた教室を見渡す。
ソワソワとカバンを握りしめ教室の入り口を気にしているメアリーさんは、クラスの誰かに渡すのだろう。

誰だ?誰に渡すんだ?トーマスか?
普段チャラチャラしてる癖に、ガチで悩んでると真面目に話を聞いてくれる男前。
クソ!あいつ格好いいよな!モテるのも分かる!

それともシルバーか?名は体を表す、って言うか絶対にその銀髪から名前付けられただろ、っていう長くて見事な銀髪。
ナルシストだけど気遣いできていい奴だよな!知ってる!

あ、モテない仲間のリュンが登校して来た。
こいつはないな。

「リュン、はよーー」

手を上げていつものように挨拶しかけるたところでーー

「リ、リュン君。良かったらこれ……」




メアリーさんがリュンに行ったー!!??!?




嘘だろいや義理だ義理に決まっていやでも頬染めてるし待って何そのパッケージでかいよ本命と勘違いされちゃうよねぇ何で何でリュンなのねえそいつバカだよ俺と同類のバカだよメアリーさん緊張しすぎて相手間違ってない?ねぇそいつリュンだよーー



「あ、ありがとう?」


う、受け取ったー!!!


何挙動不審になりながらも受け取ってんだよ何でリュンがチョコ貰えてんの?羨ま羨ままましい羨まししい羨ましいいい何で何で何で何ででリュンがチョコえだってそいつバカだよ顔も大してよくない俺レベルだよねぇそれ本命ぽくないねぇ気合い入りすぎてないねぇねぇ何いい雰囲気になってんのねぇねぇねぇ何で何で何で!?!?

窓際の席からガン見してたら、片手を小さく上げたリュンに口パクで謝られた。


『……なんかスマン』


なんかスマン、じゃないー!!!!


唐突に立場が急上昇した親友をこれ以上見ていられなくて視線を逸らす。逸らした先には女子に群がられるトーマスとシルバー。

予想通りの光景だけどムカつくな!何か大半が義理っぽいけどでもやっぱりムカつくな!
っていうかシルバーの奴は今も窓に映る自分の顔を顎に手を当ててチェックしてるようなナルシストなのに何でモテるかなあ!?理不尽だよ!いやいい奴なんだけどさあ!?

和気藹々と青春しているリア充集団。略してリア団。

そこからも視線を逸らすと一転、心落ち着く光景があった。
トーマスやシルバーを少し羨ましそうに眺めるモテない系男子。
『義理チョコくらい渡せばよかった』みたいな顔をしながら溜め息を吐いている地味系女子。
我関せずでいつもと変わらぬ風を装いつつも、少し羨ましそうに見えるガリ勉系の奴ら。


そうだ、俺は一人じゃない。
俺には仲間がいる。こんなにも。反バレンタイン仲間が。
……彼らの為に、俺は立ち上がらなければいけない、ような気がする。

そう、これは決して個人的な僻みなどではない。浮かれたバレンタインの空気に居心地の悪い思いをしている、全ての仲間の為の行動なのだ。



義は、我にあり!








そして俺は作戦オペレーションを開始した。バレンタインというバカげたイベントに苦しむ、全ての仲間の為に!あとほんのちょっとは俺自身の為に!


休み時間ごとに廊下を見張っては、チョコを渡す奴らのクラスと名前をこっそり先生に報告した。「禁止されている菓子類を、学園に持ち込んでいる生徒がいまーす。没収しなくていいんですかー?」と。名前まで聞かされた先生は、嫌そうな顔をしながらもチョコを没収していった。


ククク……バレンタインを滅ぼす事はできない。だが、バレンタインに浮かれている奴らを減らす事ならできる!


チョコを没収されて悔しそうな顔や悲しそうな顔をする生徒たちに胸の痛みを覚えながらも俺は止まらない。止まれない。

……規律を破るそっちが悪いんだ。渡すなら学園の外で渡せよ……。

…………


貰えない俺たちの気持ちも考えろー!!!


萎みかけては湧き上がる怒りに任せて、俺はチクり続けた。





そろそろ下校の時間だ。バレンタイン忌むべき日もようやく終わる。
今日俺は……たくさんの生徒を絶望に突き落とした。
でも俺は悪くない。悪いのは、規律を破った奴らなんだ……。


何度自分にそう言い聞かせても、後悔が消えない。モヤモヤして俯きながら玄関へと向かっていると、俺を呼ぶ明るい声がした。

「あ、ジュリ君。まだチョコ渡してなかったよね?」

顔を上げると、同じ委員会のシャラさんがいた。水色の髪の、超可愛い女の子。これまでほとんど話す機会なんてなかったけどーー

「はい、これ」

ニッコリ笑顔で渡されたのは、小さな小さな塊だった。甘い匂いのする、今日何度も見かけた物。俺には縁がないと思っていた物。



チョコ、だった。



「今日渡せてよかった!」

ニコニコ笑うシャラさん。超可愛い。見るたびに思うけどマジ天使。

「あ、ありがとう……」

嬉しすぎて声が震えた。

うひょー、シャラさんからチョコ貰っちゃったぜ。

心臓がバクバクする。
絶対一つも貰えないと思ってたのに、よりによってシャラさんから貰えた。夢じゃないだろうか。


「義理だけどね!」

クルッと振り返ってイタズラっぽく笑うシャラさん。マジ超可愛い。

うん、分かってる。大袋にたくさん詰めて売られてるこの小さなチョコ一個が本命じゃない事なんてよく分かってる。……でも

『超可愛い女の子からバレンタインにチョコもらった』
って事実に変わりはない。


……俺、めっちゃ可愛い女の子からバレンタインのチョコもらった!
人生初のバレンタインチョコを、めちゃめちゃ可愛い女の子から!
しかも笑顔で手渡し!



