老化モノ短編集

BOX0987

文字の大きさ
12 / 15

淡白宣言

しおりを挟む
「─という訳で!」
「あなたの精気をいただきます!」
理解が及ばない状況で、人の心はどう動くものだろうか?
俺の場合は、「見なかったことにする」方向に進むようだ。

「え?無視?」


午前3時。
普段なら寝ている時間だが、今日は寝苦しく途中で起きてしまった。
トイレに行き、水を飲んで布団に戻ろうとした時。
枕元に誰かの気配を感じた。
しかし俺は一人暮らしだ。
誰かいるとか、そんなことはありえない。
きっと寝ぼけているのだろう。

意識が途切れ始めた頃。
体に触れる「何か」の存在に気づいた。
それは胸や足を優しく撫でてくる。
これはもう勘違いではない。
うっすらと目を開けて、辺りを確認する。

…そこに、何かがいる。
俺の顔を覗き込みながら、体を撫でている。
撫でていた手が股間に伸びてきたので、
反射的に掴んでしまった。

「きゃっ」
女の声だ。
びっくりした俺は急いで電気をつける。
泥棒か?
いや、ストーカー?
そこにいたのは、若く美しい女の人…
いや、人か?
頭から生えた小さな羽。
見え隠れする尻尾。
人っぽいが違う。

「びっくりしたじゃないですか」
抗議してきた。
なんなんだコイツは。

「あ、あなた誰なんですか?」
「ここ俺ん家なんですけど…」
「あ、えーと」
「その…サキュバス…って、分かります…?」
「え?まあ、まあ…」
「あれです、私…」

…頭がおかしいのか?
でもコスプレにしては耳も羽根も動いてるし…
そもそも玄関の鍵はかかっている。
窓も開いてない。
それで、どうやって入ったんだ?
そう考えると、確かに人間の仕業ではないかもしれない。

「ちょっとその、お願いがあって」
「はあ…」
「あなたの精気をいただきたいんですが…」
「精気って…要するにアレですか…?」
「そうです…」

「…ね、寝ないでください…」
夜中にやるにはカロリーが高すぎる会話だ。
無かったことにして寝ようと思ったが、妨害されてしまった。
しばらくの攻防の後、落ち着いて話し合うことになった。

「えっとじゃあ…お名前から…」
「はい…あの、ノエルです」
「どうも…セイです…」
「で、ノエルさんはサキュバスですと…」
「そうです…」
話が全く弾まない。
そもそもサキュバスはもっとチャチャっと終わらせて帰るイメージだったが…
そのことを聞いてみると、ノエルは独り立ちしてすぐらしい。
まだ経験が少ないそうだ。

「サキュバスも人間と一緒で…成功体験で自信をつけていくっていうか…」
「新人さんなんすね…大変っすね…」
俺がそう言った途端、ノエルは急に饒舌になった。
「そう、そうなんですよ!」
「急に主従契約取ってこいって言われても上手くいくわけないじゃんって…」
よほど溜まっていたようで、愚痴が止まらない。

「─という訳で!」
「あなたの精気をいただきます!」
…ふと時計に目をやると、もう4時をまわっている。
俺は考えることをやめて、布団に入った。

「え?無視?」
その後も揺すったりされていたが、やがて意識は途切れた。


起きた時には9時を過ぎていた。
今日が土曜日でよかった。

「あ、おはようございます」
夢じゃなかった…
当然のように俺が買ったパンを食べている。

「さ、食べましょう食べましょう」
「食べないと精がつかないですからね!」
俺はノエルが出してきたパンを食べ、しばらく雑談した。

「あの…それで今日どうします?」
「え?予定は特にないけど」
「そうじゃなくって!」
予定ではなく、いつ精気をもらうかという話だったようだ。
実は、俺は昔から「性欲」というものがあまりない。
正直にノエルはすごく魅力的だと思うが、だからといってどうしたいわけでもないのだ。

「え~っ、そんな困りますよぉ」
困ると言われても困る。
そうしていると、不意にノエルが立ち上がった。

「いいですよ!そしたら特技見せちゃいますから」
そういうと同時に、胸のサイズが大きくなっていく。

「人間の男はこういうの好きだって聞いてますよ!」
「あとは顔つきとか髪とかも自由です!」
「私、形態変化術は昔から一番上手くって~」
誇らしげに色々変えてみせるノエルを見たが、やはり反応しない。

「どうしてダメなんですか~…」
「もうダメ分かんないこの人…」
ついに泣き出してしまった。
こんな理由で女を泣かせたのは、きっとこの世に俺くらいだろう…
結局、2人で映画を見たり、ご飯を作ったりして過ごすのだった。


ノエルが押しかけてきてから、一週間が過ぎた。
今日も営業をかけてくるノエルだったが、
どこか空気が違う。
なんというか、とても急いでいるようだ。
挙句土下座までしてきた。

「今日だけ!今日だけお願いします、この通りですから…」
余りの勢いに気圧されてしまう。

「お願いします…もう、もう時間が…」
言い終わることはなく、力が抜けたようにノエルはへたり込んだ。

「あ…ああ…」
若いノエルの体が、急激に萎びていく。
腕や足の筋肉量が目に見えて減ってきた。
顔には深くシワが刻まれ、頬にはたるみが目立つようになった。
そして、美しかった黒髪が、だんだんと白くなっていく。
やがて髪が真っ白になり、全身の変化も止まったようだ。

「お…おい、…大丈夫?」
顔を覆いながら、差し出した手を弱々しく払おうとする。

「みっ、見ちゃダメ…見ないで…」
「何が起きたの、大丈夫?」
「いやっ…」
ノエルは必死に顔を隠そうとしていたが、その手には力がなく簡単に退かせてしまった。
これがあのノエルか?
今俺の前にいるのは、まるで老婆だ。
顔を見られたのがショックだったのか、オイオイと泣いている。

「こんなおばあちゃんになっちゃって…もう友達に顔見せらんない…」
俺は、その姿を眺めるしかなかった。
…そして、老いたノエルの姿に、堪えきれぬ何かが込み上がってきた。
ノエルも何かに気づいたのか、泣くのをやめて俺の方を向く。

「えっ?セ…セイくん?」
もう何も考えられなかった。
老いて細くなった腕を掴み、布団に押し倒す。

「えっ、ちょっ」
「私今、こんなおばあちゃんなんだけど…」
もはやノエルの言葉も聞こえない。

「待って、ちょっと、まだ心の準備が」
「何?、い、今じゃなくても…あっ…」
一瞬で上限を振り切ったリビドーの前に、俺の理性は敗北した。


気がつくと、ノエルが横で息を切らしていた。
元の若い姿に戻っている。

「ちょっと…心の準備がって…」
「ごめん…なんていうか…その」
「我慢できなくなったっていうか…」
しどろもどろになりながら弁解する。
気まずい空気をどうにかしようと、さっき何が起きたのか聞いてみた。

「サキュバスって不老不死なんですけど、長い間精気を摂らないと老化しちゃうんです…」
「今日はもう隠せなくなっちゃって…」
そういうことだったのか。
なんだか申し訳ない。

「いつもの私にはピクリともしなかったくせに…この変態…」
「おばあちゃんになったら急に襲って来るなんて……ん?」
「…ふ~ん?」
「……へえぇ~」
ノエルは何かに思い当たったのか、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。
そして、ずいっと身を乗り出してきた。

「セイくんって…」
「こういうのが好きだったんだ?」
そう言いながら、顔を老けさせた。

「ちょっ」
不意をつかれた俺は、思わず顔を赤くしてしまう。

「こういうのが好みなんでしょ~?」
長い黒髪を白く変色させつつ、抱きついてくる。

「ちょっ、別に好きなんかじゃ…」
「へー?好きでもないのにココ、こんなになっちゃってるんですかあ」
「私もうお腹空いちゃって…まだまだ足りないんですよね~」
「もっといっぱい楽しみましょ?ね?」
…その後のことは覚えていない。


「ねえねえ、セイくんが好きなサラサラのグレイヘアだよ~」
「はい巨乳モード…あ、こんくらい垂れてるのが好きなんだっけ?」
あの日以来、主導権をノエルに握られてしまった。
精気を摂る限り、サキュバスは不老不死。
しかし老化を経験したことで、「年齢が変化する感覚」を掴んだらしい。
「形態変化術を応用したらいけた!」…だそうだ。
最近は年齢・外見・態度…
俺の好み フェチをどんどん開発してくる。

長く美しいグレイの髪で胸をくすぐり、
耳元で囁きかけてくる。

「意地張らないでさ、今日も気持ちいいことしようよ~」
「ね?変態くん♡」

…今日も長い夜が来る。
ノエルとの攻防は、まだまだ続きそうだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...