ひゃっほーう!!!




グッと拳を握って喜びを噛み締める。
これで俺はもう『バレンタインに一つもチョコを貰えなかった男』じゃない。

……いいんだ。全力で義理チョコだとか、今も視線の先では彼女が男どもに同じチョコをばら撒いているのが見えてるとか、そんなのは些細な事なんだ。
大事なのはこの事実。



俺、チョコ、貰えたー!!



これで姉や妹にバカにされずに済む。
むしろドヤってやる。学園一くらい可愛い子からチョコ貰ったって!


ウキウキしながら足取りも軽く校門へと向かーーおうとしたところで、誰かに肩をグっと掴まれた。

「おう、ジュリ。いいもん持ってるじゃねぇか」

不機嫌そうな低い声。
振り返ると、そこには今日何度も何度も話した風紀委員会のセータ先生がいた。

「あ、先生……」

先生の視線は、チョコを握る俺の手をじっと見ていた。

「学園に菓子類の持ち込みは禁止。おまえならよーーーーく知ってるよな?」

先生のこめかみがピクピクと引き攣っている。今日しつこくしつこく通報して、数々のチョコを没収させた成果か……。

「あ……いやこれは……チョコとかではなく……」

慌てて後ろ手にチョコを隠そうとした。奇跡的に貰えたこれを没収されるのは絶対避けないとーー

けれど、肩を掴むのとは逆の手に手首を掴まれた。ぎゅっと力を入れられて、チョコを握りしめていた手が開く。
ポトリと小さな塊が地面に落ちた。それを摘み上げる先生。

「これはチョコだな?」

先生の黒々とした目が据わっている。

「……今日一日、おまえが通報するから仕方なくチョコ没収して回った所為で俺の好感度ガタ落ちだよ!ふざけんな!学生なら学生らしくイベントには浮かれとけ!」

……そんな理不尽な。ルール違反を取り締まるのは教師の仕事なのに……。

「だからこれ没収な」

「………………え?」

「当然だろ」

先生の宣言に愕然とする。
だってまさか俺が没収される側になるなんて思ってもなかったしでもそのチョコは俺のでーー

「……え?そんな……俺の人生初のチョコ……」

「……つっても、どう見たって義理だろ」

先生の冷たいツッコミ正論

「義理だって!義理だって貴重なチョコなの!返して!」

「誰が返すか。こんなものは、こうだ!」

「っ……あーっ!!?!!!」

さっとチョコの包みを開いた先生は、あっさりそれを自分の口に入れてしまった。

「えええ!?俺の!俺のチョコ!吐いて!先生吐いて!!」

先生の胸板をドンドンと叩く。

「もう溶けちまったよ」

「いいから吐いて!」

「……吐いたらそれ食うのかよ」

嫌そうに眉を顰める先生。

「う…………」

確かに食いたくないけど!でも他人に食われるのは嫌だ!

「もうなくなったよ。ざまぁ」

べっと茶色くなった舌を出して見せる先生。

「ざ、ざまぁって!!」

それ、先生が生徒に言っちゃいけないやつ!

もう涙目だ。
俺のチョコ…………。

「じゃあ、また明日な。って言うかおまえ、チクった奴らにちゃんと謝っておけよ?」

「……あ……うぅ…………」

先生は悪びれない顔でさっさと校舎に戻っていく。鬼だ。畜生だ……。
俺のチョコ…………。


「先生!チョコ返してよー」

校舎に入る手前で、一人の男子生徒が先生に駆け寄った。確か俺がチクったうちの一人だ。

「日付けが変わったらな」

軽くあしらう先生。

「え、マジで?約束だよ?」

驚いた後、嬉しそうな顔になって帰っていく生徒。


そいつのチョコは食わなかったのか……。


ぼんやりとそんな事を思った。
あの様子だと多分、俺がチクった所為で没収された奴らのチョコは、明日返して貰えるのだろう。

でも俺のチョコだけは、もう先生の腹の中だ……。

切なさに胸がきゅっとなって俯いた。
するとそこには、半透明の小さな紙が一枚落ちていた。いくつか折り線の付いた、俺のチョコを包んでいた紙。先生と言い合っている間に落ちたのだろうか。

自然と手が伸びて拾い上げた。
もう何も入っていない紙。そこからは、微かに甘い匂いがした。





しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

のぞぽぽ
2023.02.14 のぞぽぽ

さ、さみしい……

オリハルコン陸
2023.02.25 オリハルコン陸

そうなのです

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。